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89番目の召還主として魔女を召還したけれど、  作者: 弥湖 夕來
2・魔女のことを良く知ろうと思ったけれど、 
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-1-

  

「リッツ水車小屋の修理? 

 これ村の連中が粉を挽いている共同水車だよな? 

 即、修理っと…… 」

 俺はペンを取ると目を落としていた書類に許可のサインをする。

「次は? 」

 片付けても片付けても終わらない審議書類にうんざりしながらも、俺は側にいるパライバに次を要求する。

 面倒でもやってしまわなければ何時まで経っても追いかけてくる。

「本日の分はこれで終わりです。

 お疲れさまでございました」

 満足そうにパライバが頷いてくれる。

「じゃ、今日は此処まででいいんだな? 」

 これ以上仕事を押し付けられてはと、念を押して腰を上げる。

 魔女を迎えに出向いていた間に積み上げられた書類を片付けるのに結局今まで掛かってしまった。

 深呼吸しながら立ち上がると、窓の向こうに何人かの人が集まっているのが目に飛び込んでくる。

 庭の片隅で蛍を取り囲んだ使用人たちがなにやら盛り上がっている。

「おまえら何してるんだよ? 」

 その楽しそうな様子に思わず声を掛けた。

「フローも来ない? 」

 蛍が見慣れない板切れを手に振り返った。

 

 声に誘われ庭に下りる。

「殿下、凄いんですよ。これ! 」

 俺の姿に蛍の隣を空けてくれながらプルームが上気した声をあげた。

「何だ? これ」

 何気なく蛍の手にした板切れを取り上げる。

 木でもガラスでもない材質でできた掌とほぼ同じ大きさのそれには実物そっくりのプルームのミニアチュールが描かれていた。

 しかも、どうしたことか筆の刷毛目さえもない。

「おまえ、短時間でよくこんなもの描けたな? 

 これ、画材はなんだよ? 」

 一級品の腕前を持つ宮廷画家だって此処までの物を描ける奴はめったに居ない。

 それもこの短時間で描ききるなど通常ではありえない。

 しかも使っている画材が摩訶不思議だ。

「あたしが描いたんじゃないよ」

 蛍は平然と言って俺から板を取り返すと、その表面を指先で軽く何度かなぞり俺に向けた。

 

 パシャリ。

 

 聞きなれない音が板から発せられる。

 次いで蛍はその表面を俺に向けた。

「な…… 」

 さっきまでそこに描かれていたプルームの肖像画は消えうせ、今度は俺の顔が描かれている。

 しかも背景がこの庭。

 俺の背後の物に他ならない。

「これがおまえの魔法の力か? 」

 一瞬で手にした板切れの上にそっくりの肖像画を描くなど魔法でなければありえない。

「違う、違う。

 こんなの誰でもできるよ。

 スマホだもん」

 蛍は否定するように首を横に振った。

「でもバッテリー切れしたら終わりだけどね」

 少し悲しそうに蛍は板切れの表面に視線を落として呟いた。

「そもそも繋がらないし、此処じゃ充電もできそうもないし、このまま置いておいてもそのうちバッテリー切れちゃうから、切れる前に使い倒そうかなって思ったんだよね」

 蛍の口からは意味不明な単語の羅列が飛び出す。

 その意味を聞いたところでどうにもならないどころか下手したらこいつの望郷の念を駆り立てかねないから、とりあえず黙っておく。

 ただあの板切れが蛍にとってかなり重要なものであるのは確かなのは表情からなんとなくわかる。

「そういえば、明日村で釣り大会があるんだ。

 村の連中に招待されているから、一緒に行くか? 」

 その切なそうな表情をこれ以上させておくのがなんとなく辛く思えて、俺はとりあえず口にする。

 蛍の興味を引くことなんてまるっきるわからないが、とにかく片っ端から口にすればどれかに引っかかるはずだ。

「ん~やめとく。

 怪我をした熊が襲って来たら怖いから」

 少し考えるように首を傾げた後、蛍が言った。

「今のシーズン、熊は出てこないぜ」

 秋なのに実りの少ない年以外、熊は人里には近寄らない。

「そう? 

 でもやっぱり、いいや。

 プルームにドレスの着方教えてもらう約束してるから」

 ……どうやら、釣りはドレスに負けたらしい。

「子供でもないのに、何時までも着替えを手伝ってもらうわけにはいかないし」

「どうして、そうなるんだよ? 

 着替えを手伝わせるのなんか当たり前だろう? 」

 なぜか俺は食い下がる。

「え~、だって恥ずかしいでしょ。

 いくら同性だって他人に下着姿見られるのとか」

 蛍が不満そうに声をあげた。

「そうか? そもそもそう言うもんだろう? 」

「そんなの、ありえないんだけどな」

「判ったよ、好きにしろ」

 どうやらその辺りの考え方もずれているらしい。

「じゃ、明日は美味い魚料理食わせてやるからな。

 楽しみにしとけよ」

 俺の登場でプルームを残しそれぞれに散って行こうとする使用人を目に、その場を離れた。

 

 

 翌日は朝から絶好の釣り日和だった。

 朝からどんよりと雲が垂れ込め、ぽつぽつと雨が落ち辺りの梢をぬらす。

 そのせいで川辺の森特有の緑の匂いが濃く立ち上がっていた。

 蛍をその気にさせなくて良かったかも知れない。

 こっちへ来て早々濡れ鼠にして風邪でもひかれたら事だ。

 そんなことを考えながら村はずれの川辺で釣り糸を手繰る。

 シーズンに一度行われる渓流釣り大会は村の人間にとって数少ない娯楽の一つだ。

 王都から距離のある国境沿いのこの村では旅芸人どころか移動遊園地さえもめったに来ない。

 誰が村一番の釣り名人か争うことで憂さを晴らしている。

 

「……そんなことを仰っていたのですか? 」

 渓流へ釣り糸を投げながらパライバが首を傾げた。

「熊のシーズンはまだ先のはずですが」

「だろ? 」

 手繰り寄せた針を手にパライバの言葉に同意する。

 そもそも何処から熊の話が出てきたのかが不思議だ。

 いや、それも蛍ならわからなくもない。

 ひょっとして熊の出没頻度の高い場所で育ったとも考えられる。

 もう少し蛍と話をしておくべきかも知れない。

 そんなことを考えていると、突然川上の方で悲鳴が上がった。

「何か? 」

 パライバと顔を見合わせ慌てて悲鳴の上がった上流へむかう。

「殿下! 

 危ねぇ! 近寄らねぇでくだせえまし! 

 手負いの熊がっ…… 」

 俺の姿を目にした村の男が咄嗟に叫んだ。

 見ると渓流の浅瀬に一頭の大きな熊が立ち、今にも襲って来そうな様子でこちらを睨みつけている。

「そんな、どうして熊が今頃此処に居るんだ? 」

 パライバが呟く。

「薬草ハンターの仕業でしょう。

 一昨日王都から来たって言う見慣れない連中がコノハナトキノソウを探してこの山の奥に入っていきましたから」

 思い当たる節があったのか村人の一人が言う。

「またかよ」

 無意識に俺は舌打ちする。

「だから山に入る余所者は申請を出せって言っているのに。

 とにかく中止だ。

 皆を急いで村に帰せ! 」

 指示を出して俺はパライバの顔を見る。

「どうする? 

 始末するか? 」

 一応判断を仰ぐ。

 手負いの熊なんて気の立った猛獣、村人の安全の為には此処で処理してしまうのがいいことはわかっている。

「大丈夫でしょう。

 今日は我々が少しばかり山に深入りしすぎました。

 村人にはとうぶんこの辺りに近寄らないように警告を出しておけば」

 そもそも殺生をあまり好まないパライバは思ったとおりの結論を出した。

「じゃ、そういうことで。

 俺達も引き上げようぜ」

 周囲に居残った人間が居ないのを確認して熊の様子を見ながらそろりとあとずさる。

 幸いにも熊はそれ以上追って襲い掛かってくることはなかった。

 

「薬草ハンターの出入り、考えたほうがよさそうだな」

 村人の安全を確保してすっかり暮れてしまった道を馬でキープへと急ぎながら俺はパライバに同意を求めた。

「今までは民のためにも希少な薬草は必要だからと深く考えずにいたんだけどな」

 よりによって山の主みたいな熊を手負いにして結果村人に被害が及ぶとなれば考えないわけにはいかない。

「それは追々。

 村長にも加わってもらって話をする方がいいでしょう。

 それにしてもあの娘。

 何処から手負いの熊が現れるなんて察したのでしょうかね? 」

 パライバが首をかしげて呟いた。

「魔女には不思議がつき物だろ? 」

 そもそも生まれ育った環境が全く違うのだ。

 訳もわからない言葉を口にするし、素材のわからない妙な物を持っている。

 こちらの常識が魔女の常識とは限らない。

 そのいい例がこの間の蛍の服装だ。

 熊の出没時期が違ったっておかしくはない。

「蛍とも少しゆっくり話をするべきだとは思わないか? 」

 とりあえず迎え入れたものの、以後雑事に追われてほとんど蛍とは話ができていない。

 その時間を俺は遠まわしにパライバに要求した。

 


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