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青春は初恋のはじまり  作者: 長野智
■第1章
17/43

17,始業式 朝



 



 長い長い夏休みは、とても充実したものになった。

 七月中に皆で集まって宿題を終わらせてからは、八月には海に花火にバーベキューにと、高校生になって初めての夏休みを四人で楽しんだ。佐知も紫杏もやっぱり有名人だからか親しい友人がお互いにしか居ないようで、私と絢芽と遊べるのを楽しみにしてくれていたらしい。特に佐知と絢芽は夏休みは部活三昧だったために会える時間も少なかったけれど、そこは紫杏と二人で練習の差し入れや試合の応援に出向き、出来るだけ部活組との時間もとった。紫杏は部活に入っていなかったためによく会えたけれど、それでもたまに会えない日があって、どうやら運動神経も良い紫杏は運動部からの練習の助っ人も頼まれるらしく、特にバスケ部に入り浸っているようだった。理由を聞けば「面白い先輩が来るから」らしいのだけど――――そこはさすがと言うべきか、紫杏は誰が相手でも「楽しい」や「面白い」を優先しているため、先輩相手でも関係はないらしい。本当にさすがである。


 そうして、久々の通学だ。

 一ヶ月以上ぶりに袖を通した制服姿はすでに見慣れない感じがして、鏡の前で不思議な気持ちになった。絢芽を見ても思うのかもしれないな、なんて考えながら駅前について、絢芽のその姿を見たときにはお互いに目を丸くして笑う。

 やっぱりなんだか見慣れないものになっているらしい。

「久しぶりの学校だね」

「うん。二学期、わくわくする」

「この間入学したのにねー」

 変な感じ、なんて、絢芽はクスクスと笑った。


 夏休みの間中、私は金好さんへの報告を一度も忘れなかった。

 どこの海に行くのか、どの花火大会に行くのか、どこにバーベキューをしに行くのか。そしてその都度写真を求められるため、何度目くらいからか、求められる前に絢芽の写真を添付した。


 そんな金好さんと今日、久しぶりに会う。

 いったいどんな顔をすれば良いのか分からない。もう金好さんの絢芽への気持ちを知ってしまっているのだ。絢芽の方はどうなのだろうとものすごく気になるのに、見守ってて、と言われたためにそんな確認さえ出来なくてヤキモキさせられた。

 それに、それにだ。

 私はもう金好さんの熱い気持ちを知っている。金好さんが絢芽を大好きなことを知ってしまっているのだから、これはもう二人が会話する姿を普通に見つめるなんて出来そうにもない。

 そうやってドキドキしながら電車を待って、いつもとは違って待ち望んでいるからなのか、ホームに着いてからわりと早くやってくるはずの電車も、一時間くらい来ていないのではないかとも思えた。



「おっはよー、ふったりともー」

 乗車すると、やたらと上機嫌の加賀さんが早く来いと手招きをしていた。

 絢芽と二人でそれに返事をして、一ヶ月以上前のように三人の近くに歩み寄る。もう懐かしいその立ち位置に、なんだか自然と笑みが漏れた。

「うわー、二人ともちょっと焼けたね。可愛いー」

「楽しんじゃいました」

 私がそう言うと、加賀さんは「うんうんイイことだ」なんてニコニコと頷く。

 そうして金好さんを盗み見ると、私にあんなにも熱い絢芽への告白を聞かせたというのに、なんとも涼しい顔で絢芽を隣に連れて行っていた。連れて行く理由も分かるし会えて嬉しいはずなのだけど、顔に出ないタイプなのか、どうにも表情からはそれが読みづらい。

「制服、なんか不思議な感じするな」

 三島さんの声に自分でも驚く程に反応してしまい、だけど嬉しいと思うままに笑顔でそちらを見れば、三島さんも驚いたのかびっくりした顔で私を見ていた。

「お久しぶりです、三島さん」

「え、あ、うん……久しぶり……」

 

 実は。

 夏休み中、会うことはなかったけれど、三島さんは気を遣って連絡をたくさんくれていた。それはいつも私の話を聞いてくれるような内容で、そして絶対に「大丈夫だったの?」と聞いてくれるのだ。とても優しくて気遣い屋さんで、夏休み中にまで気にかけてくれるなんて、本当に良い人だと思う。


「三島さん、少し痩せました? 加賀さんも……勉強の頑張りすぎですかね……?」

「あはー、そうかな? 俺はただ坂井とハッスルいてててててごめんごめんって康介ー」

 何か言いかけた加賀さんを咎めるように、三島さんは加賀さんの耳を強く引っ張っている。

「加賀さん?」

「あーごめんねーなんでもないよー。実は俺さー、夏休み中に恋人できちゃったー。えへ」

「え、そうなんですか、おめでとうございます」

「ありがとうー。一年の時に一目惚れしてね、そっから追い掛けて続けてやっと今ゲット」

「す、すごい……素敵なロマンスですね……!」

 金好さんが絢芽を追いかけているように、加賀さんも……。

 それに「一目惚れ」だなんて本当に少女漫画のような展開だ。さらにお付き合いにたどり着くまでに二年も時間を要しているけれど、ずっとずっと想い続けて今やっと、なんて。

 本当に素敵な話である。

「万結ちゃんも興味あるの? そういうの」

「え?」

 三島さんの意外そうな言葉に、つい気の抜けた声を出してしまう。

「いや、前は、校則もあるし恋人とか好きな人は必要ないって言ってたよね? でもなんか今は、そういうことに興味ありそうだなって」

 そう――――だった。桜丘女子学園は恋愛禁止だ。異性に対する一切のことを許さなくて、だからこそあの学園に進学したのだ。入学前は男の人に慣れる未来なんて見えていなかったし、苦手なままきっと終わるとどこかで諦めてもいた。少女漫画を読んで羨ましいなあと思うことはあっても、自分に置き換えるなんてことはどうしても出来なくて、その物語の中だけで私の感情も終わらせて。どこか別世界の話なのだと、周囲に居る人の話もそんな感覚で聞いてそれで納得していた。

 だけど。

「……そ、そうかも……」

「――――え?」

 三島さんが、さっきと同じような、驚いた顔で私を見た。

「私、恋をしたいのかもしれません」

 加賀さんみたいに一目惚れの恋でも良い。金好さんみたいに熱い想いを秘めるのでも良い。

 漫画の中でしか分からなかった世界が、すぐ隣にある。私の手の届くところに、私にも触れられるところにあるのだ。

 そんなの、手を伸ばしたいに決まっている。


「――――三島さん?」

 固まってしまった三島さんの前で手を振っていると、しばらくしてハッとしたような三島さんが「ごめん」と帰ってきたようだった。

 しかしすぐに頭をガシガシとかいて、どこかそわそわとした様子で口元に手を当ててどうにも落ち着かないみたいだ。

「あー……ほら、万結ちゃんは焦って好きな人探したり恋人作ったりしないもんね? 興味持っただけだよねー?」

「あ、はい。私、恋ってよく分からないので……恋はしたいけど、ゆっくりで大丈夫です」

「だよねー。ほら康介ー」

「いや待って。想像以上にショックだったから俺」

「大丈夫だってー」

「考えてみろ、こんな可愛い子なら好かれた相手の男なんかイチコロだぞ。俺の出番なんかねえだろ」

「なになに康介、俺が夏休み中にあげた万結ちゃんコレクションじゃあ足りなかったか?」

 次みたいだよ、と私の隣に戻ってきた絢芽と同時に、金好さんも三島さんのところに戻ってきた。その顔はどこか満足そうで、久しぶりに絢芽と話せたからなのかな、と思えば、なんだかさらに「恋」への興味も湧いてくる。


 羨ましいのだ。

 まるで満たされているかのような、加賀さんや金好さんが。


「めちゃくちゃ足りたよまじでサンキュー」

「じゃあなんでそんないじけてんの?」

「あー今はそっとしておいてあげてよー。康介、ちょっと今傷つきやすいからー」

 隣に居る絢芽も状況が分からないようで「何かあったの?」なんて聞かれたけど、私にも心当たりはない。だからふるふると首を横に振って「分からない」とだけ返しておいた。

 そういえば、恋に関して、絢芽はどうなのだろう。

 今日ちょっと確認してみようかな、なんて思っていたら、電車が駅に到着したようだった。


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