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星つかみの桜は知っている  作者: 北乃蜂
第1章 存在しない人
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イナズマラーメン



 町を案内してくれると言ってくれた蘭に、わたしはもう一度桜の木を探すと言って断った。見ごたえのある桜の場所を教えてもらってから、一人で道を歩く。

 しかし、気づけば地面に伸びるわたし一人の影に、もう一つ分が重なった。


「……ラーメン好き?」


 双子の片割れの鈴だ。くたびれたラーメン雑誌を胸に抱えていた。

 一瞬何を聞かれているのかわからなかったが、わたしは慎重にうなずく。


「えっと、わりと好きな方かな…」


 そう返したとき、同じような問答をこの町でもやったことを思い出した。境内に腰掛けて泣いていたわたしに、しーちゃんは慰めようと…小さな屋台のラーメン屋に連れて行ってくれた。

 祭りの中心の神社から離れた場所で、ぽつんと佇むラーメン屋。お昼時なのに、お客さんはわたしたちだけ。屋根と暖簾に覆われただけの席数はほんとに少なくて、子供二人で占領してしまうくらいだった。そこのめメニューはとても斬新なアイディアのラーメンだった気がする……。


 「……納豆ラーメン……」


 そう、しょうゆラーメンとかみそらーめんのなかにそんな名前のメニューがあった。予想外すぎる味のコラボレーションに驚きすぎて、味はよく覚えていない……美味しかった気がする。


 「え?鈴、くん……そこのお店知ってるの?」


 どうしてわたしにそれを告げたのかを答えないまま、彼は無言でわたしに背を向けるとずんずんと歩いていった。

 わたしは呼び止めたが、気にせずにその背中は遠くなっていく。

 少し迷ってから、わたしは彼の後を追いかけた。

 

 雲の影がわたしを追い越していく。

 わたしがさっき通った山沿いの道路を見かけて、鈴を見失わないように足を速めた。





 昔、しーちゃんに手を引かれてここを歩いた記憶を手繰り寄せる。

 しーちゃんにもらった白い風船を手にして、悲しい気持ちがすこし楽になっていた。道中何度も、どこにいくのかと、尋ねるわたしに彼女はいたずらに笑うだけだった。





 鈴の背中を追いかけながら、花束が添えられたトンネルを見かけた。

 その入り口は簡単な柵が嵌められていて、うかつに入れないようになっている。近くに立てられた看板には、『この先シズミヤ山。危険立ち入り禁止』とあった。





 8年前に通った時は普通のトンネルだったような気がする。その場所を通り過ぎて、道路の横道に少し開けた場所があった。そこに、ラーメン屋さんがあったはずだ。





 道路の脇に、一つのお店があった。一階建ての横長の建物だ。準備中の板が下がっていて、暖簾さえも出ていない。一体、何の店なのか鈴に尋ねたら、空を指さされた。

 黄色い屋根にでかでかと書かれているのが、『イナズマラーメン』。

 それが目に飛び込んだ瞬間、わたしの目の前には8年前の小さなラーメン屋台が甦っていた。





 ―― わあ!おいしい!

 ―― お!嬢ちゃんなかなかわかる舌もってんな!!

 ―― でも、どうしてこんなにお客さんいないの?絶対に人気になるのに


 お祭りで、いろいろな屋台が並んでいたがそのラーメン屋は誰も足を運ぼうとはしていなかった。良く言えば素直な子供のわたしがその事実を指摘してしまうと、おじさんは突然泣き出してしまって、しーちゃんも困った顔をしていた。


 ―― 宣伝もしてんだが……インパクトが弱いのか、そこの子以外は誰も来ちゃくれないんだ

 ―― 去年からおじさんはここに屋台を出してるんだけど……

 ―― ……このままじゃ、赤字だ……倒産なんだ……長年研究したラーメンの極みもここまでなんだ…!!


 そのままではお店を畳むしかないと嘆く彼に、わたしはぽろっと思ったことを口にした。


 ―― インパクトが弱いなら、名前を変えてみたら?もう少し、かっこいい感じの

 ―― うーん。イナズマとかは?

 ―― あ、いいねそんな感じ


 何をかっこいいとみていたのか自分でもわからないが、雑誌の企画部長にでもなったかのような気持ちで得意げに行ってみた。

 涙ながらに、ダメもとで……とそう言っていたおじさん。


 



 そのおじさんが、もしかしなくてもここまでお店を大きくしたのだろうか。あの後、がんばったのだろうか。

 準備中という看板を見つめながら、立ち尽くすわたしに鈴がようやく振り返ってこちらを見た。


 「……あそこ」


 ぼそりと言ってラーメン屋の裏手の方を指さした。


 「公園と、桜の木がある」


 これで用事はすんだと言わんばかりに、再びわたしに背を向けてもと来た道を戻っていった。……もしかしなくても、彼はわたしを案内してくれたのだろうか。


 「……わ、わかりにくかった……」


 ラーメン屋の裏から伸びる細い小道を進んで、誰もいない小さな公園を見つけたときに、思わずそう言葉が飛び出した。もう少し…彼から何かの言葉が欲しいと思うのはわたしのわがままなのだろうか。



 公園の敷地を超えた先は…町を一望できるくらいの崖になっていた。その淵のところに見覚えのある桜の木があった。

 もう少しで満開と言うところだろうか。枝いっぱいに付いた桃色がとてもきれいで…わたしの視界が一瞬にして淡い色で埋められる。

 その場所よりも高い建物はない。視界一面に、真っ青な空が敷き詰められて、その真ん中にぽかりと浮き出したような桜の姿があった。




 





 ―― 昼の桜よりも、夜の桜は優しい色をするんだよ








 桜まであと20メートルほど手前で、わたしは思わず立ち止まった。

 誰もいないと思っていたその場所に……その桜の下に小柄な人影を見つけたからだ。

 心が高揚するのを抑えて、期待の気持ちで呼びかけた。


 「…だれ」


 桜の木を愛でるように手を当てているその子が、スローモーションのようにゆっくりと振り返る。時間の経過があまりにも遅くて、絵の世界に迷い込んだのではないかとも思った。

 耳が隠れる程度に切りそろえられた髪、シンプルなTシャツに半ズボン。目が合ったその子は、見とれるくらいにとても整った顔立ちの男の子だった。背格好からして、小学校高学年のころだろうか。桜の風景に見事なまでに溶け込みながら、わたしを見返していた。


 「……」


 人形のような唇がわずかに開いて、その子が何かを発しようとした。その瞬間、わたしは見えない力に引っ張られるように、目の前の景色が唐突に遠ざかるのを感じた。

 花開いた蕾がとじていくよに、一枚の絵が壁の向こうに消えていくように、舞台のカーテンが降ろされたように……。



 やがて、わたしの意識は暗闇に落とされた。



















ここで1章は終わりです。

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