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星つかみの桜は知っている  作者: 北乃蜂
第1章 存在しない人
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“しーちゃん”

もう一話投稿します。


 4月6日お祭り1日目。

 杏子ちゃんはずいぶんと早く家を出たようで、ダイニングテーブルにわたしの朝食とハートがいっぱいの置手紙を残して行った。



 ―― ゆっくり休めたかしらん?♡ ソファーに菜々乃ちゃんの今日の衣装置いておいたから、どこか出かけるときはぜひ来てね♡ そうそう、シズミヤ市の春祭りは一日一日の過ごし方が決まっているのよ♡ 一日目の今日は、“昔の幸せを思い出す日”よ♡ 昨日の夜菜々乃ちゃんが言っていた仲良しの女の子に会えるかしら♡ 小学校に行けば、だれかに会えるかもね♡ うふふふっ運命の人なんかいちゃったりしてっ(キャー♡) 夜は10時には戻るわ♡ 素敵な一日を♡ 

    杏 ♡ 子


 この唇のマークは本物だろうか。朝から、このテンションで疲れないのかな。疲れないんだろうな。素だしね。

 朝食を食べて、身支度を整えると、祭り開始の時刻まではまだ少し暇があったので、母の部屋を物色することにした。

 母のアルバムと一緒になぜかわたしのアルバムもあった。

 8歳の時、一日目のお祭りできれいな着物を着ているにも関わらずぶっちょう面で神社の前に立つわたしがいた。気恥ずかしさを感じながら、次のページをめくった時に紙の切れ端のようなものがヒラリと落ちた。



 ―― なな ちゃん へ




 子供が描いたような拙い文字でそう書かれていた。控えめな桜模様の紙に言いようのない高揚感が生まれる。

 ドキドキしながら、二つに折られたそれを開いた。その時、紙と同時に淡い色の桜の花びらが飛び出す。瞬間、わたしの脳裏に優しくほほ笑む女の子の姿が思い浮かんだ。






 ―― 約束をはたしましょう。星つかみの桜の下で、まっています

     




 しーちゃんだ!!

 神社の境内で、わたしにお面を被せてくれたあの女の子はしーちゃんだ。

 

 はかない片鱗のような記憶が、突然鮮明に動き出し、詳細に甦る。


 8年前、彼女との最後の時、あまりにも別れがたくって泣き続けるわたしにその子は言ったのだ。




 ―― また会うんだよ。さいごじゃないよ。ふたりの秘密の場所で、また会うんだよ




 約束したでしょう?




 桜の香りの風が、わたしたちを優しくあやすように吹いていた。

 忘れてない。

 しーちゃん、あなたにとても助けられたこと。楽しい思い出をくれたこと……。





 そうだ。約束を果たすんだ。

 わたしは、家を飛び出していた。彼女との秘密の場所……ふたりで星空を見上げた場所、星つかみの桜のもとへ。








 「あ――!!やってらんない!!」


 名前の知らないコンビニエンスストアの前を通りかかった時、高い声が耳に入ってびくりと足を止めた。視界に入った黒髪に思わず声の方を向いたら、タブレットを手にした制服姿の女子高生がいた。まるで、記憶の中のしーちゃんが大きくなったら、こんな感じなのだろうかと思えば、足を踏み出してしまっていた。


 「しーちゃんっ?」


 走っていたため、息が上がってしまっていたが呼びかけはその人には届いたようだ。目が合えば、やはり同性でも目が留まるくらいにかわいらしい容姿をしている。

 

「しーちゃん!久しぶり!わたし、覚えてない!?」


 嬉しくなって声を弾ませたら、その毒も虫も知りませんというような唇から衝撃な言葉が発せられた。


「はあ?あんた何よ。キモいんだけど」




 ―― ななちゃん、風船あげる。えへへ




 あの天使のような幼いしーちゃんにヒビが入ったような衝撃だった。地震?かみなり?なんなら核爆弾もこれほどの攻撃力はないだろう。

 気絶したいくらいの驚きに、無意識のうちに頭が今の記憶を幻聴にしようとしていた。気を取り直してもう一度言う。


 「えっと、急にごめんなさい。わたし、菜々乃っていいます。8年前、あなたとお祭りで遊んだ記憶があって…」

 「はあ?そんな覚えあたしにはないし!!ていうか、女が女をナンパしてんじゃないわよ!まじキモイ!!」


 あれ?田舎の人はみんな親切だと思っていたんだけど、それはもう古いんですかね?

 東京の不良は見たことあるし、怯んだりはしないが、予想外すぎて言葉をすぐに返せなかった。……幻聴ではなかった。


 「誰と勘違いしてんのか知らないけど。消えてよブス」


 仮にも商売道具にその言いようはないだろうに。しかし、気晴らしの旅行先でまでもめ事を起こすなんてしたくなくて、わたしは一言謝った。

 そうしたら、彼女の背後の自動ドアが開かれ、店の中から背の高い制服の男子高校生がれた。彼は、殴るような動作で、彼女の後頭部に軽く拳を当てる。


 「コラ、すみれ。初対面の人になんて口の利き方だよ。失礼だろ」

 「はあー?なに良い人ぶってんの?キモ!」

 「ごめんな。こいつ今気が立っててな。それより、あんた旅行者?」


 おお、爽やかだ。優等生タイプだろうか。脱色した髪が、その優等生らしい顔を別な評価にすり替えてしまいそうだけども。

 すみれと呼ばれた女子高生は、ふんっとそっぽを向いて、ふたたびタブレットを睨み付けている。


 「昨日東京から来たんです。すみません、勘違いでご迷惑おかけしました」


 業界で学んだ世渡り法と営業スマイルを駆使してみた。あまりのダメージに一瞬呆けてしまったが、なんとか立て直した。わたしグッジョブ。


 「そうか……東京から……」


 じーっとその人がわたしの顔を覗き込んできた。近くで見れば、彼も彼女と並ぶくらいに整った顔立ちをしている。この町は美男美女若作りの秘訣でもあるのだろうか。


 「あんたさ、どっかであったことない?……」


 古いナンパのような言い回しだ。しかし、雑誌やCMで見られているのだから、そう言う言葉はよく言われる。どうもオーラが足りないようで、芸能人と看破されるのは今までいちどもないけれども。


 「あずみ!!ダサいナンパしてんじゃないわよ!!ほら!さっさと行きましょう!!」


 男子高校生の耳を捩じりあげる勢いでひっつかむと、すみれはずんずんと道を歩いていった。大人しく引っ張られながら、にこやかに手を振る彼に振りかえしながらも、無意識のうちにいれていた力をようやく抜いた。

 ……わたしの勘違いだった。しーちゃんはもっとお淑やかで清楚な感じになっているはず。

 気合を入れて、再び道を踏み出したわたしは、その十数分後……絶望することになる。
















 桜の木が見当たらない。というより、途中からすっかり8年前と建物も道路も変わってしまって、行き着くことができなかった。昔の記憶では、山沿いの道路を進めば寂れた公園があって、その先に開けた丘と枝を水平に伸ばした桜の木が見えるのだ。しかし、その公園が全然見つからない。

 ……これでは、約束が果たせない……。

 ひと気のないことを良いことに、わたしは道のど真ん中で膝を付いて、地面に手のひらをつく。ごめん、杏子ちゃん……服の砂はちゃんと落として返します……。


 そもそも、しーちゃんはわたしのことを覚えているのだろうか。はるか昔にほんの少し一緒にいただけの存在を……。いや、覚えていたとしても…変わらないままでいてくれる保証はないし、何よりも8年前の約束なんて、わたしも今まですっかり忘れていたくらいなのに、彼女も覚えているのかも怪しい。


 「おっ!あんた!さっきのやつ!!」


 地面にしゃがんだまま顔を上げれば、先ほど気の強い女子と共にいた……梓という男子がいた。

 すみれはそばにいないようだ。


 「あんたのこと、思い出したぜ!あんた『はるの 菜々乃』だろ?すげー!本物だ!クラスのやつがあんたのファンでさ!!

 「あ、ありがとう」


 自慢してやろー。写真いい?あ、どうせならサインもくれたら…え?まじ?やりぃ!サンキュー!


 雑誌の表紙の件で傷付いてたプライドが少しだけ回復する。こういう反応は誰が相手でもうれしいものだ。


 「こんな田舎に旅行とか、芸能人って意外と庶民的?なあ、おれが町を案内してやるよ!」


二、三個プライベートな質問に答えた後、まだ興奮冷めずな様子の彼は、にこやかな顔でそういった。ならばと桜の木の場所を尋ねたが、桜などありふれていて、特定の思い当たる場所はないようだ。


 「実はおれ、三年前に越して来たばっかで正直詳しくないんだ。町のやつらに聞いてみたらどうだ?」


 それは名案だ。と笑顔で頷けば、小中学校で行われる祭りの行事に誘われた。

 小学校の卒業時に埋めるタイムカプセルを掘り出す行事らしい。別に神事でもなんでもないが、“自分の幸せな過去を思い出す日”である祭りの一日目に乗じてそうなったらしい。

 春祭りの行事が、それほど町にとって大切なものなのだと感じた。

 どうせ闇雲に走り回っても見つからないのなら、情報収集も兼ねて彼の誘いに乗ることにした。そういえば……しーちゃんもわたしと同学年だったはずだ。もしかしたら、本人に会えるかもしれない。

 わたしのこと、わかってくれるだろうか。

 浮足立つような気持と同時に、少しだけ不安を感じた。

 








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