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星つかみの桜は知っている  作者: 北乃蜂
第2章 シズミヤ市の春祭り
5/16

立ち入り禁止のトンネル

お祭りの二日目。いつもより早い時間で投稿してます。







 朝。

 祭りばやしの太鼓の音が遠くから聞こえてきて、わたしの意識が浮上した。


 そっと瞳を開いた時、横を向いて寝ていたわたしの目の前に白い犬のドアップが飛び込んできた。

 白いふわふわの毛並みのチワワが、いたずらが成功したかのように、ペロッと舌を出した。

 ……ああ、なんだ…源五郎か。


 ごろりと寝返りを売った時、見慣れない天井に不安な気持ちになったが、ここが祖母の家だと思いだして、安心する。

 わたしは、いつも寝起きしている東京の部屋ではなくて、ピンク色でふりふりふわふわのシズミヤ市の部屋にいた。

 デジタル時計は起きるのに遅くもなく、早くもない朝の時刻を表示している。


 「あれ……昨日、わたしどうやって帰ってきたっけ」


 寝起きで思考の鈍い頭を回転させて、昨日の記憶を手繰り寄せる。

 

 8年前に一緒に遊んだ女の子に会いに学校に行って、でも誰も知らない。

 せめて約束の場所に行って、桜の木に誰かがいて……。その後の記憶がない。

 

 半身を起こしたとき、自分の手の中に違和感を感じた。

 左手を開いてみてみると、しわの寄った一枚の紙だった。…………写真だ。


 夕刻の屋台で人が行きかう神社の鳥居の前で、二人の女の子がこちらを見て笑っている。





 突然、その写真の風景が動き出して…わたしの周りを取り囲んだ。

 人のさざめき合う声、祭りばやしが鮮明に甦り、目の前には優しい顔をしたおじいさんが慣れない手つきでカメラを持っていて、そのレンズをこちらに向けている。

 わたしの横には、無邪気に笑うきれいな女の子。



 ―― ななちゃん、今日はりんごあめ食べたいね。金魚すくいもしたいな


 

 お菓子はお母さんの許可がないと食べれない、 生きている魚が苦手、と正直に言ったら、少しだけ残念な顔になった。



 ―― しーちゃん、わたし輪投げしてみたい



 申し訳ない思いで、そう告げれば彼女はにっこりと笑顔を見せてくれた。



 ―― うん!しよう!夜は、一緒に灯篭流しに行こうね


 お祭りの三日目だっただろうか。二人でそう予定を交わしたら、しーちゃんのおじいさんが合図を出して写真を撮った。

 ……そうだった。しーちゃんはこの町で祖父と祖母と暮らしているのだと言っていた。








 写真の中の思い出から、元の部屋に意識が戻る。

 この写真はわたしの持ち物にはなかったものだ。それなのに、どうして目覚めた手の中にあるのだろうか……。

 それに……昨日、桜の木を見つけたわたしは、その場で意識を失ったはずだ。無意識のうちに自分で帰ったのだろうか……それとも、誰かがここまでわたしを運んだのか……。

 杏子ちゃんは何かを知っているかな。


 昨日も朝食を摂った部屋にいけば、杏子ちゃんは役場の仕事に出掛けて行ってしまっており、昨日と同じようにテーブルの上に手紙と朝食があった。




 ―― 菜々乃ちゃんへ

    調子は大丈夫かしらん♡? もし何かあれば町役場に電話していらっしゃい♡ 今日はお祭りの二日目よ♡ 神社に来れば屋台もいっぱいあって楽しめると思うけど、あまり無理しちゃDAMEよ♡ 『今の幸せを感謝する日』が今日のお祭りのテーマよ♡ 菜々乃ちゃんが心配だけれど、今日の帰りは遅くなるわ。体を冷やしちゃいやよ♡

   杏   子




 わたしは昨日、どうやって帰ってきたのだろうか。どうせなら、直接杏子ちゃんに会って聞いてみたいけど、邪魔になるだろうか。今日から本格的なお祭りのイベントが始まるのであれば、それだけたくさんの人が来るのだろう。

 わたしは、胸の奥底から焦燥にも似た気持ちが湧いてくるのを感じていた。



 誰の記憶にもいない“しーちゃん”。

 夢なのか幻なのか不確かな存在だ。蘭が言ったように、幽霊なのかもしれない。

 今は、存在していない…会えないんだと思っていた。


 けれど、小さなかけらが…確かに彼女が存在していたのだと証明してくれる。

 そして、この写真が確実に彼女がこの町にいたのだということを示してくれた。


 不思議に思っていた。この町に来てから、時間が過ぎることに彼女との思い出が湧いて出てきているのだ。まるで、この町のあらゆるところに埋めたタイムカプセルを一つ一つ掘り出しているように…。

 もしも、姿を現せないしーちゃんからのメッセージなら、わたしは彼女を見つけ出さないといけない。

 存在していたのかも分からないような人間を探すだなんて…誰かに言ったら、バカにされるだろうし呆れられるだろう。けれど、わたしだけが“しーちゃん”の存在を証明できるのだ。


 ………あの時。神社裏の境内に座って、世界でたった独りになったきがしたわたしを見つけ出してくれたように……今度はわたしがしーちゃんをみつけだしたい。



 自分を奮い立たせる想いと同時に、恐怖も湧いてきていた。

 東京にいる間…。わたしはずっとしーちゃんのことを忘れていた。もしかしたら、この記憶はまた消えてしまうのではないかと…。

 しーちゃんと出会って共に過ごしたのはたったの三日間だ。それはちょうど8年前のお祭りの期間。このお祭りが終わってしまったら、またしーちゃんとの思い出が薄れて行ってしまうような気がする。…また、次のお祭りの日までに会うことができないような気がするのだ。




 





 ―― また、会おうね。今度は、もっとたくさんお祭りを楽しもうね








 今日は、二日目…。

 明日で最後だ。

 どちらにしろ…わたしは明後日には東京に帰らなければならない。だから、明日で…彼女を見つけ出すんだ。


 わたしは、いままでにないくらいの速さで支度をすると、杏子ちゃんブランドの服を着て外に飛び出した。

 青のリボンに水色のワンピースがふわりと翻る。

 一つでも、二つでも。あの子がいたというかけらを探すために、わたしは前を向いて歩き出した。














 神社に行けば、また何か思い出すのではと思って坂道の多い神社への道を駆け足で歩いた。

 ふと、空を白い風船が飛んでいくのを見つけた。

 今日も青い空…それに吸い込まれるように小ぶりのそれが浮かんでいる。

 思わず、わたしの足はその風船を追いかけていた。


 気付いたら、わたしの目の前にはあの柵の建てられたトンネルがあった。白い風船はスーッとトンネルの上を渡ってシズミヤ山に消えていった。見えなくなるまで見届けながら、再びわたしは思い出の中にいた。








 子供のわたしは、強い風にあおられて、手から紐が放してしまう。

 その先の白い風船が空に浮かんでいったのを、悲しい気持ちで見送った。




 ―― …っう…ふえ…

 ―― な、ななちゃん!大丈夫だよ!シズミヤ山が、持ってったんだよ!あの山にはたくさんの妖精が住んでてっ!人間が飛ばすものなんでも欲しがっちゃうんだ!

 ―― ぐず…、ようせい…?

 ―― そう!凧でも、風船でも、シャボン玉でも!シズミヤ山の妖精が、自分たちも遊びたいって言って、持っていっちゃうんだ!妖精は風船をもらえないから……えっと、



 ラーメン屋に向かう途中で、気に入った風船を手から失くして、泣き出しそうなわたしにしーちゃんがそう慰めたのだ。

 ………今思えば、あの時泣きべそ気味だったのは…思う存分屋台の物を食べれなくて空腹だったのかもしれない。

 


 ―― かわいそうなの?

 ―― えっと、うん……だから、大丈夫だよ。また後で、もらいに行こうね

 ―― うん



 その時のわたしは、サンタクロースの正体にも気づいていたし、小人も人魚もいないものだと知っていたから、しーちゃんの言葉は半信半疑に思っていた。

 でも、しーちゃんがそうやって必死にわたしを元気づけてくれることがうれしくて、妖精の話も信じようって思った。

 




 




 無意識のうちにわたしの足はトンネルの方に向かっていたらしい。

 背後からの怒鳴り声で、足を制止させた。


 「お嬢さん!そっちには行っちゃいかん!」


 跳びあがって振り返れば、白の花束を手に持った警官の制服を着たのおじさんが目じりを釣り上げてこちらを睨み付けていた。


 「どいつもこいつも、祭りってだけで浮かれやがって…!祭りは多少の嵌めは外してもいいが、限度があるんだよ!いちいち巡回強化しなきゃいけねーのおれの身になれ!」


 なんだか、おじさんの愚痴がまざっていたような気もするが、トンネルの向こうにわたしが行くとでも思ったのだろうか。


 「大丈夫です。少し気になっただけですから」


 そう言ったら、怒りの表情から突然、興味を失くしたかのように無表情になったおじさんは、つかつかと足を運んで、手にしていた花束をトンネルのすぐわきに置いた。

 すでにそこにはいくつかの花束が置かれている。


 「だれか、ここで事故に遭ったのですか?」


 昨日から置かれているらしいものもあったが、真新しい花も置かれていた。他にも誰かがここに来たのだろうか。

 かがみ込んで手を合わせたその人は、わたしを見ないままつぶやくように答えてくれた。


 「あんた、観光客か……じゃあ、知らんだろうが………6年前に、この山で行方不明になった子供がいたんだよ」

 「ゆくえ、ふめい……その子は見つからないんですか?」

 「ああ、おれがこの町の配属になってすぐの事件で…おれも調査に出たから覚えてるんだ。………町の老人たちは“神隠し”だの…妖精が“持って行った”だの、好き放題言うが……」

 「6年前、…」


 背筋がひやりとしてわたしはたずねていた。その子供のことを知りたくない気持ちと知りたい欲求がわたしの心の中で交差していた。


 「この町は、本当に田舎だが……クソみたいなやつもいる。市のやつらが子供が行方不明になったなんて見聞の悪いことを広げたくないってんで、捜索も調査も早々に打ち切らせて、黙ってここを封鎖だ」


 当時のことを、無意識にこぼすような話し方だ。わたしに語り掛けているのではなくて、ひとり言に近い言葉。


 「親族にいくら積んだのかは知らんが。ひでえ話だ。年寄り夫婦をさっさと別の町に引っ越しさせやがって…」

 「その子は、祖父と祖母と一緒に…いたんですか」

 「…まあ、調査してるうちになわかったが……実の両親から虐待されてこっちに引き取られたんだと。どこに行っても腐った大人はいるもんだ」


 まあ、おれも人のことは言えねーが。と自分を嘲笑する。

 関係ないのだろうか…それとも、核心を着いた話を聞かされているのだろうか。


 「…その子の、名前を聞いてもいいですか…」


 震えてしまう喉をこらえながら、ようやく口に出すことができた。

 しかし、答えはなかった。


 「…わたし、その子のこと知ってるかもしれないんです…!」


 まるで、わたしの存在を気にも留めないような態度で、おじさんは火のついていないたばこを口にくわえた。いつまでたっても火を灯そうとしないのは、わたしへの配慮か…弔った相手への配慮だろうか。


 「関係者なら、なおさら事件のことは解決するまで教えられない決まりだ。…町の本屋になら何かあるかもな」


 それだけ言い残したおじさんは、あっさりと去って行ってしまった。


 ……本屋……。当時の新聞とか何かあるのだろうか。






 自分の予想が的中しないようにと願いながらも、わたしの足は町の本屋を探しに動き出す。













 







ミステリー要素出していきたい。


ちなみに、筆者がサンタの存在自体を知りませんでした。

どうして、自分らの親は直接渡さずに枕元に置くのか…不思議でならなかった幼少時代です。


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