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89番目の召還主として魔女を召還したけれど、  作者: 弥湖 夕來
3・兄弟喧嘩をしている場合じゃないけれど、 
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-1-

  

「ありがとう。

 良かったね、すぐに見つかって」

 宿屋を出ると、ゆっくりとキープに向かって歩きながら蛍が安堵したように言う。

「だからって自分が迷子になってどうするんだよ? 」

「ごめん…… 

 でも婚約者さんへの贈り物選ぶのにあたしが側に居ちゃ不味いでしょ? 

 昔あったの。

 親友の彼に『彼女の誕生日のプレゼント選ぶのを手伝ってくれ』って頼まれて、一度買い物に一緒に行ったらそこで出会った知人に勘違いされてね、浮気だ横取りだって大騒ぎになったこと」

 俺の手にしていた婦人用の帽子を目に蛍が言う。

「あ、いや。

 これは…… 」

 言いながら俺は蛍の頭にそれを被せた。

 思ったとおり、今日のドレスとよく合う。

「あたし、に? 」

 驚いたように蛍が目を瞬かせた。

「普通外出の時には帽子も不可欠なんだけど、悪かったな、気が付かないで」

「そうなの? 」

「そう言うマナーがあるんだよ」

 面倒だとか邪魔だとか言われる前に俺は慌てて説明する。

「ありがとう。

 でも、いいのかな? 

 住むところから食べるもの着るものまでお世話になってるのに」

 申し訳なさそうに蛍が視線を落す。

 ちょっと待て! 

 俺は確か蛍の嬉しそうな顔を見たくてあの帽子を買った筈だ。

 なのにどうして蛍はあんな顔をしているんだ? 

 妙な考えが頭をもたげ。俺はそのことにかすかに狼狽した。

「心配するなよ。

 今はまだ客として遇しているけど、そのうちに覚醒したら目いっぱい働いてもらうからな」

「ね? その魔力? 魔法の話なんだけど。

 ほんっとにあたしそんなもの持ち合わせていないから。

 そもそもね、そう言うのってない世界にいたんだ。

 確かどこかの国に自称魔女って名乗っている人がいるって話はあったけど、あれだって確か呪術師とか薬草師とかそんな感じで。

 その…… 魔力でどっか~んと竜を倒したり呪文を唱えて傷を即効で治したりとかそう言うのはできないから」

 蛍の言葉には妙に力が篭っている。

「パライバの話に、ここに来た魔女の半数が最初はそう言うってことだ。

 だから待っていたらもしかしたら、ってこともあるだろう? 

 もし、駄目だったら。

 ……そうだな、掃除の下働きにくらい使ってやるよ」

「その下働きなんだけど、正直できる自信がないって言うか…… 

 だって、ここ洗濯機も掃除機もないんだもん」

 またしても妙な言葉が飛び出す。

「お前さ、どんな生活してたんだよ? 

 王族と付き合いのない下級庶民みたいなこと言ってるくせに、掃除も洗濯もできないって? 」

 こいつを拾ったときから感じていた違和感。

 荒れた様子の全くない柔らかな白い手、手入れの行き届いたさらさらの髪。

 それだけ見ればかなりいい家の産まれだと思う。

 しかし言動がどう贔屓目に見てもそれにそぐわない。

「もう、いい! 」

 思い出して、淋しくなったのか。

 蛍は俺の問いには答えずに口を閉ざしてしまった。

 その顔が切なそうに歪んで見える。

 話を聞く限りでも、この世界と蛍の世界はかけ離れすぎている。

 いきなり何の説明もなく連れてこられてなじめと言われても無理があるのかもしれない。

 おまけに知り合いの一人もいないとなれば帰りたくなっても仕方がない。

 ただ…… 

 何だろう? 

 俺はこいつを手放したくないと思い始めていた。

 

 気まずい雰囲気のままキープにたどり着くと、いつものように守衛が出迎えの声をかけてくる。

 それは変わりのないことだが、何かキープの中の空気が妙にざわめいているように感じた。

「な? 咽渇いてないか? 

 お茶淹れさせるから、来いよ」

 このまま離れるのがまだ惜しくて俺は蛍を誘った。

 少なくともこんな顔をさせたまま別れるのが躊躇われた。

「うん、じゃぁこれ置いてくるね」

 下がったテンションのまま呟いて、蛍は頭上の帽子を手に取る。

「お茶、リンデンでいいか? 」

「うん、あの薄い緑の花の香りのするの、ね」

 蛍の返事を確認して俺は一足早く居間に向かった。

 

「お帰りなさいませ、いかがでしたか? 」

 居間に入るのと同時に待ち構えていたパライバが訊いてくる。

「それ、お前に話す必要あるか? 」

 心配してくれるのはわかるが、そこまで個人的なことをこいつに逐一報告する義理はない。

「失礼しました」

 さすがに口が過ぎたと思ったのだろう? 

 パライバは儀礼的に軽く頭を下げると上着を脱ぎ始めた俺に手を貸す。

「お話は変わりますが先ほど、ユークレース殿下がおいでになりましたよ」

 またしても持ち込まれた書類の束を書き物机の上に置きながらさらりと言う。

「兄上が、か? 」

 思わず俺の声が裏返った。

 どうりで今日はいつもと違いキープの空気がざわめいているはずだ。

 兄上が来たと言うことは恐らくキープの人口は倍に膨れ上がっていると思っていい。

 ついでに半端なく嫌な予感がする。

 何もない田舎の暮らしを嫌がるあまり、奴はめったのことではこのキープに来ることはない。

 と、言うか俺の顔なんか死んでも見たくないといったほうが妥当だろう。

 それがわざわざ出向いてきたと言うことはよほど何かの目的があるということだ。

「不味いよな? よりによってこのタイミングってなんだよ? 」

「このタイミングだからではありませんか? 

 呪いの解けた者でない限り聖域へ魔女を出迎えにはいかれませんが、契約は別ですから」

「とは、言ってもなぁ…… 」

 言いながら俺は脱ぎ始めた上着を着込む。

「ええ、覚醒前の魔女などと迂闊に契約は交わせませんし」

 パライバが眉根を寄せた。

「そう言う問題じゃないんだよ」

 思わず俺は呟く。

 ここは蛍のいた世界とは違いすぎる。

 この地での暮らしは蛍にとってかなりの苦痛の筈だ。

 それも自分が望んだわけではなく、何の覚悟もなく突然家族友人知人と引き離されて放り込まれたんじゃたまったものじゃないだろう。

 時折蛍の口から出る意味不明な言葉の意味を問うとする切なそうなあの横顔を目にする度に気の毒になる。

 もしも帰る方法が見つかって、蛍がそれを望むなら帰してやるのもいいと思う。

 その時に『契約』は絶対足かせになる。

 そんな気がした。

「フロー様? 何処へ? 」

 上着を着なおしてドアへ向かう。

「まさか挨拶抜きって訳に行かないだろう? 」

 僅かに振り返って俺は言う。

「いえ、ご挨拶は結構です。

 その…… 

 お顔は見たくないとのお申し出でした」

 パライバが困惑顔を見せた。

「……だよな」

 その言葉にあっさりと室内に戻ると、俺はソファに身を投げる。

 こっちとしても顔を合わせるのが気まずいが、あっちが俺の顔なんか見たくないというのも当たり前の話だ。

「そういえばさ、お前。

 兄上が今日来るの知ってたか? 」

「いえ、何の連絡もなく突然いらっしゃいましたので。

 それが何か? 」

「いや、蛍がそんなことさっき言っていたからな。

 ひょっとしてお前が教えたのかと思った」

「いいえ、私は蛍様にそのようなお話はしておりませんよ。

 先ほども申し上げましたように、そもそもユークレース王子がいらっしゃること事態を知りませんでしたから」

「そうだよな。

 悪いけどお茶を…… 

 リンデンがいいってさ」

「蛍様ですか? 」

 僅かに笑みを浮かべてパライバは部屋を出てゆく。

 

「……ったく、何だって」

 今は兄弟喧嘩している場合じゃない。

 かといってあいつがここにいるとなると避けようがない。

 上着を脱ぎなおし、ソファに躯を預けたまま俺はため息混じりに呟くと同時にドアがノックされた。

「なぁ? 

 蛍を連れて暫くどこかの館にでも滞在できないか? 」

「あたしが何? 

 もしかしてどこかに連れて行ってくれるの? 」

 てっきりお茶を持ってきたパライバだとばかり思って話し掛けると、蛍の声が返ってきた。

「あ、いや。なんでもない。

 すぐにお茶来るから、そこに座れよ」

 向かいの椅子を勧めて俺も姿勢を正す。

「うん、ありがと。

 ね? フローって兄弟いたんだね」

 進められた椅子に座りながら蛍が訊いてくる。

 新しく興味を引くことを見出したせいか、その顔はさっきより晴れ晴れしているような気がして俺は胸をなでおろした。

「兄上に会ったのか? 」

 全く間が悪い。

 こうなる前に蛍に事情を説明しておこうと思ったのに、遅れをとったとか。

 ありえない。

「ううん、弟さんの方」

 蛍は首を横にふると更に興味深そうに目を見開く。

「もしかして、お兄さんも居るの? 」

「いや、それが俺の兄上だよ。

 俺には弟はいないぜ」

「でも、中学生…… 十三くらいだったよ」

 蛍が首を傾げる。

 確かに俺と比べたら弟にしか見えないだろう。

「そういえば、まだご説明していませんでしたか? 」

 口を開こうとした時にティーセットを載せた盆を手に戻ってきたパライバが、確認するように俺の顔を覗き込んだ。

 それに俺は黙って頷く。

「実は、当王家の王位継承者には代々呪いが掛かっておりまして…… 」

 話の糸口を探すかのようにパライバが考えながら口にする。

 その間にも手は休めずに手際よくカップにお茶を注いでいる。

「呪い? 」

 差し出されたカップを受け取りながら、またしても聞きなれない言葉だといいたそうに蛍が眉根を顰めた。

「はい、何代か前の話ですが、王位継承者と召還された魔女が恋仲になったものの、そのことに嫉妬した王子の婚約者が王子を殺すと言う事件がありまして。

 その時に王子を失った魔女の悲しみが相当深かったようで、以後『相思相愛の相手が現れるまで、この国の王位継承権の可能性のある者は一定年齢以上に歳を取らなくなってしまった』のです。

 運の悪いことにその時の魔女が死んだ人間まで生き返られてしまうような強力な魔力の持ち主でしたので、結果今でも呪いが続いているのです」

「全く、迷惑な話だよな。

 その魔女の好きだった王子の国、もうとっくに隣国を統合して存在していないって言うのに。

 死んだ王子の血が多少流れているってだけで、呪いは今も健在なんだよ」

 何度耳にしても腹の立つ話だ。

「え? でもフローは? 

 皆が言ってたよ。

 フローが第一王位継承者だって。

 普通お兄さんの方が順番上なんじゃないの? 」

 蛍が戸惑った声をあげた。

「俺は、幼馴染のルチルがいたから。

 割と早くに呪いが解けたというか呪いが掛からなかったというか。

 でもって、この国の場合呪いの解けた人間でないと王位につけないことになっているんだよ」

「相手が見つからなくて一生成長が止まってしまう場合もあるわけで、その場合はお世継ぎを残せないことになりますので」

「そんな訳で二十歳を過ぎても未だに呪いの解けない兄上を差し置いて、俺に王太子の座が廻ってきたって訳だ」

 おかげで兄弟仲は最悪だ。

 このまま行けば俺は望んでも居ない王座を押し付けられ、あいつは望んでいた王座を与えられなくなるんだから無理はない。

 おまけに…… 

「なんか、ややこしいね。

 フローもいい迷惑って思っていそうだよね」

 軽く息を吐くと蛍は手にしていたカップを傾ける。

「俺、何も言ってないぜ」

「ここ、皺よってるもん」

 例の飾った爪先で蛍は俺の眉間を指し示した。

「あ、いや…… これはっ! 

 そうだ、お前。一つ言っとくけどな、あいつのこと絶対年下扱いするんじゃないぞ。

 見た目はああでも頭の中はちゃんと二十歳過ぎだ。

 ついでに王太子として育てられているからプライドはものすごく高い。

 自分より実年齢の低い人間に子供扱いされると半端なく切れるからな」

 そのせいで何度お付きの人間が変わったかわからない。

 実際見てきているが、その数は両手の指では足りない程だ。

「うん、気をつけるね。

 じゃ、あたしそろそろ…… 」

 お茶を飲み干すと蛍は勢いよく立ち上がった。

「まだ、いいだろう? 」

 なんとなく別れがたくて俺は蛍を呼び止めた。

「ごめん、厨房でジャムを煮るの見せてもらう約束してるの。

 作業手をつけないで待っていてくれるって言ってたから、行かなきゃ。

 フロー今日はありがとう。

 お仕事頑張って」

 少しはドレスに慣れてきたのか、翻す裾捌きがマシになった気がする。

「それと、フロー。

 ベッドから落っこちないように気をつけてね」

 ドアの敷居をまたぎながら足を止め蛍は振り返って言うと、そのまま駆けさって行く。

「ベッドって、何言ってるんだよ、あいつ。

 俺寝相だけはいいんだけどな」

「ですよね? 」

 蛍の言っている意味がわからずにパライバと俺は顔を見合わせた。

 


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