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トーへの塔

状況を確認し、俺達はトーへの塔へと向かった!

 俺はイルマの手を取って、強引に部屋の中へと引きいれた。

 俺のさっき言った言葉で力が抜けていたのか、イルマの体は驚く程簡単に俺の部屋へと引き込めた。

 彼女は小さく「えっ……!?」と驚きの声を上げた。

 が、無理も無い事だ。

 クリーク達を追い掛けると言ったのだから、そのまま部屋を出て街を出るのだと思うのが普通だ。

 まさか、強引に部屋へ引き込まれる等思いもしない事だろう。


「さて……」


 そういってイルマの方へと振り返る。

 彼女は俺の動きに合わせて、ビクリと体を跳ね上げ身を固くしている。

 こちらを盗み見る様な眼差しには、恐れと怯えが含まれていた。


 俺ってそんなに不審者なんだろうか。


 彼女の挙動は、今まさに不審人物に拉致監禁されている時のそれだ。

 俺としては、長々と部屋の入り口で話し込んでいては、誰が見ているかも分からないからと思った行動だったんだが……先に説明すべきだったろうか。


「状況を確認したいんだが、クリーク達と別れてからどれくらいの時間が経ってるんだ?」


 だが、今は彼女の誤解を解くよりも、それに付いて考えるよりも、先にしなければならない事がある。

 俺の言った事が、決して如何わしい内容でないと漸く理解出来たのか、彼女は考えを纏めながら言葉を紡ぎ出した。


「……え……と……わ、私達は今日、グルタの洞窟を目指していました。半分ほど工程を消化した所でクリークが、目的地をトーへの塔へ変更しようと言い出して……私は強く反対したんですけど、みんな止まらなくて……立ち竦んだ私を置いて、みんなトーへの塔へ……」


 話ながらその時の事を考えていたのか、イルマは少し涙声となっていた。

 ちゃんとした話し合いも持たずに、仲間に置き去りとされる辛さはどれ程の事だろうか。

 それだけ、クリークが焦っていたのも分からないでは無い。

 だが、パーティはそれほど大勢で組む事は無い。

 一人だけ反対する者がいたとしても、確りと話し合い、全員の意志を共有して行動する事が望ましいのだ。


 今回イルマが取った行動は、パーティメンバーとして褒められた事ではないが、彼女にしては苦肉の策だった。

 だが、クリークの取った行動は、パーティのリーダーとしてやってはいけない事でもあった。

 俺はザックリと、彼女の話から時間を逆算していく。

 イルマとクリーク達が別れた所は、ここから三時間程北西へ向かった所。

 彼女が大急ぎでこの街にとって帰ったとしても、やはり三時間程かかるだろうか。

 その間に、彼等は北東のトーへの塔へと移動する。

 そこには二時間程で辿り着けるだろう。

 恐らくクリーク達は、すでにトーへの塔内部へと入り込んでいる。

 彼等の「トータルレベル」を考えても、まず一戦ともたないだろう。時間的猶予は無い。


「……だいたい分かった。とにかく急ごう。イルマ、こっちへ来い」


 そう言って、俺は彼女の肩に手をやり、俺の方へと引き寄せた。

 彼女は一瞬身を固くしたが、すぐに力を抜いて俺の方へと身を寄せた。


「あ……あの……」


 イルマは、顔を真っ赤にして動揺していた。

 女性に突然こんな事をするんだ、怒っていても仕方が無い。

 だが今は、イチイチ説明している暇も惜しい。


 それに、百聞は一見に如かずだ。


「……イルマ、今からトーへの塔へと飛ぶ。しっかり掴まっていろよ」


 俺の言葉が何を意味するのか、彼女には理解出来なかったかもしれないが、理由も聞かずに彼女は、目を瞑りしっかりと俺の腰に手を回した。


 クリーク達は、いや、やはりイルマは“運”が良い。


 トーへの塔には転移石があり、俺がルーキーだった頃に通い詰めていたお蔭で、今でもその姿をしっかりと思い出す事が出来た。

 転移石があり、その場所を思い出す事が出来れば、俺は転移魔法(シフト)で飛ぶことが出来る。


「……シフト」


 次の瞬間、光に包まれた俺達の体はその部屋から掻き消えていた。





 俺達は瞬く間に、トーへの塔入口へ出現した。

 ユックリと俺の体から離れたイルマは、信じられないと言った表情を浮かべている。

 だが、初めての転移で体が慣れていないのだろう。

 その足取りはおぼつかず、フラフラと頼りない。


「……わっ……きゃっ!」


 そんな彼女を、まるで荷物でも小脇に抱える様に抱き上げて、俺はトーへの塔へと走って入った。

 もはや一刻の猶予も残されてはいない。


 この塔の攻略レベルは、10。

 つまり、全員のレベルが10以上ならば攻略可能(・・・・)と言う事である。


 だが仮に、全員のレベルが10であっても、攻略は容易では無い。

 あくまでも目安であり、レベル10ならば簡単にやられはしないと言う事でしかないのだ。

 この塔のモンスターは、今の彼等では到底太刀打ち出来ない。


 だが、“必ずしも”渡り合えないかと言えばそうではない。


 矛盾するようだが、ここで「トータルレベル」が重要となる。


 ―――トータルレベルとは言わば、パーティレベルである。


 例え、全員のレベルが10に到達していなくても、全員が不足を補い各々をカバーして助け合えば、トータルレベルが10を上回る事も不可能では無いのだ。

 そうすれば、この塔を攻略するとまではいかなくとも、ここのモンスターと十分渡り合える事は出来るかもしれない。

 だが、イルマの話を聞く限りではそれも望めない。

 これは明らかに無謀な挑戦と言えた。


 俺は彼女を抱えたまま、辺りに蔓延るモンスターを無視して、上階へ向かう階段へと向かった。

 ここの事はしっかりと覚えているつもりだったが、流石に二十年近く前の事となると詳細までは思い出せない。

 俺は若干遠回りをして、何とか上へと続く階段を見つけた。





 ―――彼等もまた“運”が良いと言わざるを得ない。


 クリーク達は階段を登り切ったすぐそばで、巨大な狼の魔獣「ウォーウルフ」と交戦状態にあった。

 狭くは無い塔のフロアを探していれば、本当に手遅れとなっていたかもしれない事を考えれば、階段のすぐそばで立ち往生していた彼等は幸運と言える。

 俺はユックリとイルマを床に降ろし、周囲の状況確認を行った。

 ウォーウルフの前で誰かが倒れている。

 恐らくはクリークだ。

 腹部から大量の出血が見られる。

 恐らくは致命傷、放っておけば命に関わっただろう。


「イルマ、回復呪文だ」


 惨劇を目の当たりにし、言葉を失っていたイルマに、俺はそう声を掛けて指示した。

 ハッと我に返ったイルマは、倒れているクリークに向けて癒しの呪文を唱えだした。


「……天に益します光の聖霊よ。彼の者の傷を癒せ……治療(クラル)


 淡く美しい魔法光に包まれたイルマが魔法を唱え終えると、彼女の十五メートル程前方に倒れているクリークの体に薄い光が生じ、彼の出血が治まった。

 だが気を失っているのか、未だ動く気配は無い。

 彼女の初歩治癒魔法では、彼を一度で完全回復させるには至らないのだろう。


「……イルマ……? あ、勇者!?」


「ゆ、勇者様っ!」


 イルマの魔法を切っ掛けに、ソルシエとダレンが此方に振り向き、彼女と俺の存在に漸く気付いた。

 恐らく場の雰囲気に呑まれ、周囲に気を配る事が出来ないでいたのだろう。

 そして、俺に気付いたのは彼等だけでは無かった。

 クリークのすぐ近くにいたウォーウルフも、俺の存在に気付く。

 俺は少しばかり“闘気”を解放して、ウォーウルフを睨み付けた。


「くっ!」


「す、すごい……っ!」


 隣で絶句するイルマ。

 俺の闘気を僅かに受けて、ソルシエとダレンの顔も蒼ざめる。

 そして、モロにその影響を受けたウォーウルフは、まるで負け犬の様に一泣きして文字通り尻尾を巻いて逃げて行った。


 今、この場でウォーウルフを倒す事は、例え素手であっても容易な事だ。

 だが、あれは俺の獲物では無い。本来ならば、手を出す事もルールに反するのだ。

 無茶で無謀な冒険の末に、命を落とす冒険者は少なくない。

 クリーク達の冒険も、本来ならばここで終わりを告げていたのかもしれない。

 俺は勇者だが、イチイチ冒険者の危機を救っていたらキリがない。

 そう言った意味で、本来ならば手出しする事はルール違反なのだ。


 だが……もう関わっちまったからな。


 知人の危機を放っておける程、俺はルールに拘るつもりは無い。

 何よりもこれ以上、イルマの悲しむ顔は見たくないと思ったのだ。


 ウォーウルフが去り、静けさを取り戻したフロアで、俺は無言のままクリークの元へと歩を進めた。

 その間、ソルシエとダレンが声を発する事は無かった。

 クリークの状態を確認すると、思った以上に酷い状況だった。

 即座に適切な治療を施さなければ、例えイルマの回復呪文を掛け続けても命の危機に瀕していただろう。


 ……本当にこいつらは運が良い。


 そう考えた俺の口角は、僅かに吊り上がっていた。

 これほど運の良い冒険者も、まぁ珍しい。

 こんなに場違いな場所で、レベル違いのモンスターに襲われたのに、誰一人欠ける事無く生き残るとは。


「……万物の生命に癒しを(もたら)す聖霊の奇跡よ、今ここに顕現し、この者の生命に祝福を与え賜え……奇跡の秘術(ミー・ラー・クルム)


 俺の体が眩い光に包まれる。

 先程のイルマとは比較にならない程眩く、清浄なる光だ。

 その光は俺からクリークへ。

 そしてその光が、ユックリと彼の体へ吸い込まれる様に消え失せる。


「……あれ!?」


 今まで瀕死で倒れていたクリークが、素っ頓狂な声を上げてガバッと勢いよく起き上がった。

 それを見ていたイルマ、ソルシエ、ダレンは再び言葉を失う。

 高レベルの勇者と賢者、そして高僧にのみ使う事が出来る、究極の回復呪文。それを目の前で、恐らく初めて目にするのだ。驚くのも無理は無い。

 立ち上がる俺に釣られる様にして、クリークも確りとした足取りで立ち上がる。


「……ク……クリークさん……」


「……クリーク……」


「ク、クリークさん……」


 イルマ、ソルシエ、ダレンが、三者三様に彼の名を呼び絶句する。

 今まで死にかけていた者が、まるで何事も無かった様に立ち上がったのだ。

 それも仕方のない事だろうが、俺にしてみれば久しぶりに見る光景で、なんだか新鮮だった。


「……あれ? ……俺……どうなったんだっけ……?」


 当のクリークも、すぐに状況が把握出来ていない様だった。

 恐らくは記憶の混濁(こんだく)

 瀕死に晒されたんだから、多少記憶が飛ぶ事もあるだろう。


「……大丈夫そうだな……じゃ、帰ろうか」


 クリークの体に、どこも異常が無いと見て取った俺は、そのまま階段の方へと歩を進めた。


「……ちょ、ちょっと待ってくれよ」


 その俺を、クリークが言い難そうに引き留めた。


「俺の傷を治してくれたんだよな? ……その……ありがとう……」


 思春期の意地っ張りな少年が、漸く絞り出した感謝の言葉だ。

 俺は素直に受け止め無言で頷いた。

 だが、彼の言葉はそれだけで終わりでは無かった。


「……なぁ……あんた……い、いや、勇者様。このままこの塔を攻略するのを手伝ってくれよ。あんたがいれば……」


「……あ? ……なんで俺がお前達に付いて行かないといけないんだ?」


 クリークは俺があの夜言った言葉、「一ヶ月でトーへの塔を攻略」に拘っているのかもしれない。

 それともただ単純に、この塔の最上階に設置されている「到達の証」が欲しいだけかもしれない。

 ここで手に入る「到達の証」は、かなり高額でギルドに引き取ってもらえる。

 纏まった金が手に入れば、現状手に入らない装備の購入も可能だ。

 確かに、強力な装備を身に付ければ、多少なりとも強くはなれる。


 クリークは、肩越しに答えた俺の声を聞いてたじろいでいる。

 それは他のメンバーも同様だった。

 そこまで強く言うつもりも無かったが、実際の所俺はもう疲れている。

 魔界で魔族と激戦を繰り広げ、帰って早々にこんな所まで駆り出され、残り僅かな魔力を使って高位回復呪文まで使ったのだ。

 ハッキリ言って今日はもうヘロヘロだし、早く帰って眠りに就きたかった。

 だから普段と違って、俺の声には確かに不機嫌さも含まれていた。


「……だいたい、こんな塔を攻略するのに、お前等と一緒に行動する意味が無い。俺一人でも十分余裕だからな」


 その言葉に、クリークは反論出来ないでいる。

 事実なのだから、言葉を返し様がないだろう。


「……なんだよ……協力(・・)してくれたっていいじゃんか……」


 愚痴を零す様な小さい声で、クリークの声が俺の耳にも聞こえた。

 その言葉の中には、「ケチ」とか「もったいぶりやがって」と言ったニュアンスも含まれている。

 未熟者の駄々に付き合ってやる必要性は全く無いんだが、どうも彼は勘違いしている様だ。


「……クリーク、理由を教えてやるから付いてこい……お前達もな」


 俺はクリークとソルシエ、ダレンに声を掛けて、再び歩き出した。

 既に疲労はピークを越えている。

 睡魔は引っ切り無しに襲って来て、さっきからクウフク様が(やかま)しい。

 体調最悪の俺は、周囲からはさぞ超不機嫌状態に見えた事だろう。

 俺の言葉を聞いたクリークは勿論、ソルシエ、ダレンも動きが固まっている。


 ……別に、取って食おうって訳じゃないんだけどな。話して聞かせるって言ったし……。


 イルマの横を通って階段を降りようとした俺の服の裾を、彼女が小さく摘みクイクイッと引っ張った。


「……お願い……あまり厳しくしないで……」


「……ああ、大丈夫だ」


 俺としてはニッコリと微笑んだつもりだったのだが、その笑顔は余程醜悪に見えたのだろう。

 彼女は摘まんでいた裾を離し、ビクリと肩を震わせた。

 いや、ほんとにそんなつもりは無いから。

 だいたいもう眠いし腹減ったし。本当ならすぐにでも帰りたい気分なのに。

 新たに精神的ダメージを追加されて、重い足取りで階段を下りる俺の後ろを、クリーク達がゾロゾロと付いて来た。



全く以て分かっていない。面倒臭いが、勇者直々にレクチャーしてやるか。

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