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星つかみの桜は知っている  作者: 北乃蜂
第2章 シズミヤ市の春祭り
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巫女のお仕事

またもや夜中に投稿……







 ピン、と張り詰めた糸のような空気のお店なかに、爆弾のような激しさで一人のおばさんが飛び込んできた。


 「あら?お友達?美人な子ね!わたし、蘭の母よ。お取込み中だった?ごめんなさいね。でも一大事なの!!」


 突然、水に落とされたかのように…目をぱちくりとしておばさんを見つめるわたしたちにはお構いなしで、蘭の母が蘭の肩を揺さぶる。


 「泣いてる場合じゃないわよ蘭!!巫女の付き役がストライキしちゃって、もー大変!!巫女ってあんたの友達でしょ?その子ったら付き役みんな泣かせちゃって、そしたらもうすぐ本番なのに、出ないの一点張りになっちゃって!!ほんと、美人でもああいう気の強い子は周りが大変よね!!蘭から、みんなに謝るように説得してよ!!ね!!」


 なるほど。蘭は母親似なんだな。と感心した。彼女のマシンガントークはまさに遺伝だ。

 先ほどまでの緊張感が彼女によって拡散され、わたしたちはしばらくしてから夢から覚めたようにおばさんの言葉を受け止めた。


 「……あの女が謝るなんてするわけない…」

 「えー!!ならどうするのよ!!巫女も付き人もぴちぴちで可愛くなきゃ、他所から来てる観光客に不満が出るわよ!!暴動よ暴動!!母さんが出れなくて代打が出たときなんかほんとすごかったんだから!!」


 この町の巫女とは、ご当地アイドルみたいなものだろうか。団扇とペンライトで神社の前に集まる人たちをイメージして、なんか違うと内心で突っ込みを入れる。


 「どっかにいない!?かわいくて美人で!人前に立ったり舞台慣れしてる子!!」

 「うーん」


 激しく肩をゆすられる蘭が、腕組で考え込んだあと、わたしとぱちりと視線を合わせた。


 「あ」

 「?」






 神社の鳥居をくぐったわたしは、この思い出の場所に来るのがなんだかんだと、8年ぶりであったことに気が付いた。人寄せを始めている屋台の間を通りながら、彼女と遊んだ記憶のかけらを探した。


 輪投げはしーちゃんが上手かったけど、射的はわたしの方が上手だったこと。

 神社の池のカエルを見せられて、びっくりしてしまったこと。初めてわたしがカエルを見たことに、しーちゃんもびっくりしていたな……。




 「菜々乃ちゃんっ!!ほら!急いで!!ぼーっとしてないで!!」


 なつかしさに浸っていたわたしを、蘭のお母さんが急き立てて腕をつかんだ。引きずられるようにして神社の本殿と言う建物に連れて行かれる。

 そこは、こんなに人がいたのかと言うくらいに人が集まり、みんなで舞台の準備をしていた。木目の優しい広い台の奥は衝立があり、そこに小さな社が備えられている。

 衝立の裏側は音響や照明の機材がそろい、誰もが忙しそうに走り回っていた。

 その中で一人だけ、パイプ椅子に座って、不機嫌顔でいる少女がいた。


 「あーっ!!すみれちゃん!まだ着替えてないの!?あと本番まで一時間よ!?早く準備しないと!」

 「……えっと、蘭ちゃんのお母さん?巫女ってまさか」


 店を出るとき、蘭がものすごく気が進まないと言っていた理由がわかった。

 蘭のお母さんは、あらもう知り合い?と首を傾げるのに習ってわたしも小首をひねる。知り合いというか、顔見知り程度だ。


 「はあ?昨日の変態女じゃないですか。そいつが付き人?まじで?」

 「ほら!つべこべ言わない!あなたが前の子追い出しちゃったんだから!」

 「あたしが追い出したんじゃなくて、勝手に出て行ったのよ」

 「今回が初めてじゃないでしょ!去年なんて本番中にお客さんの前で付き人泣かせちゃって失敗させちゃったでしょう?これだとあなたに期待して巫女に推薦したおとうさんの評価も下がってしまうわ。なにより、あなたが選んで始めたことでしょう?去年わたしに代わって巫女をやりたいって言ってたじゃない。あんな結果で満足したわけじゃないでしょう?今年こそはやりきりましょうよ。これはお父さんのためじゃないし、わたしのためではないわ。あなたの心のためよ。」

「わ、わかっ…りました」


 毒しかはかないと思っていたその子の口から別なものがでたのは初めて見た。

 蘭のお母さんの矢継ぎ早に言われたことに対して言い返しもしなければ、言い任されて悔しそうな表情もしていなかった。彼女にとって、前任者は他の人と違う感情をもっているのかもしれない。

 物憂げな表情で、自分の手のひらを見つめた彼女は、そうしていれば本当にきれいだと思う。その整えられた顔がわたしの方に向いたと思ったら…。


 「足はひっぱんないじゃないわよ」

 「菜々乃ちゃんはわたしが仕込んでおくから!あともう一人の付き人は後で来るわ!ほらほらほらほら、すみれちゃんは着替えてきて」


 やはりきつめな言葉を出されてしまったが、わたしが舞台に出ることは反対しなかった。

 ……反対してほしかったのが、わたしの本心なんだけど。


 それから、仕草や体運びの練習をさせられたが、なんてことない。巫女が舞台に上がる前に社に神物を備え、隅っこに突っ立っているだけだ。……巫女ほどではないが、そんな役を本当に素人のわたしがやっても大丈夫なのだろうか。もっと、修練をつんで心も体も清楚な女性がするもんじゃないのだろうか。


 「昔は神の番いとして、1年間滝で祈祷をしたり、お祭り前1週間断食をしたり…ってやったみたいだけど。そんなことしてまで巫女やりたい人なんていないでしょ?ずいぶん前から町一番の美女がやることになってるのよ。おばちゃんなんて、すみれちゃんくらい痩せてて美人だったのよ?そうそう、高校生のころなんてサッカー部のキャプテンに…」


 神様はずいぶんと面食いになったということなのかな。

 蘭のお母さんの話を聞きながら、紅い袴に白い羽織。髪には簡素な飾りをつけられて、化粧も念入りにされた。鏡に映る見たことない自分に、すこし緊張してきた。


 「あらまあ!やっぱりモデルさんだけあって化粧映えするわね!すみれちゃんより目立っちゃうかも!うふふふふ!」


 褒め言葉はうれしいが、あの子を嫉妬に駆らせて良いことはないだろう。絶対に大人しくしていよう。

 やがて、蘭のお母さんが呼んだというもう一人の付き人を見て、ギョッとした。


 「遅れました。笹原さん、ウィッグはありますか」


 巫女って、女って字が入ってるよね?おとこって読まないよね?

 飛び込んできた助っ人は、昨日学校で出会った…学級委員の羽柴 朔良だった。羽柴くんは男子だと思ったけど、あれ?

 混乱に声もでないわたしに、きりっとした表情を崩さずに、視線を合わせた。


 「見てみて朔良ちゃん!東京でモデルやってる本物の菜々乃ちゃんよ!!」

 「ああ、君か。なるほど昨日とは別人みたいだな」


 それは褒めてるのだろうか?

 素直に喜ぶべきか微妙な表情を作れば、観光客が何をしているんだ、と言われる。

 それはわたしも疑問だけれど、男性が巫女を名乗るよりも不思議はないはずだ。……もしかして、あれかな?羽柴くんが知り合いの女の子とか、姉妹とか、連れてきたとか?


 「話は後よ後!時間がないんだから!朔良ちゃんは早く着替えて!化粧もすぐよ!」


 やはり、彼が舞台に立つらしい。あれやれよと蘭のお母さんが彼の服をはぎ取って、あっという間に衣装を着替えさせた。長い黒髪のウェッグを付けて化粧を施せば……。


 「うん!かわいい!どう見てもアジアンビューティーよ!うちの蘭なんてどうこねくり回しても敵わないわ!!写真撮ってもいいかしら?菜々乃ちゃんも、並んで!はい!チーズ!!」


 もう、日本のお祭りってよくわからないや……。

 絶世の美女となった朔良は顔色一つ変えずにされるがままだ。


 「……趣味って、人それぞれだからね」

 「趣味ではない」


 無意識に言葉に出してしまっていたらしい。思わず口を閉じたが、羽柴くんに怒った様子はない。


 「去年ね。今年みたいにすみれちゃんが付き人泣かしちゃって、そしたら自分がやるって、朔良ちゃんがかってでてくれたのよ」

 「へえ」


 見た目は人と一線引いているようで、細めの眼鏡から冷たい印象を持っていたが、それも見た目だけだったということだろうか。

 関心のまなざしを向けると、きれいな唇から低い声が発せられる。


 「同級生が困っていたら手を貸すのが学級委員のつとめだからな」


 どういうプロ意識なのかはわからないが、それを誇りとしているような彼に尊敬の気持ちが湧いてきた。すごいね、と素直に言ったら、無表情の頬がわずかに緩んだ。

 ……女のわたしよりも、美人かもしれない。尊敬はするけど、敗北感がすさまじい。





 巫女のすみれは、思った通りの美しさだったけど……女装の方がインパクトがすさまじかったため…彼女のむしろ常識的なきれいさにホッとしてしまった。

 巫女の格好をしたわたしたちの中にいる羽柴くんは、背の低い日本人の中に、金髪外人が紛れ込んでるっていうくらいに目立つのだ。



 

 わたしは、付き人の役目を果たしながらも、目の前の巫女の舞いに言葉がでなかった。

 見た目形の美しさとは違う、なにか内面的なものが舞いの中に現れているようだった。彼女の気持ちが指の先や、視線に表現されていて……すっかり普段の彼女を忘れてしまうくらいだった。


 あれほどすみれを嫌っていた蘭に「クオリティーはすごい」と言わせたことはある。


 すみれはまだ巫女としての役目があるようで、わたしはそそくさと袴を脱いで先に退散させてもらった。巫女ファンの少しだけマイナーな人たちの相手をしないといけないらしい。芸能人みたい。

 いつの間にか時刻はお昼をすっかり過ぎたころで、羽柴くんに誘われて二人で屋台を回ることにした。

 この日、ここまでの緊張と疲労にわたしのお腹は限界だった。一日のカロリーをオーバーしてしまうが、思い切ってできたての焼きそばを買った。

 羽柴くんと、神社の裏にある階段に腰掛けて遅い昼食を取った。



 そういえば、しーちゃんとはこの近くであったんだっけ。



 突然、忙しさとか諸々の驚きで忘れかけていた蘭の話が甦ってくる。

 隣でたこ焼きを頬張っている羽柴くんが、頭を抱えたわたしに不思議そうに視線を投げた。


 「やっぱり、たこ焼きが良かったのか?」

 「いや、たこ焼きと焼きそばで迷ったのは認めるけど、今悶絶してるのはまた違うことなの」


 そうか、と興味なさそうに言った彼は、まるで明日の天気を話し出すような軽薄さで爆弾を落とした。


 「蘭から聞いたんだろ?6年前のこと」















次話で半分といったあたりです。(たぶん)

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