第二十章 光本 歌蓮 その二
「……ママ。」
「……どうしたの幸太?」
「……今日もあけみちゃん来てなかった。」
「……そうなのね。」
託児所からの帰り道、幸太は私にそれだけ言った。
私の息子、幸太はやんちゃ坊主だ。
他の男の子と喧嘩をすることも多いけどその分園の女の子からもモテている。
きっと主人に似て色男に育つんだろう。
この子には特別親しい女の子がいた。
それが明美ちゃんだ。
前のバレンタインにそのこからチョコを貰って嬉しそうにしていた幸太のことをしっかりと覚えている。
まだまだ子供なのにおませさんなんだから。
その明美ちゃんは三日前に死んでいる。
そのことを幸太に知られる訳にはいかないの。
だってきっとそれを知ったら幸太は泣いちゃうもの。
まだこんなに小さいのにそんな現実を受け入れられるはずがないもの。
幸太も大きくなれば時間の流れの中で忘れてくれるはずよ。
私はこの子を守るためなら何だってするわ。
今日のカフェでの話し合いの様子だと探偵さんも今すぐに誰が犯人かわかる様子じゃなかったわ。
私にはわかるの、よく人を観察してるから。
主人と付き合う前も彼の好みを調べ上げて彼の理想の女になったんだもの。
もう主人への愛情なんてないんだけどね。
人をよくみるせいか目つきは悪くなってしまって化粧にはいつも時間がかかってしまうわ。
他の親御さんからは若いくせに厚化粧って愚痴られてるけど、私から言わせればあなた達の方がよっぽど醜いのよ。
「……ただいま。」
私と幸太は家の戸を開けて中にはいる。
「……。」
「ただいまお父さん。」
「……。」
「……あなた、いるなら返事くらいしたらどうなの。」
「……ああ、おかえり二人とも。」
このところ主人はいつもこうだ。
まだ仕事は出来るからましだけどこれならクマか何かの人形でも問題ないんじゃないかしら。
主人のことはとにかく、今回の事件はうやむやになって欲しいの。
私は箱で明美ちゃんの遺体を見て以来遺体を持っていない。
まさか箱のワープが止まるなんて考えてもみなかったから私の箱でワープが止まらなくて本当によかったわ。
とにかくこんな事件に関わっているなんて他の人には知られたくないの。
事件が長引くほどにその危険性は高まってしまうわ。
こんなことには構っていられないの!
そういう意味では網谷君がいてくれて助かったわ。
あのこはとっても怯えていた。
ちょっと抱かせてあげただけで私の虜よ。
あのこはもう私に逆らえない。私のものなの。
一人だけ捜査に反対すれば必ず怪しまれて余計な詮索をされてしまう。
けど何人かで連帯して行動すれば誰が怪しいとでもなく捜査を潰せるわ。
ごめんなさい守田ちゃん、それと探偵さん。
あなた達の目的は達成させないわ。
そしてあのおじいさん、網谷君の言っていた通りいかがわしいビデオが箱に入っていたのならその持ち主はあの人よ。
ビデオを持っている可能性があったのは年齢層的にあのおじいさんか気味の悪い漫画家さん。
でもあの場での発言、表情から察するにおじいさん本人だと断定できるわ、私にはわかるもの。
あのおしいさんにはきっと人に言えない何かがあるわ。
あの殺気だった学生と違って様子がわかりやすかったもの。
彼が隠しているなにかを利用して捜査の注目を彼に向けることが出来れば、その状態で捜査が曖昧になってしまえば、私達はようやく自由になれる。
幸太のためにも明日の集まりが勝負よ。
「ママ、今日の晩御飯何?」
「ふふ、今日は幸太の好きなハンバーグよ!」
「わーいありがとうママ!!」
ふふ、あの箱は最初はみなさんと中のものを交換するだけのおもちゃだったけどまさかこんな駆け引きをすることになるだなんて……。
確かに気味の悪さ、煩わしさはあるけどこういうのも嫌いじゃないわ。
今の私に欠けていた若い頃の張り詰めた感覚、それが味わえるもの。
主人を私の物にするために、努力したあの頃を思い出せるもの。
そして今の私には守るものがあるわ、私の大事な息子、幸太。
幸せに大きくなって欲しい、ありきたりな名前だけどその方がいいの。
私はこの子のためならなんだってするわ。




