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第2話:1週間後

 




「ほらー、ね、やっぱり居たでしょー」



 顔を上げると、昨日のくるくるの髪の人が隣の車両から入ってきた。


 入学式から一週間。

 初日に絡まれた日から、絢芽の言うとおりに乗る車両を最終車両に変えた。

 最終車両は人が少なく天国で、席が空いていたために二人で並んで座って楽しくお話をしていたのはついさっきまでだ。

 今はお互いに、顔が強ばっている。


「こら基樹走るな。おい、隼斗も」

「おはよう、二人ともー。今日も寒いね。あ、俺は加賀基樹ねー」

「俺は金好かねよし隼斗。で、この眼鏡のチャラ男は三島みしま康介」

「おい、勝手に俺のまで言うなよ」

「いいじゃーん、康介だって桜丘女子の女の子と知り合いたいでしょ?」

「お前らと一緒にすんな」

「まーだあのビッチのこと引きずってんの? 忘れちまえよあんな二股女」

「うるっせえ。ビッチとか隼斗が言うとなんか軽いな」


 絢芽を見ると、私の手首をぎゅっと掴んでどうしようかと困っている様子だった。

 だけど私が三人の異性相手に何かを言い出せるわけもなく、ただ宥めるように絢芽の手に自分の手を重ねるしか出来ない。


「怯えてる……ねえ、俺ってそんなに怖いー? これでも学校では可愛いって言われるんだけどー……」


 確かに、身長も他の二人に比べたら低めで、声だってハスキーだ。雰囲気もゆるゆるしてるし、目もくりくりだし――――とは言っても、絢芽より少し高い身長で、そうなれば私よりはしっかり大きくて、体付きもガッチリとしているのが服の上からでも分かる。

 目に見えて明らかな「異性」に対して「可愛い」なんて、どうにも思えそうにもない。


「基樹が無理なら……俺も無理かな?」

「隼斗は完全アウトでしょー。だってただのイケメンじゃーん」

「おいおい褒めるなよ」

「あ、安心してねー、隼斗は今彼女が五人くらい居るから、急に襲ったりしないし」


 言われてついその人を見て、目が合うと同時ににっこりと笑顔を向けられた。それから逃げるように目をそらして、そのまま俯く。


 アイドルでもやっていそうな顔の整った爽やかな男の人だ。配置もパーツも完璧で、雰囲気も気さくだからきっと女の子からモテモテなのだろう。だけど彼女が五人とか分からない世界だし、ちょっとだけ茶色がかったセットされた髪型もなんだか見慣れなくて、どうにも好きになれない。


 どうしよう、と悩んでいると、絢芽が「あの」と声をあげた。


「私たち、貴方たちとはお知り合いになれないので」


 行こ、と私の手を引っ張って立ち上がった絢芽にされるがまま、私も立ち上がる。そうしておそらく別の車両に移るのだろう絢芽は、私を引っ張ったままで歩き出した。


「あ、ちょ、」


 誰かの引き止めようとする声が聞こえる。それと同時にちょうど電車にブレーキがかかり、ガタン、と、大きく電車が揺れた。

 絢芽が咄嗟につり革を持って、私を支えてくれた。けれど手首を持たれているだけだったから不安定で、身体が大きく傾く。


「おっと、大丈夫?」


 この間とは違って今度は腕を広げてしっかりと支えてくれたその人は、やっぱり驚いた顔をしている。

 メタルフレームの眼鏡の奥で、微かにかかる前髪の隙間から、二重の切れ長の目が私をまっすぐ見下ろしていた。


「急に立つと危ないよー?」

「そもそもおまえらが絡むからだろ。……ごめんね、こいつら止められなくてさ」

「うーん。でも普通に話しかけるってどうすればいいんだ? 口説かない話し方なんか知らねえ」

「隼斗はほんっとーに残念だよねー」


 抱きとめられたまま頭の上で広がる会話についていけなくて、だけどどうしたら良いのかも分からないために動くなんてこともできなくて。

 ただ何も言えずに口だけをパクパクさせていたら、アイドルみたいな爽やかな男の人が「あっ」と思い出したように私を見た。

 それに釣られて、二人の視線も集まる。


「あ、悪い! ごめん! いや、他意はないから!」

「真っ赤だー、可愛いー」

「い、いこ、万結ッ」


 絢芽に手を引かれて、放心状態ながらにやっとその車両を出る。

 初めて、あんな距離で男の人に触れた。服越しにも筋肉があるのが分かって、それがすごく逞しくて、身長だって見上げるくらいに大きくて、私がもたれかかっても微動だにしないくらいで。


「大丈夫? ごめんね、支えれなくって」

「う、う、ううん! 別に絢芽は悪くない。……あ、あの、私、そんなに赤い?」

「……真っ赤だよ、だいぶ」

「だ、だって~……」

「分かるよ、分かる」


 よしよし、と、落ち着くようにと撫でてくれる絢芽を見上げて、やっと落ち着いて少しだけ涙が出てきた。それは、学園前に電車がつくとアナウンスが聞こえてくるのと同時だった。





















 

 

「あ」


 まるで何かを見つけたような声が、人の少ない電車には大きく聞こえた。


 放課後。

 夕方四時の電車には人はまだそんなに居ない。特にこの路線は人気がなく、車両内には私と目の前におじさんが一人、あとはうんと離れて大学生くらいのお兄さんが座って眠っているだけだ。

 あ、なんて乗車しながら声をあげたのは、確か三島さん、だったか。

 今朝私を抱きとめてくれた人だ。


「なんだよ先乗ってたのかよ。連絡しろよ」


 そう言いながら三島さんは私の近くに来ると、私の目の前に立つおじさんをやたらと睨みつけている。


「え、あの……はい……」

「万結、可愛いんだから。一人で動くなって何回言わせんの」


 どうして急に親しげで、そしていったい何の話だろう、なんて思っているうちに、おじさんがおずおずと離れていく。隣の車両に行ったようだけど、急用でもあるのかと思える挙動だ。


「…………あの……?」

「はあー」


 隣に座った三島さんは、どこか脱力したようにがっくりと肩を落とした。


「あー、ごめんね。名前、もう一人の子が呼んでたから知ってた。あと、馴れ馴れしくしたのもごめん」

「いえ……」

「でもさ、危機感なさすぎだよ、万結ちゃん」

「危機感……」


 言葉の意味は知っているために頷くと、先程よりも深いため息が聞こえる。


「おかしいでしょどう考えても。こんなに人居ないのに目の前におっさんが来るなんてさあ」

「……あ!」


 言われてみればそうだ。ガラガラと言える程にスペースが空いているのに、あのおじさんはわざわざ私の目の前にやってきた。じろじろ見られていたのも気のせいかなと思っていたのだけど……桜丘女子学園の生徒は不審者に狙われやすいと入学式の日のホームルームでも言われたし、もしかしたらそれだったのかもしれない。


「あ、ありがとうございます。助けていただいたんですね」

「……どういたしまして。……いつも帰りはこの時間なの?」

「はい。部活には入らなかったので」

「……んー、俺、また一緒に乗っていい? その、単純に、心配だからさ」


 なんていい人なんだろう、とそちらを見れば、心配なのか眉を下げてこちらを見ていた。


 小学校時代からずっとやっていた陸上を高校でも続けた絢芽は、帰りが一人になる私に「人通りが多いところを通ること」とか「電車では気を抜かないこと」なんて念を押してくれていた。にも関わらず、私は結局変なおじさんと遭遇して、それに気づくことすらも出来なかったのだ。今後も私一人で回避できるとも思えないし、そもそも今日の事が知れれば絢芽がとんでもなく心配するのは目に見えている。


 それに。

 もう一度三島さんを見れば、答えを待っている三島さんはことりと首をかしげる。

 どういうわけか、三島さんは怖くない。他の二人をいつも止めてくれているからか、その雰囲気が優しそうだからなのか――――メタルフレームの眼鏡の奥にある茶色の目はいつだって穏やかで、今朝だって私を庇って抱きとめてくれたのに「ごめん」と謝るような人だ。


(……たぶん、きっと、いい人……)


 可愛い雰囲気でも、爽やかなアイドルな印象でもない三島さんは、誠実な商社マンの父と印象がよく似ている。ぴしっとしていて硬派で、制服も第一ボタンを開けているくらいでしっかりと着ているし、襟足が短いのも、堅実なイメージに繋がっているのだろう。


「……あの、三島さんが、よければ……」

「え、まじ? いいの? ほんとに?」

「え? あ、え、はい」

「やった! よろしくね、万結ちゃん」


 にかっと笑った三島さんの笑顔に夕日が反射して、とてもキラキラして見えた。


 

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