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星つかみの桜は知っている  作者: 北乃蜂
第3章 あなたの願いが叶いますように
9/16

祖母

遅い時間になってしまいました……。

第3章は話数がすこし多めです。


おばあちゃんの回!






 倦怠感のある体を引きずって、わたしは三日目を迎えた。

 窓の外は曇り空だ。午後には雨が降るかもしれない。

 今日こそは杏子ちゃんに会いたいと思ったが、やはりすでに出かけているようで、相変わらずの手紙が置かれていた。




 ―― 菜々乃ちゃんへ

   聞いたわ!!菜々乃ちゃん巫女になったんですって!!?もぅ!どうしておばあちゃんを呼んでくれないのっ!♡ 動画撮ってブログにアップしたのにっ!悔しー!!

   今日はお祭り三日目よ♡ 『未来の幸せを願う日』よ

   夜の灯篭流しはお友達と行くかしら?♡ 楽しんでらっしゃいね♡




 今日は、春祭りの最終日……お祭り一番の催しもあるだけに観光客の足も多く、きっと彼女だって忙しいだろう。

 頭ではそう思っているのに、体は逆の行動をとった。タブレットを手に取って、杏子ちゃんの残してくれていた職場の番号を入力していた。


 無機質なコールが数回鳴った後、女性が出た。杏子ちゃんのことを尋ねると、しばらくしてから明るい声に代わって、心が緩んだ。


 『はぁい!菜々乃ちゃん!ナイスタイミングよ!ごめんなさいね!なかなか一緒にいられなくて。寂しくないかしら?朝ご飯は食べた?今日の衣装見てくれたかしら!最終日だから気合いれちゃったの!そういえば、昨日の巫女の………』


 今までの沈んでいた気持ちがゆっくりと溶かされていく。

 返事を返さないわたしに気付いて、言葉を途中で止め「どうしたの?」と呼びかける。


 「なんでもない。杏子ちゃんの声、聞きたくて」


 昔から、わたしは母に言えないことがあると、祖母に電話していた。

 わたしから話をするわけではないし、それに相談をするわけではない。しかし、彼女は不思議とわたしの心中に入ってくるのだ。


 『もう…菜々乃ちゃんったら、あたしに隠し事は無意味よってば! 心の毒は、ちゃんと抜かないとだめよ』


 こちらの様子がすべて見えているかのように、いつも…そう言ってわたしの言葉を引き出そうとしてくれる。だから、わたしは……――





 ―― ごめん



 


 昨日の、蘭の話。羽柴くんとの話が甦る。昨日の夜、散々泣いたはずなのに、わたしにはまだ事実を受け止められないでいるのだ。



 「……わたし、この町に来ない方がよかったかもしれない……」



 言ってしまってから、ほかに言い方があったかもしれないと思った。けど、言葉にしてしまった想いを留めることなんてできない。

 感情をこらえるように、引き結んでいた唇から、震えた息が漏れ出した。


 『やっぱり具合が良くなってなかったのね?昨日も早く寝ちゃってたから………菜々乃ちゃん?』


 呼びかけてくれる声に返事をすることができない。声を出したら大声で泣き叫びそうで、唇をかみしめていた。


 『……田舎の空気は、あわなかったのかしら』

 「ちがう…」


 心配そうな声に、ようやくそれだけ返すことができた。

 堪えきれず、堰を切ったように涙があふれだす。


 



 ―― また会うんだよ





 この町で、たくさんの優しい思い出を思い出せたのに……それを与えてくれた子がいない。

 もう、消えてしまった。

 

 桜模様の紙の切れ端に書かれていた約束は、一瞬の桜の美しさのように………わたしに懐かしさを与えて、あっけなく散ってしまったのだ。

 やるせない気持ちが湧いてきて、わたしは絞り出すように声を出した。


 「探していた人と、もう…会えないの」


 自分の言葉に、余計悲しみがあふれだす。

 立っていた床に涙が落ちていくのを見つめていたら、ふと、足元に白い毛並みの犬がいたことに気が付いた。

 わたしのことを慰めるように、何も言わず寄り添ってくれている。




 ―― 悲しいときは一人になっちゃダメなんだって




 それなら、一緒に……今いてほしいよ。

 

 悲しくて、一人になりたいときに孤独にはならないのだ。

 記憶も思い出も、だれとも共有できないと知ることが本当の孤独なのだ。


 源五郎の温かさを感じているのにもかかわらず、暗闇で迷子になったかのようだ。

 泣くわたしの耳元で、杏子ちゃんの柔らかな声がささやいた。


 『……菜々乃ちゃん……シズミヤ市の春祭りの本当の意味を教えてあげる』


 子供が眠る前、昔話を話して聞かせるように言った。

 

 『お祭りは、春に誕生する恵みを祝うものでもあるのだけれど……ほんとうは』


 何かを思うような、何かを大切に抱きしめるような、杏子ちゃんの声を初めて聞いた。


 『……春を迎えられずに…冬で失ったものを(しの)ぶ意味もあるのよ……』


 この地方では、冬はとても長い季節だ。実りの多い秋に比べると、まるですべてが失われたような静寂な季節。

 何日も、何か月も、深い雪に囲まれていると、みんな死んでしまったかのように思ってしまう。

 

 その者たちを、雪が溶けた春に“思い出す”のだ。……生とは、常に死と隣り合わせだと、どこかの哲学者が言っていた。

 どんなところでも、新しい“生”と同時に“死”はつきものなのかもしれない。

 それをここの春祭りは言っているのだ。


 『菜々乃ちゃん。覚えていて……会えないからと言って、その子がいなくなったわけではないのよ……』


 電話の向こうのがやがやとした喧騒の中で、杏子ちゃんの声だけがわたしの耳に届く。


 不思議なことを言うと思った。生きていれば、会えるのだ。でも、死んでしまったら……会えないのだ。

 わたしの疑問を感じ取ったのか、杏子ちゃんは言葉の意味をすぐに紡いだ。 


 『あなたが、その子を忘れない限り……もう一度会えるの』

 「あえるの……?」




 人は死んでしまったら、生きている人の目にはどこにもいない。じゃあ、自分が死んだら、どこにいくの。

 自分自身がわからなくなって消えるのだろうか…そして、いずれ誰からも忘れられてしまって、存在自体がなくなってしまうのか。





 『……菜々乃ちゃん。この祭り最後の灯篭流しの本当の意味は……過去に亡くなった人たちの願いを受け継ぐ儀式なのよ。死者の願いは、わたしたちが代わりに受け継いで行くの………その子の願いを、忘れないであげて』


 杏子ちゃんの言葉が頭の中でこだました。

 死んだ人は、“死んだ”から消えたわけではない。


 『わたしはね思うの。……人は“忘れられて”…消えてしまうのだと思うわ』


 死んだ人の証は、残された人がしなければならないという。

 この町には、しーちゃんの証はほとんどなくなってしまっている。

 それだと……わたしがしーちゃんを忘れてしまったら……本当の意味でしーちゃんは消えてしまう。


 「…どうしよう、杏子ちゃんっ…!わたし、しーちゃんを忘れたくないよ…」

 『ええ。なら、泣いちゃだめよ。あなたに、できることをしなきゃ』


 その時、杏子ちゃんをよぶ声が受話器の向こうで聞こえて、それでも落ち着いた声色の彼女はわたしに語り掛けてくれる。


 『……菜々乃ちゃん、この町に来たばかりの時と変わったわ。きっと、大切なものを思い出したのね』

 「うん……ずっと忘れてた…」

 『忘れていたことも、思い出したことも、すべてが意味を持ってるわ。偶然じゃない………ああもう!今、孫の相談に乗ってるんだから!!』


 突然杏子ちゃんの声が豹変して、いつも通りの元気を取り戻していた。

 職場の人が彼女を呼んでいるようだ。


 『いい?孫のいる人にとって、孫からの相談て言うのは、公園から出た恐竜の化石とか皆既日食以上に貴重なのよ!?邪魔しないで!』

 『いや……でも市長との約束が……』

 『そんなの知らないわ!今大事な電話だって言ってるでしょう?』


 聞いたことないくらいの気迫で向こうの人に怒鳴っている。……杏子ちゃんは怒らせないようにしようと決意して、わたしは見えないと知りつつもほほ笑んだ。


 「杏子ちゃん。ありがとう。もう大丈夫」

 『……本当?なんなら、あたし戻るわよ?』

 「それだと、みんな困っちゃうでしょう?大丈夫。ありがとう……お仕事頑張ってね。大好き」


 言ったことない言葉に自分でも赤面しながら、きゃーっと悲鳴をあげる音を最後に、通話を切った。


 できることは何だろうか。

 杏子ちゃんの言葉を反芻しながら考え込んだ。

 わたしは、しーちゃんのことをもっとちゃんと知らないといけない。

 ……彼女の、願いは何なのだろうか。


 あの子がいなくなった山に行けば、何かわかるだろうか。

 窓から見えるこの町の山の頂上が雲で覆われている。

 わたしは決意して、杏子ちゃんの準備してくれた食事を摂り、衣装を手にした時、その形を見て着替えるのを躊躇した。


 気合を入れた衣装とは、着物だった。藍色の地に桜模様と金のラインが入っている。

 山に行くのにこの格好は……汚してしまうだろうし……。

 とてもセンスが良いだけあって、気軽に着てしまうのがもったいない。

 わたしは東京から持ってきた私服に着替えて、外へと出た。




土日の投稿は諸事情により、お休みします。

少々お待ちくださいね。


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