第三十五章 大歳 利樹 その七
「うーん、今月は売れ行きがよくないぞ」
時は午前10時、私はまた売り上げの帳簿をつけていた。
今月の帳簿が悪いのは当然、私の商品開発が滞っていたためだ。
何せ筑波の完全犯罪の手伝いをしたのだ。相当な神経と時間を使った。
人を殺して遺体が見つかれば必ず警察の捜査が入る。
しかし捜査が入っても警察側が納得する形に出来ればそれ以上の捜査は行われない。
奴らも仕事でやっている。
一つの事件に永遠に調査を続けることは出来ない。
だから失踪事件となっている明道明美の事件の結末として光本の自殺を用意することで捜査自体は完結するだろう。
これが完全なでっち上げならばその不自然さに捜査が続くだろうが殆どが光本が隠していた事実だ。
筑波も偽装工作を上手くやれたようだし不安要素は殆どが炎に飲まれてしまった。
因果応報とでも言うのだろうか。
出来るなら遺体そのものが見つからないようにするのが最も得策だった。
しかし明道明美失踪事件に加えて失踪事件が起きるのはさすがに目立つ、何せこの町では去年学生三人の失踪事件が起きているからな。
ある意味光本の犯行は他者に罪をなすりつけ完全犯罪となっていた。
しかしこれは箱の持ち主が通報をしなかったから、いや出来なかったからなのだぞ。
今回箱が配られた者達は何かしら箱のことを人に言えない理由があったぞ。
私と筑波は違法な物品を所持しており守田は食人癖があった。
船頭は話を聞く限り強姦の前科が三度ほどあるがこれまで捕まることはなかったらしい。
どうにも彼女の被害者の男は訴えそのものをださないのだとか。
何をされたかはあまり想像したくないぞ。
彼女が話す限りでは網谷は自分に不都合な事実を無視する癖があるらしく、そのくせ押され弱いからあの箱の会にきたのだとか。
どうにも工業大学に通っているようだったから最新のロボット工学について話をしてみたいものだぞ。
大学に通うのも面白いかもしれんがあそこで学べることは今の時代ネットでいくらでも調べられる、時間の無駄だが話を聞く分には面白いだろう。
しかし最後に気になるのは山本だ。
彼が何故箱のことを通報しなかったか、これが謎だ。
金に困っていたから箱を売ってもうけにでもする気だったのか、まぁ過ぎたことだ考えても仕方ないぞ。
とにかく私はこの未知の箱「ブラックボックス」を八つ全て手に入れることが出来た。
八つ目の箱についているダイアルが七つであることからこの八つで一セットだと断定していいだろう。
売り上げを犠牲にした価値はあったぞ。
箱を欲しがっていた筑波もピエロから新しくカードを貰ったとかでこの箱への興味をなくしていた。
この箱は私の好きに使わせて貰うぞ!!
……さて、帳簿も付け終わったし先週は隠蔽の準備で他に手が回らず食料もなくなってしまった。
久々に買い物にでもいくとしよう。
***
私は部屋の戸を開けてアパートを出る。
先週は珍しく外出が多かったからどうにも調子が狂うぞ。
しかしそれも箱を手に入れるための対価、やむを得ないと言うものだぞ。
私がアパートを離れ少しすると前方から人影が近づいてくる。
私は一目でそれが誰かわかった。
私の隣の部屋に住む我が愛しの峰子先生だ。
しかしおかしい。
この時間に峰子先生が帰ってくるはずがない。
彼女が学校で教鞭をとっている時間を選んで外出しているというのに、盗聴器で彼女の多い独り言を一語一句聞き漏らさないように録音しているというのに。
とにかく私が彼女の隣の部屋に住んでいると気付かれてはならない。
彼女の生活を一部始終盗聴しているという事実がばれてしまえば今週の隠蔽工作が全て水の泡というものだ。
私は彼女から距離をとろうとした、が先手を打ってきたのは彼女の方だった。
「あら、大歳君じゃない!!元気にしてた?」
くっ、峰子先生め、会うのは二年ぶりだというのによく私を覚えていたものだ、内心嬉しいぞ。
「あぁ戸畑先生じゃないですか、ご無沙汰しております。」
私は先週の様に善人ぶって話をする。
ここで無視して逃げるのはさすがに不自然だからな。
「大歳君、また授業をサボってこんなところで何してるのかしら?」
「ははは、散歩ですよ、散歩。」
うむ、あまりいいいいわけを思いつかない、先週張り切りすぎて頭の回転も落ちているようだ。
「……全くあなたってこは、ずっと不登校でいる割に元気なんだから。」
峰子先生は笑ってくれる。
この人のこのようなおおらかさは私の好きなポイントの一つだ。
「先生こそどうされたんですかお仕事の方は?」
「私は今日は早退よ、ちょっとかぜっぽいの。」
峰子先生の顔色は悪い。これは帰ったら楽しみだ。
「……そう言えば大歳君、散歩ってよくするのかしら?」
峰子先生は少し間を開けて私に訊ねてくる。
「そうですね、毎日の日課です」
本当は週に一度外に出るか出ないかなのだが余計な詮索を生まぬようにせねばな。
「……なら山本っておじいさんとかに会ったりしない?……その、山本さんは一杯いるかもしれないけど」
……山本?聞き覚えがあるな。
「……はぁご高齢の方と挨拶はするもののお名前まではわからないですね」
「……そうなの、ならいいわ」
「その方がどうかされたんですか?」
「……昔母が離婚した私のお父さんがこの町に住んでいたの。母は別れてから連絡を取らなかったからまだこの町にいるのかなって思って、ね」
「……因みになんてお名前の方ですか?」
「山本玄道斉っていうの、変わった名前でしょ?」
私はその時初めて、峰子先生の顔にあの高笑いする老人の面影を感じた。
ふむ、私なら彼の所在地まで知っているがどうしたものか。
「今度その方とお会いする機会があれば先生にお伝えしますね。」
後で二人の郵便受けに手紙でも作って送ってやろう。
山本から結局箱を強奪する形になっていたし丁度いい報酬だろう。
「……あ、いいのよ大歳君。それよりあなたはちゃんと勉強しなさいよ!」
「ははは」
「あなたはその歳でいろんなものが作れる、それはあなたの才能なんだからな。ちゃんと上手く使うんだぞ!」
峰子先生は私が学校中に盗聴器を仕掛けた際、批難する教師達の中で一人私を褒めてくれた。
それは彼女が元々理系で教師よりも科学者を目指していたという経緯から来るものなのだろうが私にとって新鮮に感じた。
それ以来私は彼女のことを研究している。
「安心してください。私は私の道を進んでいますよ。」
私は我ながら爽やかにそう言ってその場を去った。
To Be Continued……




