第二十六章 筑波 善財 その六
「先輩、あそこで野良猫が寝転んでますよ!美味しそうですね!」
俺は食人女と一緒に大歳先輩の家を目指していた。
この女は何でもかんでも食べ物の話にしやがる。
俺にはその本性を隠す必要がないからかやけに楽しそうだ。
こっちは大歳先輩から預かった箱と遺体を持っている分警戒しなきゃならねえのによ。
俺、筑波善財は苛ついていた。
それはこのうっとおしい女のせいでもなく今持ち歩いている奇妙な箱のせいでもないんだ。
俺達二人を尾行している糞野郎に対してだ。
俺はそいつの存在に気付いてからあえて大歳先輩の家に直行せず人気のない裏路地に来ていた。
最近街では警察は多いがこの辺りはそうでもない。
家と家の庭壁が多く見通しも悪い上に交番と交番の微妙な間の位置にあって警官がこの道を見回りに通ることは少ない。
俺はそのくらい調べてある。
あえてこの道に来たのは当然俺達を追ってくるストーカーをおびき出すためだ。
袋小路になっているポイントまで移動し足を止める。
「守田、止まれ。」
「え、どうしたんですか急に?ここ行き止まりですよ?道間違えたんですか?」
「違う、とりあえずこの荷物持ってろ!」
「え、さっきはいいって言ってたじゃないですか?」
「……いいからもて!」
俺は鞄を守田に預け振り向く。
「こそこそしてねぇで出てきやがれ、ストーカー野郎!!」
俺の声に気付いてか壁からそいつが現れる。
「失礼だなあー、私は野郎じゃないよー。」
現れたのはもう一人のイカレ女、漫画家の船頭だった。
「え、港町さんどうしてここに?」
「やあ、守田ちゃーん!さっきぶりだね!筑波君も元気そう!」
「なんの目的でついてきた?」
「いやね、私本当は探偵さんの後を追ってたんだー。」
「……どういうことだ、話が見えねえ。」
「私ー、是非是非最後までこの事件の取材がしたくてさー!探偵さんにお願いしようと思って!!」
「ならなんで俺達の前に現れた?」
「私のカメラがさー、君達はここだよーって教えてくれたのー。」
「……は?」
「早い話がねー、あれカメラに見せかけた私のスマホだったのー。このためにわざわざ新しいの契約しちゃったー。」
「……つまりどういうことだ。」
「今君達の持っている箱からGPS信号が出ててー、私はもう一つの携帯でそれを追ってきたのさー。」
っち、こいつも大歳先輩と同じようなまねしてやがったのか。
「それでお願いなんだけどー、私を探偵さんのおうちまで連れて行ってくれないかなー?」
君の悪い笑顔でやつは語る。
くそ、こんなやつがついてくるのは面倒くせぇ。
大歳先輩の家にこんなやつをつれていく訳にはいかねぇ。
この女は今のところ有害にしかならねぇ。ここで消すべきだ。
隠し持っていたスタンガンに手をかける。
こんな白昼堂々とこいつを殺せば守田が死体を処分するとしてもまず隠しきれねぇ。
とりあえずこの場はこいつを行動不能にしてどこかに捨ててやつの携帯を処分するのが得策だ。
「うーん。おっかないね君はー、いいヒールになりそうだ!」
そういって船頭はスマホを構える。
「最初は目潰しだよー。」
次の瞬間、やつはフラッシュを俺達に向ける。
「……きゃ!」
「……糞、面倒な真似を!」
俺達の視界は一瞬奪われる。
「教えてくれないならー、もみほぐして柔らかくしないとねー!」
はっ、何をするつもりか知らねーが同じ手を二度も食らう俺じゃあねぇぜ。
俺は眼を閉じたままベルトに仕込んでおいた細い工業用ワイヤーを引き出し前方に向けて打ち付ける。
これは生身で受ければ肉をえぐれる様に調整した細さを選んである。
「あ、あぶな!」
声の位置から察するにやつは距離をとった。
その間に俺も一歩下がり、視界を取り戻す。
「あぶないなー君はー。折角お姉さんが優しく抱きしめてあげようと思ったのに。」
船頭は悪態をつく。
「結構だくそばばぁ!」
「ふふん、お口もとーっても悪いみたいだ。ふさいであげないとねー。」
船頭は怖じ気づくどころが寧ろ嬉しそうに俺に向かってくる。
向かってくるなら好都合、スタンガンをくれてやる!!
俺はワイヤーを捨てて大歳先輩お手製の改造スタンガンを取り出す。
「あ、それも危ないねー。」
俺のスタンガンに気付いたやつはポケットから何かを取り出し俺に向ける。
こちらにその液体を吹きかけてくる。
一体何だ?
水か、硫酸か?
俺はそれを右手によけてかわす。
「……きゃ!!」
俺がよけたそれは俺の背後にいた守田に当たる。
「な、なにこれ!?ぬるぬるする!!」
なんだ?何を使いやがった?
俺がそれに気をとられ回避に専念していた隙にやつは守田に近づき彼女の腕をつかむ。
「守田ちゃんつーかまえた!」
「せ、先輩捕まっちゃいました!」
キチガイ女は守田を捉えると腕を絡め取り彼女の腹部と口元を手の平でつかみ押さえつける。
腹部に当てられた手は滑り込むように守田の服の内側に潜り込みその手は胸部に伸びる。
守田はなすすべなく全身を絡め取られ鞄を落とす。
っち、役立たずが。
「ほらーお姫様は捕まえちゃったよ、王子様?」
「せ、せんふぁいたふけて!!」
口を押さえられながらも助けを求める守田。
彼女の様子を見る限り先程の液体は人体には無害なようだな。
「私のさー、作品のー、黒いライオンってあるでしょー!」
聞いてもねぇのに船頭は語り出す。
「あれの犯人ってさー。私なんだよねー。」
なに言ってやがんだこいつ?
「私、昔好きな人がいてさー、我慢できなくって、こうやって襲っちゃったんだー。」
やつが守田をつかむ手はより力強く彼女に食い込む。
彼女の顔と胸を飲み込まんとするばかりだ。
やつの手は先程かけた液体のせいかぬるぬると動き蛇のように守田を絡みとっている。
守田は少し涙目になりながら俺に助けを求めている。
「警察を呼んだらこの箱のこともあるし共倒れだね。」
あのイカレ女は守田の頬を舌でなめながら俺に言う。
「彼女のことが大事ならー。おとなしく私の希望に応えてくれないかなー。」
っち、馬鹿にしやがって。
俺は構わず距離を詰める。
「え、あ、ちょっと!そこはヒールでも一瞬たじろぐのがセオリーでしょ!!」
くそが、俺を誰だと持ってやがる。
「俺を馬鹿にすんな、俺は狩人だ。」
俺はやつの喉元にしっかりとスタンガンを食い込ませる。
「あひゃ!!」
スタンガンの電流をくらいやつは倒れる。
「た、助かりました筑波先輩!」
涙目の守田が近づいてくるがまずはこの女の処理だ。
完全に気絶してもらうためもう一度スタンガンをむける。
「ま、まって……。」
このスタンガンの直撃を食らってしゃべれるとはたいした根気だ。それともさっきの液体のせいか?
とにかくとどめだ。
「の、残りの遺体……わ、私が持ってるの。」
……なに?
「は、犯人探してるんでしょ?」
「ああ。」
「私の遺体がない……と死因がわからないわよ?」
イカレ女は不適な笑みをみせる。
「お前の部屋を直接あさらせて貰う。」
「ふふ、今家にはないわよ。」
「どこに隠した?」
「秘密よ……。私もつるませてくれるなら教えてあげる。」
今このままこのイカレ女を潰すのは簡単だが犯人への新しい手がかりが手に入るかもしれない。
今の交戦の結果戦闘力は正直たいしたことはねぇ、動きも素人のそれだった。
先程の発言を聞く限りこいつも世間に対して後ろめたい過去があるようだ。
まだ利用価値がある……か。
「本当だろうなイカレ女?」
「ええ、神に誓うわ。」
「せ、先輩この人連れていくんですか?」
嘘くせぇこいつの発言も落ち着きのない守田も置いておいてとりあえず大歳先輩に相談だ。
「守田、鞄から俺のスマホとってくれ。」
「はい、先輩!」
俺はそのまま大歳先輩に連絡を取る。
「どうした筑波、まだうちにはつかんのか?」
「道中で船頭に絡まれた。この女は残りの遺体を持ってる。先輩の家に同行することを条件に渡してくれるようだ。」
「……ふむ。つまり参考人として呼ぶと。」
「必要なら処理する。」
「……よかろう。連れてこい。」
俺達の会話はそれで終わる。
「決まったぞイカレ女、遺体の位置まで案内しろ。俺達も同行する。」
「え、マジですか先輩?」
「ふふん、ありがとう。車に乗せてきているの。あなた達ものせてあげよーか?」
「いや歩きでいく。下手な真似するなよ。」
俺は念を入れてやつの喉元にスタンガンをあてる。
「俺はいつでもお前を殺せる。」
俺の警告に対してもこのイカレ女は笑顔で答える。
「ふふ、いいね。……やっぱり次の作品の主役は君にしようかな?」




