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89番目の召還主として魔女を召還したけれど、  作者: 弥湖 夕來
3・兄弟喧嘩をしている場合じゃないけれど、 
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-2-

 

「ねぇ、フロー! 

 もういいから。降りてきて! 」

 足元のずっと下から小さな女の声がする。

 視線を落すと足がかりにした木の枝のはるか下、木の葉に見え隠れしたルチルの顔は今にも泣き出しそうだった。


「待ってろよ、もう少し…… 」

 俺は片手で枝を握り締めたままもう片手をその先へと伸ばす。

 折りしも木の枝に引っ掛かった帽子のリボンが風に揺れ、俺の指先からすり抜ける。

「……あと、少し」

 更に手を伸ばした瞬間。

 ボキリと足元で鈍い音が響く。

 ついでにがくんと一段階躯が落ちる感覚。

 思わずバランスを崩しそうになった俺は慌てて踏みつけた木の枝を踏ん張り直す。

 が、それがいけなかった。

 バキン! ポキン!

 大きな音とともによりどころにしていた上下の木の枝が一斉に折れ、俺の躯は空中に投げ出された。

「フロー! 」

 耳もとで響くがさがさと木の梢に躯が擦れる音にルチルの悲鳴に似た声が重なった。

 躯が落ちてゆく感覚。

 思ったとたんに俺の躯に床に打ち付けられた衝撃と鈍い痛みが走る。

「何だ? 」

「殿下、いかがいたしました? 」

 よほど大きな音がしたのだろう。

 パライバが血相を変えて飛び込んできた。

「いや、なんでもない。

 ただベッドから落ちただけだ」

 落ちたといってもベッドから、高さもたいしたことはないから怪我もなし。

 立ち上がりながら、躯と一緒に落ちた毛布を拾い上げた。

 おあつらえ向きに朝陽が窓から差し込んでいる。

「お怪我がなかったのは何よりですが、珍しいこともあったものですね」

 パライバが首を傾げる。

「子供の頃からやんちゃの割には人一倍寝相だけは良かったはずですのに」

「だよな? 

 夢見のせいか? 」

 毛布をベッドの上に返しながら俺は首を傾げる。

「夢、ですか? 」

「ああ、久しぶりに子供の頃の夢を見た」

「ユークレース王子とご一緒のせいでしょうか? 」

 着替えに手を貸してくれながらパライバが呟く。

「多分、な」

 

 ……目の前で、懐かしい顔が笑っていた。

 小さなルチルの無邪気な笑顔。

 その隣にはやはり今より少し幼い兄上の顔。

 そしてやっぱり笑っている俺。

 子供の頃三人で良く駆け回った。

 小さなルチルを厄介に思い邪険にして置いてきぼりにするのはいつも俺で兄上がそれを慰めると必ず役割も決まっていたっけ…… 

 そんな意地悪をしたのに、俺が木から落ちたりしたら必ずルチルはとんできて心配したり、痛みで浮かんだ涙を堪える俺の代わりに泣いてくれたりした。

 今では絶対ありえない、過ぎ去ってしまった懐かしい光景。

 あんな夢久しぶりに見た。

 

「そういえば、お前今朝は少し早くないか? 」

 いくら俺がベッドから落ちた拍子に大きな音を立てたといっても別の階の部屋にまで届いたとは考えられないし、何より部屋に飛び込んできたタイミングが早すぎる。

 そのことに俺は首を傾げた。

「はい、実はご相談がありまして」

「なんだ? 」

「今年豚の出産率が悪かったことはフロー様もご存知ですよね? 」

「ああ、それでもかろうじて何とかなるって話だったろう」

「はい、例年でしたら。

 ただ、急にユークレース殿下がいらっしゃったものですから、その少々見通しが厳しくなりました。

 つきましては今日辺り、狩にでたいのですが」

「そう言うことか。

 いいぜ、行ってこい」

 例え豚の頭数がギリギリでもあいつ一人くらいならどうということはない。

 問題はあいつの引き連れてきた人間だ。

 使用人や取り巻きを含めるとこの砦の人口は今、倍になっていると考えていい。

 さすがにそれでは豚が何頭増えても足りない。

 数頭なら村の人間に声を掛ければ都合がつくだろう。

 ただ、村人にとっても冬を越すためには必要不可欠な食料だ。

 できることなら無理はさせたくない。

 俺がそう言い出すことはパライバも充分承知だ。

 パライバがこのタイミングで言い出すということは今日なら多少の時間の融通が付くということだろう。

「俺も行こうか? 」

 久しぶりの狩だ。

 たまには羽目を外すのもいい。

「いえ、フロー様はお待ちいただけますか? 

 狩場に蛍様をお連れするわけにも行きませんし」

 パライバが申し訳なさそうに頭を下げた。

 確かに、契約前の魔女を、それを狙っている相手と二人っきりで残して行くには不安がある。

「しかし、蛍様の能力は何時覚醒するのでしょうね? 」

 パライバがため息をついた。

 

 

 外に出ると既に日の昇りきった中庭では使用人が忙しく立ち働いていた。

 パライバを送り出しながらついでに厩に向かう。

「頼んだぞ」

 馬を引き出してきたパライバと数人の下男に声を掛けていると、家畜小屋の方から華やかな女達の声が響いてきた。

「あ、フロー様。おはようございます」

 馬小屋の脇から姿を現した女が二人、俺の姿を見止めて足を止めて頭を下げた。

 プルームと蛍だ。

 卵でも集めに行ってきたのだろう。

 手には籠が下げられている。

「聞いてくださいフロー様。

 蛍ってば三日連続でここの鶏の産む卵の数当てたんですよ! 」

 少し興奮気味に言ってプルームは籠を差し出して見せた。

「まぐれよ、まぐれ。

 なんとなくそう思っただけだし」

「お前さ、何だって下働きの真似事なんかしてるんだよ? 

 客として遇してやるって言っただろう? 」

 それが気に入らなくて俺は少しむくれた。

「だって、やることなくて退屈なんだよ。

 それより、フロー朝からお出かけ? 」

「俺がじゃなくて、パライバがな」

「そうなんだ。

 行ってらっしゃい、パライバさん。

 木の枝に頭をぶつけないように気をつけてね! 」

 気のない風に行って蛍は笑みを浮かべた。

「大丈夫だ。

 山での狩ならパライバは慣れているからな」

「そうなの? 

 あたし、なんでそう思ったのかな? 」

 意図せず口から出た言葉だったのだろう。

 蛍は睫を瞬かせ首を傾げた。

 

 

 書類にサインをしたペンを置いて俺は伸びをする。

「パライバお茶」

 咽の渇きを覚えながら俺は無意識に口にした。

 いつもならこのタイミングで出てくるお茶が何故か遅れている。

 そうだった、今日はパライバを狩に出していたんだ。

 思い直して立ち上がる。

 他の誰かに頼んでもいいのだが、結局呼び出すのも面倒だ。

 そう思った矢先に乱暴にドアがノックされた。

「殿下、お仕事中申し訳ございません! 」

 若い侍従の声が何故か慌てふためいている。

「何かあったのか? 」

 その声に俺はドアを開けた。

「パライバ様がお怪我をなされてっ! 」

 蒼白な顔で俺に訴えてくる。

「怪我だと? それで様子は? 」

「はい、幸い命に関わるような傷ではございませんでしたが、少し傷が大きかったものですから…… 

 とりあえず休んでもらっています」

「ったく、何をやったんだよ」

 使用人達の集まる部屋に急ぎながら俺は呟く。

 城の中で一番の狩の名手と名高いパライバがよりによって狩の最中に怪我をするなど考えられないことだ。

 

「パライバ、大丈夫か? 」

 使用人が使う居間件食堂のドアを開けると数人に取り囲まれたパライバの姿がある。

 報告を受けたよりも元気そうなその姿に俺は胸をなでおろした。

「フロー様、申し訳ございません。

 ご心配をおかけして」

 額に巻かれた白い包帯には僅かに血が滲み、痛々しい姿のままパライバは頭を下げた。

「おい、手当ては? 」

 いかにも応急処置といった様子を目に俺は隣に立つ男に視線を移した。

「はい、今しがた医者を呼びにやりましたので…… 」

 侍従長が言う。

「それで、どんなへまをやらかしたんだよ? 」

 メイドの勧めてくれた質素な椅子に腰を降ろして訊く。

「実は、小鹿を見つけまして。

 深追いするうちに熱中して周りが目に入らなくなりました」

「何だって深追いになるほど小鹿なんか追ったんだ? 」

 普段のパライバならそんな無茶は絶対しない。

 深追いになる前に諦めて他の獲物を探す。

 ましてや相手が小鹿なら尚更だ。

「その、蛍様の食があまり進まないようでしたので。

 小鹿なら食していただけるかと…… 」

 深く切った傷は言葉を発するだけでも痛むのだろう。

 話しながらパライバは時折顔を顰める。

「いい、喋るな。

 事情は他の奴から訊くから。

 お前は暫く休んでいろよ」

 正直今の状態でパライバに休まれるのは辛いが、怪我人を使うのも気が引けた。

「それにしても、蛍の奴の言ったとおりになったな」

「はい。今朝ほどのフロー様の一件といい…… 」

 何気なく言った言葉にパライバが頷いた。

「そういえば手負いの熊のことや、昨日はユークレース殿下の来るのを口にしておりました。

 それに下働きの女の話では毎朝鶏の産む卵の数を言い当てているとか。

 ここまで来るとただの偶然ではすまされないかと」

 俺とパライバは顔を見合わせる。

「もしかして、覚醒しているってことか? 」

「はい、能力は予言、もしくは口にしたことが現実になる類のものかと」

「おい、誰か、あいつ…… 

 蛍を呼べ! 」

 立ち上がるとその場に居合わせた使用人に声を掛ける。

「えっと、あたし? 」

 俺の言葉に次いで戸惑った蛍の声があがった。

「あ…… お医者さん来たよって、言いに来たん、だけ、ど…… 」

 この時の俺はよほど厳しい顔をしていたのか目の前の女は少し怯えた顔をしている。

「話がある、ちょっと来いよ」

 今すぐにも状態を聞き出したいところだが、さすがにこの場所では使用人の数が多すぎる。

 俺は蛍を促すと自室へ向かった。

 


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