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青春は初恋のはじまり  作者: 長野智
■第1章
12/43

12,行間:汐田商業より

 



 



 クラス全員分の四十冊のノートを持たされて、社会科準備室から教室へと向かう。

 持たされて、というように、これは決して俺が望んだことではない。日直でもなければ教科係でもなくて、ただ単に担任である社会科の担当教諭が「加賀は今日も俺の授業ずっと寝てたから頼んだ」と押し付けてきたのだ。

 でも仕方がないじゃないか。社会科歴史担当教諭である重岡先生の授業はあまり面白くない。というか、数学とかは数式覚えたり問題を解いたりで忙しいけど、歴史はただ教科書を追って覚えるだけだから、教科自体が子守唄とも言える。

 

 災難だなあ、なんてトボトボ歩いていると、俺の頭の上にコツンとイチゴオレが乗っかった。

「やるよ基樹。好きだろ。ただしノートは持ってやらない」

 そう言ってひょこっと隣に立った康介は、意地悪なのかそうでないのか、両手がふさがっている俺のためにそのイチゴオレにストローを刺している。

「なんだよー。半分持ってくれたっていいじゃーん」

「俺は重いの持てないの。悪いな」

「なんて非道な! これが万結ちゃんだったら持つくせにー」

「そりゃそうだろ、そもそも女の子にそんだけの量のノート持たせる先生が居たらドン引きだけどな」

 そういう意味じゃないんだけど。

 なんて見上げてみるけど、康介は理解していないのか、ほら、とイチゴオレのストローを俺の口元に持ってくる。どうやら飲ませてくれる気らしく、餌をもらっている雛鳥にでもなった気分でなんだか気恥ずかしいばかりだ。

「はー。俺今回のテストもやばいよー。重岡センセに次赤点だったら放学強制参加って言われたー」

「週一で教えるペースじゃ遅い? もうちょい増やすか?」

「うー、だけど土日両方となると康介に悪いよー」

 以前の申し出に甘えた俺は、その後から毎週土曜日、康介に勉強を教わっている。俺としてはありがたいけど、康介にしてみればどうなのだろう。康介は今、ただでさえ放課後学習が入って毎日勉強漬けだというのに、俺の勉強を見るために土曜日まで頭を使っている状態だ。そりゃあ、日曜日も教えてもらえるならありがたいけど、康介だって休息は必要なわけで――――。

「どうせ俺日曜日も勉強してるだけだよ」

「え! バカじゃん! 休まなきゃ!」

「無理はしてねえから大丈夫。急激に詰め込むんじゃなくて、まんべんなく毎日って感じだから」

「へー……なんか頭良くなりそう」

「それは分かんねえけど……だからまあ、基樹が日曜日一緒に勉強したところで変わらないよ」

「そっかあー。じゃあお世話になろうかな? ……さすがに大学は受からなきゃだしー」

「じゃあせっかくだし、隼斗にも声かけてみるか」

 あいつは断りそうだけどな、なんて言葉を聞いているともう一度口元にストローがやってきたために、素直にそれに口をつけた。

 

 この三島康介という男は、親切と気配りと優しさが取り柄の、男の目から見てもいい男だ。容姿は普通よりは格好いいけど、めちゃくちゃ格好いいわけではないくらいの、声をかけやすいイケメン、という一番モテる位置にあると思う。だからこそ声もかけられやすいし彼女だって出来るけど、優しすぎる故にちょっとだけ刺激が足りないからか、女の子にはわりとすぐにフラれてしまう傾向にある。

 だけど、女の子は他の男と付き合って気づくのだ。

 康介って実はいい男だったんだなと。

 その証拠に、康介は復縁を迫られる率百パーセントと言っても過言ではない。この間まで付き合っていた真奈美ちゃんだって、結局浮気相手はすぐに捨てて康介を追いかけているようだし。――――まあ、それでも相手にされなかった真奈美ちゃんは、すでに次の男を見つけたみたいだけど。


「万結ちゃん今頃何してるのかなー」

「…………なんだよ急に」

 照れくさそうに微かに眉を吊り上げた康介が、ものすごく間を置いたあとどこか不満げな声を出す。

「べっつにー、気になっただけ。あんなに可愛いのにどうして彼氏居ないんだろー。不思議だよねー」

「そういうことに興味ないって前言ってただろ」

「ねーねー、告白とかしないわけー? うかうかしてると取られちゃうよー」

「はあ!?」

 真っ赤になった康介は手に力が入ったのか持っていたイチゴオレのパックを少し潰してしまったようで、内側から逆流したその液体で自分のブレザーを汚していた。ラッキーだったのは、それが少量だというところだ。

「ちょっと、俺のイチゴオレ減ったー!」

「うるせえ、おまえが変なこと言うからだろ」

「変じゃないじゃーん! 悠長に構えてるからヤキモキしちゃうんだもん。隼斗みたいにグイグイいかないとー!」

「なになに俺の話?」

 ガラリと教室を開けてくれた康介に促されるまま入ると、声が聞こえたのか隼斗が机の間を縫ってこちらに来ていた。そうして隼斗は俺のノートを半分持って、教壇までの短い間だけどささっと自然な動きで運んでくれる。女の子相手だけでなく男相手にもこうだから、隼斗は男ウケも良いのだろう。

「やっさしー! さすが光源氏ー」

「やめてその呼び方。もう俺はあんな節操のない生活はやめたの!」

 残りのノートも教壇にある机に置くと、各自一度自分の席に戻り、そうして何も言わなくても三人ともが康介の机に集まった。

 昼休みは康介の机でご飯を食べるのが、俺たちのなんとなくの習慣なのだ。


「あーあ、今頃絢芽ちゃん何してんのかなー」

 座ると同時に隼斗がそんなことを言ったために、康介がぴたりと動きを止めてしまった。きっとさっき自分が似たようなことを言われたために、その話題に戻ったことに不都合を感じたのだろう。

 だけどナイスだ隼斗。ちょうど俺もその話を深く聞いてみたかった。

「隼斗は絢芽ちゃんが好きなんだねー」

「うん、好き。不審者につけられてた時、あんなに強気美人な絢芽ちゃんが泣いたんだよ? 俺あの泣き顔に落ちたなー。しかも翌日すっげー気まずそうでさあ、可愛いよな」 

「なんか隼斗の『好き』とか『可愛い』とか軽いよねー。イマイチ本気度が分からない」

「確かに。……他の女全部切ったのは本当なんだろうけど、どうせ今度も遊びだろって思っちまうんだよな」

 康介の言い分に頷くと、隼斗は「だからかな」と怒るでもなく呟く。

「なーんか絢芽ちゃん、俺が何言ってもスルーすんだよなー。反応も薄いし、鈍いのかなって思ってたんだけど……」

「最初に彼女五人居るとか言っちゃったからかなあー?」

「正確にはあの時は三人まで減ってたよな、隼斗」

「おまえらねえ」

 脱力したように俯いた隼斗にはさすがにフォローも入れられそうにない。


 だって俺が知る限りでも、この学年に隼斗と関係を持った女子なんてわんさか居る。教室に乗り込んできた見知らぬ先輩とクラスメイトが言い合いをする地獄絵図なんてこともあったし、学校の前に堂々と外車を停めて、おりてきたスーツの女性が隼斗を連れて行ったこともあった。教師はさすがにないみたいだけど、果たしてそれが真実かどうかも分からない。


 男の俺から見ても、金好隼斗という男は学校で一番、と言えるくらいには顔も性格も男前だけど、女性関係に関しては本当にだらしなさすぎる残念男なのだ。

「でもそうだよなあ。結局そういう印象ついちまってんだよなあ俺。何言っても届かない気がする」

「今までのつけが回ってきたな」

「うるせ、康介だって万結ちゃんとどうなんだよ。俺よりおまえの方が大変じゃねえの。おまえ奥手だし、万結ちゃんは恋愛面は超初心者だろ」

「恋愛面が初心者に関しては絢芽ちゃんもだろうが」

 いっつもいっつも飽きないのか、こうしてだいたい同じような言い合いをしている二人だけど、ここ最近万結ちゃんや絢芽ちゃんにあまり会えないために成分が不足しているのだろうか。あの隼斗でさえ気が付けば外を見ていたりするから、本当に恋とは恐ろしい。


 しかしながら会えない理由は別に複雑な事でもなくて、康介は放課後学習が始まって、隼斗は絢芽ちゃんがテスト期間中であるために、今二人に会える時間は朝の電車だけに絞られているというだけだ。引き裂かれたわけでも、ロマンチックな理由があるわけでもないというのに――――どうしてこの二人、こんなに切なそうなんだろう。

 

 ちなみにだけど、隼斗は部活なんてしていない。

 にも関わらず一番最初に部活終わりの絢芽ちゃんと帰りの電車が被ったのは、放課後に一年生の新しい彼女との逢瀬を楽しんでいたからだと聞いた。そしてあの時に絢芽ちゃんを助けて、少しずつ気になり始めて結局ハマって今だそうだ。

 究極の女たらしの金好隼斗とあろう者が健気にも、毎日毎日部活が終わる時間になるまで学校で健全に過ごし、わざわざ「委員会忙しいんだよね」なんて嘘を絢芽ちゃんについてまで一緒に帰っている。

 いっそ涙が出そう。そこまで健気なのに、やっぱり「どうせ遊びだろ」なんて俺含め周囲に思われてるなんて。


「いやー、あの二人さ、なんであの顔であの性格で今まであんなに純粋に生きてこれたんだよ? なあ、箱入り娘にも程があるだろ」

「ほんとそれ。可愛すぎる。俺まじで『一緒に帰れないの寂しい』って万結ちゃんに言われた時抱きしめるかと思った」

「俺も康介が万結ちゃん襲っちゃうんじゃないかって焦ったよー」

 それにさー、と康介が言葉を続ける。

「俺、自分がつまらねえし楽しくねえ人間だって分かってんだけど、嫌われたくなくてそのこと万結ちゃんに謝ったらさ、気を遣わなくていいし今のままでもいい、って言われて……まじで天使かと思った。今まで付き合ってきた女の子思い出しても『康介くんて案外普通だね』しか言われたことない俺からすれば本当に救いの女神。最高。可愛すぎ。どうしよう」

「あーいいなーそういうの、最高。……俺も絢芽ちゃんにさ、女の子が俺に対して過度な期待をしてきてお姫様扱いしなかったらキレられた、って話した時さ、それは俺が格好いいから仕方ない、外見のイメージが先行して先入観に繋がるのは人間のどうしようもない性質ですから気にしないように、ってやったら真面目に律儀に言われてさあ。きっと言われなくても頭のどっかでは分かってたんだけど、改めて言葉にされるとなんかスッキリして……あの子賢いんだよなあ。曖昧な感情とか俺の気持ちに正しく言葉を当てはめてくれんの。はあ、最高。ほんと好き。俺には必要な子だわ」

「いやほんと最高じゃんそれ。おまえ絢芽ちゃんのこと大事にしろよ、隼斗。俺はまたどうせ遊びだろとしか思ってねえけど」

「そう思わせてるのは俺のこれまでの行動だってのは分かってるから、これから誠意見せていくわ。つかおまえこそ、やっと気取らなくていいそのままの康介を受け入れてくれる素直ないい子見つけたんだから、絶対大事にしろよ」

「当たり前だろ。まじであの日の出会いに感謝だわ。電車でぶつかったのが俺で良かった」

「それに関してはよくやった康介。おまえが万結ちゃんとぶつからなかったらこの未来はなかった」

「ほんとな、でさー万結ちゃんがさー――――」

「まじかよいいな。俺もさー絢芽ちゃんさー――――」



 ガジガジとお弁当のハンバーグに噛み付きながら、携帯を確認する。すると、商業科の方では近々検定があるから皆で勉強しているのだと、坂井から返信が来ていた。

 入学式で一目惚れして、それから一年間追いかけ回して連絡先をゲットして、その一年後には一緒に遊びに行けるくらいになって、そして今やっと名前で呼んでくれるようになった、近々俺の恋人になる予定の坂井だ。

 今は勉強中かー、と返信を打ち込んでいると、好きな相手についてずっと語り合っていた二人が突然

同じタイミングでくるりとこちらを見る。

「「聞いてんの、基樹」」

 なんて。

「あーもー、うるさーい! 二人のその鬱陶しい会話、ほんっとーすぐにでも万結ちゃんと絢芽ちゃんに聞いてもらいたいー!」

 そうは思うけれど、規則を真面目に守っているあの二人が桜丘女子に在学中はきっとお付き合いなんて出来ないんだろうから、結局卒業までこの会話が繰り返されるというのは分かっている。

 はあ、とため息を吐けば、いつ再開されたのかまたしてもお互いの「好きな人の惚気」が始まっていた。

 俺はもちろんそれを聞く気にもなれなくて、坂井への返信を打ち込む作業の続きに取り掛かった。

坂井の所属科を間違えていたので訂正しました。

誤⇒普通科 正⇒商業科

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