掘り出されたタイムカプセル
学校編です。
雪村 梓。祭り一日目の今日が誕生日で歳だけで言えば一つ上。高校ではサッカー部に入っているらしい。ちなみに、あの時一緒にいたすみれさんとは別に恋人ではないとのこと。そうなのか、ずいぶんと仲が良かったように見えたけど、そういうものなのかな。
彼の案内で、小中学校の校庭に着いた。
東京では信じられないくらいの大きな敷地にもかかわらず、建物の部分はほんの5分の1くらいで、ほとんどはグラウンドだ。どれだけ走り回れるんだろう…運動し放題じゃないか。
そこには5人前後の人が集まって、せっせとシャベルで地面を掘り返していた。きれいに整えられた杉の木がまっすぐに佇んでいる。集まっている人たちのほとんどはわたしと同世代に見えた。
「あー!梓おそい!!あんたも手伝いなさい!」
髪をふたつのお団子にした女子高生がシャベルを手に地団太を踏む。すみれさんは見た目はお嬢様系だったが、その子はどちらかというと活発系で溌剌としていて、身長は他の男子と並ぶくらいに高い。
「わりーわりー、蘭。それより、観光客連れてきた」
「…観光客のピークは明日からだぞ?」
「なんか、親戚ん家に遊びに来てんだって。つーか、朔良なんで制服着てんだよ」
「曲がりなりにも、学校行事だからな。これが正装だ」
今度は、メガネをつけてピシッとしたたたずまいの男子生徒が梓に声をかけた。見るからに優等生だ。着ている服にもシワ一つ見つからない。梓も感心して、さすが生徒会長だと茶かす。見た目を裏切らないとはこのことだろうな。
「おや、ずいぶんと可愛らしい子をナンパしてきたんですね」
穏やかな表情でほほ笑みかけてきたのは、この場で唯一の大人だ。30前後だろうか。背は梓よりも高くて、落ち着いた雰囲気だ。
梓はわたしをその場の全員に紹介した。一言も声を発しない背の低い男子生徒が、ボーっとした表情で中途半端に掘られた穴を見つめている。
「えーっ!あの“はるの 菜々乃!?”うちファンなのっ!!サイン!きゃー!本物!!」
お団子の女子生徒から、ついさっきと似たような反応をもらう。こんな都会の果てにまでわたしの名前が知られているなんて…うれしさよりも気恥ずかしさが湧いてきた。
「うちって、身長高くて女の子らしいものがちっとも合わなかったんだけど、“菜々乃”おすすめの着こなしアイテムで自信がつくようになったの!…あ!うちは、笹原 蘭よ!」
実際、わたしの頭半分くらいには背が高い。モデル向きな身長だ。それと、言われてみればお団子に巻かれているバンダナも、Aラインのスカートもわたしが数か月前の特集で取り上げたファッションアイテムだ。
わたしの腕がちぎれそうな勢いで握りしめられて、危うくスマイルが崩れそうになった時、彼女の首根っこを優等生が捕まえて身を離してくれた。
「おれは、羽柴 朔良だ。あそこでぼーっとしてるのは、蘭の双子の鈴だ」
シンプルに名前を言うと、さあ続きだ!と女子生徒を引きずって言った。引きずられている方はばたばたと暴れているがお構いなしのようだ。
「わたしは彼らの小学校時代の担任の、羽柴です。今日はタイムカプセルを掘り返す日なんですよ」
同じ苗字なんだな、と思ったことが顔に出たのかその人は朔良を指さした。
「父です」
「ああ!どおりで!」
ピシッとした感じはあまりないが、面影がなんとなくあるような気がする……しかし、お父さん若すぎでしょ。見た目と年齢がイコールなのかは、怖いので聞かないことにする。シズミヤ市の七不思議はうちの元気な祖母だけで十分だ。
「そういや、すみれは来ないのか?」
「彼女は、明日の準備で来れないと連絡がありましたよ」
「へえーあれほど楽しみにしてたのにな。そうか、さっきめちゃくちゃ機嫌悪かったのはそのせいか」
あんな奴来なくて結構よ!!と杉の木の下で叫んだのは蘭という子だ。梓が小さな声であいつらケイエンの仲なんだよ、と言った。
「犬猿の仲?」
「おう!それだ!」
訂正すれば、明るく笑う。
掘り出された土で汚れた白い箱にみんなが集まるのをわたしは眺めた。しーちゃんはここにはいないようだ。けれど、小学校はここだけだと言っていたから、ここの卒業生のはずだ。
思い切って、彼らの担任だという羽柴先生に尋ねてみた。
「卒業生ってこれで全員ですか?」
「…いいえ?他県に引っ越していった子が三人ほどいますので、この代の卒業生は7人です」
「その中に、えっと…」
しーちゃんの本名を口にしようとして、わたしは彼女についてそれすらも知らないと気付いた。言葉に詰まったわたしを不思議そうに見下ろしたが、笹原さんにセンセーっと声をかけられてそちらに行ってしまった。
“し”から始まるから、“しずか”?“しょうこ”?あとはなにがあったかな…
「菜々乃もおいでよー!」
思考を中断されて、わたしも杉の下へと向かう。
笑顔で手招きされて、笹原さんが手にもっている木箱を覗き込んだ
「見てこれ!うちの作品!卒業記念に自分で作ったオルゴール!中には手紙とかも入れられてて…」
パカッと開いたその中には四つ折りにされた紙がギュウギュウ押し込められていた。バツ印がたくさん目立つ……テストの答案かな?
「きゃーっ!!うそ!なんでうちこんなの入れてんの!?信じらんない!忘れて菜々乃!」
「ぷー」
「笑ったな梓!!殴る!!」
双子だといっていた小柄な男子生徒の鈴は『ラーメン特集』と書かれた雑誌を手にしていた。ラーメンが好きなのかな。
優等生の朔良は、一通の手紙を手にしていた。未来の自分へ、と小学生にしては達筆な文字が書かれている。
その他にも、箱の中にはビー玉だとか、短いえんぴつだとか……貯金箱なんかもある。
「いいよな。タイムカプセルなんて埋めたことないぜ」
各々、思い出の品を手にして楽しそうな雰囲気をうらやましく感じているのはわたしだけではなかったようだ。梓が色素の薄い頭を撫でながらつぶやく。……本当に殴られたらしい。
「なら、雪村くんは何か未来の自分へ残したらどうですか?」
「そーだなあ」
わたしをちらりと見て、いたずらっ子のように笑うと、ポケットからハンカチを取り出した。さっきわたしが書いたサインがある。
「よし。これだ」
「もっといいのあるんじゃないの?」
「いいや。これが一番だ!きっと数年後は、もっと大物芸能人になってんだろうからな!めっちゃレアになってるぞこれ!」
「……そんなこと、ないと思うけど」
未来のことになると、弱気な自分が出てくる。わたしの卑屈なつぶやきは、彼らの喧騒の中に消えてしまった。
「ねえ!すみれのも見ちゃおーよ。これかな?」
「悪趣味だぞ、蘭」
「そう言いながら、一緒に見てんじゃんカイチョ―!」
控えめに羽柴先生が二人を止めるが、すみれのだという少し大きめの封筒を手に取った。
手紙にしては、中身が厚い。
それの中身を開いて見た彼らは、何も見なかったように、無言でそれをしまった。
なんだろう、その反応は。気になる。
「なんかあったのか?」
「見たら後悔するから…。ほんと、これはまた封印しておこう」
「そうだ。ぼくたちがもう少し大人になってから見るべきものだ」
「逆に気になるぞそれ」
人の物を勝手に見るのは良くない、と羽柴先生が止めて、彼らは残りの思い出と新たな思い出とともにそれを大切に土の中に戻した。
「…そういえば、さきほど春野さんが言いかけていたことはなんでしょうか」
一通りの作業を終え、羽柴先生は言葉を止めたことを尋ねてくれた。わたしは思い切って、彼らに言った。
「さっき、先生が言っていた引っ越した3人の中に…“しーちゃん”という女の子はいないですか…?」
言いながらも、心臓がばくばくと脈打った。昔、お祭りで一緒に遊んだことも付け加えれば、彼らは記憶を確認するように空中を睨み付けた。
やっと、しーちゃんについての情報が得られると思っていたわたしは、彼らの反応に戸惑う。
「うーん、この代の女子はうちとすみれだけだし……“しーちゃん”なんて呼ばれたことないわ」
「そ、そうなんだ……」
“しーちゃん”はいない。あの時だけ、他方から来た子だったのだろうか。いや、でも…ずっとこの町に住んでいるから、いつでも来てね…って言ってさよならをしたはずだ。ない記憶を探る彼らと反して、わたしのしーちゃんの記憶は泉のように湧いてくる。
学校の給食の牛乳が飲めない女の子がこっそりカバンに隠して持ち帰っていたこと……それに気づいたクラス委員がその子をしかりつけたこと……自分は庇ってあげられなくて申し訳ない気持ちになったこと。
ラーメンの雑誌をいつも持ち歩いていた男の子は教科書をいつも忘れてしまって、先生に注意されていたこと……でも、本当はクラスのボスみたいな女の子に教科書を隠されていたこと……それに気づいていたのに、何もしてあげれなくて悔しかったこと。
あの星つかみの桜の木に登りながら、学校の話をしてくれていた。人に話しかけるのが苦手で、強く出ることができないけれど、周りをよく見ていた。
しーちゃんから聞いた話を曖昧な記憶で伝えれば、蘭と朔良が互いの顔を見合わせてから、目を丸くしてわたしに目を向けた。
「うわーそれ、覚えてる。牛乳飲んだら身長伸びるから絶対に飲みたくなかったの」
「確かに、鈴はいつも教科書を忘れていたが……もしかして、蘭が隠したのか?」
「うちじゃないわ!すみれでしょ。そんなことすんの、あいつしかいない」
やっぱり、彼らのことだったのだ。けど、どうしてしーちゃんのこと誰もしらないのだろう。
「菜々乃ってばきっと誰かと勘違いしてるんじゃない?」
勘違い…しているのだろうか。あの時出会った子は、幻だったとでもいうのだろうか…。
存在しないわたしの夢だったのだろうか。
「もしかして、幽霊だったりして」
わざとらしい低い声でそう言う梓を、みんなが冷めた目で見つめた。冗談でしょ?と笑い返せない話だ。わたしが、頭のおかしい人でなければその可能性が高くなっている。…おかしくはないし、幽霊だという事実も認めたくないけど……。