町の本屋
電波もつながりにくい、地図アプリも大雑把な空白ばかりで役に立たない。
結果、通りすがりの人に道を尋ねる…なんてことを人生初めて実行した私は駐在のおじさんと別れて10分くらいで、町一番大きいと言われる本屋に着いた。
二階建ての一見普通の本屋のようだが、『レンタル有り』って看板が立てられてある。本のレンタルは図書館だと思うけど…。
ガラス戸の入り口は開いているが、薄暗いし人の出入りはないしで、入っていいものなのか躊躇してしまう。
うろうろと、入り口付近を行ったり来たりしていたら、頭上にある二階の窓が開いた。
「あ!菜々乃!昨日ぶり!!」
顔を出したのは、双子の片割れの蘭だ。軽く手を振れば、ちょっとまってね、と叫んで姿を消した。しかしすぐに、目の前の本屋から笑顔で飛び出してきた。
「どうしたの?…は!もしかして、うちを誘いに来てくれたの?」
彼女が本屋の人だとは知らなかった。偶然だよ、とほほ笑めば、そっかーと少しだけ肩を落とした。しかし、すぐに元気を取り戻してわたしを中に誘った。
恐る恐る中に入れば、新しい紙の匂いと、古びた紙の匂いが鼻に触れた。
「今日の店番は鈴のはずなんだけど、あいつ朝からいなくてうちが代わりに店番してんの。でも、菜々乃に会えたからラッキー!ね、お昼にはうちの親帰ってくるから、一緒に神社行こうよ。巫女の舞が今日のメインイベントなんだ」
レジ前の丸椅子をすすめられるがままに腰を降ろせば、嬉しそうな顔の蘭が話を続ける。
「まあ、ぶっちゃけ巫女なんて見たくもないんだけど…まあまあクオリティは悪くないから毎年見に行ってんだ。あ、うちのおかん今はぽっちゃりになっちゃってんだけど、少し前の巫女だったの。すっごいきれーだったんだよ。写真見る?」
声の発するタイミングが来て、わたしはようやく調べものがあるのだと切り出すことができた。
調べもの?手伝うよ?なに?という蘭に甘えて、わたしは彼女にトンネルの奥…シズミヤ山であった行方不明事件について尋ねてみた。6年前なら彼女はわたしと同じ小学生だったから覚えているのかどうか怪しいものだが。
そんなのあったっけ?という言葉を予想したわたしは、それとは真逆の彼女の反応に驚いた。
突然、顔を青ざめてわたしを恐怖のまなざしでみつめたのだ。
先ほどまでの明るい表情の彼女が、まるで消えてしまったかのように、何かに怯えて言葉を失くしていた。
「…蘭?」
「……!…あ、えっと…6年前の事件、ごめん…うち、知らない」
知らない人の反応ではなかった。
わたしは、追及していいものなのか迷って彼女のことを見つめることしかできず、彼女は自分のあからさまな反応を自覚してさらに顔を青くしている。
「なんか、嫌なこと聞いちゃったみたい。ごめんね」
「なんで…、そんなことないよ」
言葉が続かない彼女を見るのは初めてだ。
調べ物は自分でやろうと、本棚の間にもぐりこんだ。
少し前に話題になった本や、全然タイトルも読めないくらいの難しそうな本が並んでいる普通の本屋だ。事件の内容があるとしたら新聞だろうか。新聞コーナーとある棚の前に立ったとき、しばらく放心状態だった蘭がわたしの服の裾を握った。
「…ないよ…」
「え?」
「…事件のこと、載ってるものはないよ…」
「そうなの?」
民報になら記事になっていてもありうるし、“神隠し”だと言われているならなおさらゴシップが放っておかないだろうに。けれど、蘭はニュースにはなっていないと言った。
「…もしかしたら、もう……隠せないのかな……」
蘭が、ぽろっと涙を流す。
わたしは唖然とした。
何かを恐れていた彼女が、堪えていたものを吐き出す寸前という目で地面を見つめている。
「昨日…菜々乃がうちのこととか、すみれのこととか…知ってて本当はすごく怖かったの…」
ポツリと話し始めると同時に、蘭の瞳から次々と涙があふれだして頬を濡らした。
わたしはその場から動いてしまったら、彼女の吐き出そうとす決心が消えてしまいそうな気がして、手を伸ばすこともできなかった。
「…全部、見られてたのかなって…知ってるのかな…って、思って…すごく怖かった」
事件について、核心に近いものを彼女は知っているのだと確信した。
「ごめんなさい…うちは、嘘つきだ…!」
そして、うわああああっと声を上げて激しく泣きだした。
わたしはどうしたらいいのかわからずに、戸惑って、手を伸ばそうとしたりひっこめたりした。
「、あの子がっ!!毎年お祭りになると現れるのっ!…嘘つきのうちを呪いにくるのっ!!」
泣き叫ぶ声はしばらく続いた。わたしは、背中をさするように手を置いて、静かに語り掛けた。わたしも、悲しくて泣いていたとき母にこのようにされたのだ。
「…蘭。深呼吸して。あなたは呪われてない。大丈夫」
わたしの頭のちょうどいい位置にある肩に、頬を当てた。撫でる手は背中に回したまま、彼女の呼吸が落ち着くまで待った。
やがて、声が落ち着いたあたりで彼女を丸椅子に座らせた。
「聞いてもいい?もしかしたら、わたしの探している人について…何かわかるかもしれないの」
「…うん、うちも…もう秘密にしてるのは…疲れた……でも、菜々乃……」
呼吸が整ってもまだ声は震えている。こんな状態で、話をさせていいのか内心で迷いながらも、彼女の苦しみを少しでも和らげたいという思いもある。
「…鈴が…捕まるのはイヤだ…」
「鈴、くん?」
蘭の双子の兄だと言った。とても寡黙で変わった印象を抱いたけれど、彼が昨日わたしを桜の木まで案内してくれたようなものだった。
「……小学校で、一緒にタイムカプセルを埋めれなかった同級生が…ひとりいたの」
その子が“神隠し”にあった子なんだと悟って、わたしは無言でうなずいた。
「……うちらが小学6年になったとき…春祭りに、みんなでシズミヤ山に行こうって決めたの。…本当に妖精がいるのか確かめようって。……うちが、言いだしたの」
ずっと、長い間秘めていたことを語る蘭の緊張を肌に感じながらも、何だか遠い国の昔話を聞いているような気持になった。
当時のことを思い出して、最後はかみしめるように言った。
「うち、その日に風邪ひいちゃって……行かなかったんだけど、帰ってきたみんなの中に、その子がいなかった……」
肝試しでもなんでも、そういうリスクがあるなんて子供にはわかるはずがない。
夜の山に行って、一人だけはぐれてしまった……。きっと、その時はすぐに探せば見つけられると思ったのだろう。大人に知られたら叱られてしまうから…朝になって子供たちで探した…しかし、その子は見つからなかった。
「うちが…山に行こうって言わなかったら…!あんなことにならなかったのに」
子供がいなくなったと親族の届け出で、大人たちが本格的に捜索しだした。町の駐在にも、何か手掛かりはないかと聞かれたらしいが……。
双子には、言葉にしなくても察するものがあったらしい
大人たちの質問に対して、無表情で「……その時テレビゲームしてた」とうそをついた鈴に何かあると感じて、自分も思わず山にみんなで向かっていった事実を隠したのだ。
「…鈴はほんと、ボーっとしてるけど…いろいろ考えてるんだよ……うち、もしかしたら…鈴がその子に何かしたんじゃないかって、ずっと怖くて……」
山に行こうと、みんなを誘ったこと。
大人たちの言及に、嘘をついてしまったこと。
そして、ずっと事実を隠していること。
蘭は、自分を責める。今まで言葉にできなかった懺悔を、わたしにさらけ出した。
“神隠し”の発端は、子供たちの“好奇心”だった。
蘭と、トンネルで会ったおじさんの言葉をまとめると…。
事件発生から三日後、山の中で行方不明になった子の靴が見つかったことで、山での捜索を集中的に行おうとしていた。けど、その矢先で自治の事情から見聞の悪い“神隠し”の記事をもみ消されてしまったのだ。
もし、子供たちの証言があって、もっと早く山での捜索に切り替えていたら…。何か変わっていたのだろうか。
話を聞いた後では、どうすることもできないし、消沈してしまっている彼女が一番そのことに気づいていたのだろう。
どうか……。
どうか、しーちゃんでないように……。
「…その子の、名前は…?」
「あの子の……名前は……」
口を開いた蘭の先の言葉は、外に出ることなく…別の声にかき消された。
「らーん!!!やばい!!かなり大変!!事件!!大大大事件!!」
読んでいただき、ありがとうございます。