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星つかみの桜は知っている  作者: 北乃蜂
最終章 星つかみの桜で
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妖精の正体







 無事に今日帰ることを母に伝えたら、『あら?今日はお祭りの三日目じゃないの?』と電話の向こうで返された。

 いやいや、お祭りは昨日で終わったよ、と言えば、わたしたちの声を聞いていた杏子ちゃんが笑っていた。


「そうだったわね。少し前は四月七日から四月九日にかけてがお祭りだったのよ」

「え?一日ずらしたの?」

「一昨年くらいかしら?ずらしたというよりも…土日の休みに合わせてお祭りの日を調整するようになったの。その方が観光客も訪れやすいじゃない」


 なるほど…大人の事情というやつか。


『そう言えば菜々乃!ビックニュースよ!』


 まだ通話中だった。母の興奮気味の声に耳を傾けると、もったいぶったようにして言う。


『あなた、CMのオーデション受けたの覚えてる?』

「え?…そういや、もしかして……」

『決まったのよ!!』


 それは、雑誌の表紙を飾るよりもすごいことだ。わたしはタブレットを握ったまま思考が停止して、しばらくしてから叫んだ。


「ええええええ!?」


 ダメもとだったのに!?

 CMの撮影は来月から始まるらしい。たった30秒の宣伝の為に海外ロケをするみたいだ。突然の吉報に頭が働かなくて、まともな会話ができないうちに母との通話を終了させてしまった。


「うふふ、おめでとう菜々乃ちゃん!!」

「あ、ありがとう…」


 母の報告も驚いたが、一番自分で動揺したのは…それほど心が動かされないことだった。あんなに雑誌の表紙を取られたことが悔しくて、悲しかったのに…この町に来てそんなことをすっかり忘れてしまっていた。



 荷物をまとめ、わたしは見た目純和風の家の玄関に立った。


「本当に見送りはいいの?」

「うん。少し、見て回りたい場所があるから」

「なら、もう少しいたらいいでしょう?昨日あんなに濡れて帰ってきたんだから、きっと体調も崩しちゃうわ」

「わたし、こう見えて結構丈夫なの」


 自分でも不思議だが、あれほど雨に濡れて泥にもまみれたのに、からりと元気なのだ。なにせ、山の斜面を勢いよく突き落とされても擦り傷ですんだくらいだ。


「……いつでも、またいらっしゃいね」

「うん。杏子ちゃんも、元気でね。ありがとう」


 がらがら、とキャリーケースを引いて、何度も振り返りつつ、わたしは道を歩いた。ずっとわたしに手を振り続ける祖母の姿が見えなくなると、寂しさにポケットの中をあさった。

 取り出したのは、初めて手にした時よりもくたびれたしーちゃんとの写真だ。


 この町にとっての過去を散々荒らして、わたしは何もすることができなかった。

 蘭や朔良に事件の真実を伝えようかも迷った。けれど、そんな資格はわたしにはないし、彼らもそれを望むわけではない。

 すみれさんが犯人だと言いふらしても、失ったものは取り戻せない。しーちゃんは帰ってこない。


「…………」


 突然、風が吹いた。

 勢いに負けて、わたしの手から写真が離れていく。


 「!やば」


 空へ、空へ、と一枚の写真が舞い上がる。追いかけるわたしを楽しむように、花びらのような軽さで遠くへと運ばれていく。

 荷物を放り出したのにも気が付かないで、覚えのある道を走りぬけた。


 写真は、シズミヤ山につながるトンネルの前に落ちた。

 ちょうどトンネルの柵を内側から乗り越えようとしていた人物がそれに気が付く。

 ボロの服をまとって、顔の見えないくらい白いひげで覆われた人物だ。東京でもたびたび見かける…ホームレスだろうか。彼は手の中の袋を地面に置いて、代わりにわたしの落とし物を取り上げた。


 「んん?」


 袋の中から、割れた白のゴム風船がこぼれ出た。…なるほど、山の掃除はこの人がしていたのだろう。


 「すみません、わたしのです」


 息を切らして、声をかけると、毛むくじゃらの中から大きな目が覗いた。そして、同じく白い毛におおわれた口を開いた。


 「おお!!この子は元気か!?」

 「え?」


 突然言われた言葉に、戸惑うわたしをにこにこと見返しながら、大きな声で言う。


 「懐かしいのぉ。わしとこの子は知り合いじゃ!ぬしは友達か?」

 「え、っと…はい、友達です。あなたは、彼を知ってるのですか」


 とても懐かしがる表情でホームレスのおじさんは、写真を眺める。


 「……この山でな、わしが拾ったのよ」


 落とし物を拾ったとか、子猫を拾ったというように、その人は言った。

 何が何だかわからなくて、とりあえずひとつひとつ整理しようと、おじさんに向き直る。


 「質問、してもいいですか…?」

 「なんじゃ」

 「その子に会ったのは……いつですか?」


 うーんと、腕を組んで考え込んだその人は、トンネルの前の花束に目を向けてキラキラとした瞳で答えた。


 「…むむ、最後に会ったのは去年かの……」


 待って、だめだ。全然整理できない。混乱してきた。

 しーちゃんは6年前に、すみれに突き落とされてしまって死んだはずじゃなかったか…?

 考えているうちに、今まで見落としていたことにわたしは気が付いた。

 大人たちの捜索は打ち止めになったが、子供たちは山の中を探し回ったと言っていた。けれど、彼の死体も何もかもが見つからなかった。…鈴やすみれが隠したの…?子供がそんなことをするかな……?

 しーちゃんが本当に“神隠し”にあったのならまだしも……すみれが証言したことが真実の一部であれば、しーちゃんが消えた本当の原因はまだ隠されたままだったのだ。


 「あなたの会った子は…本当にこの子だった?」

 「うむ。わしは一度見た人間は忘れんよ」




 おじさんは、昔からずっと山の管理人だという。

 祭りの日は風船がたくさん山に集まるから、それの清掃活動を行っているのだそうだ。それ以外にも、あの菜の花畑の管理とか…見回りとか、山を愛するための活動をしているらしい。


 「…あの子はほんと…かわいそうな子じゃったよ」




 しーちゃんを見つけたのは、祭りの最終の朝だった。

 山の中で倒れているのを見つけ出したのだ。




 「その子は、わしのことを妖精と呼んだんじゃ。…そこで一体何があったのかは教えてくれんかったが……よほど、悲しい思いをしたんじゃろうて」   




 菜の花畑のことを知っていたなら、もしかしたらそれを世話している人のことも見かけていたのかもしれない。



 ………事件とは関係ないことだけど、しーちゃんが話していた妖精とは……この人のことだったのだと気付く。

 妖精が育てた花畑の話を思い出しながら、同時に地面に置かれた袋も視界のいれた。このおじさんの行動は、しーちゃんの言っていた妖精と一致する。



 おじいさんの話に思考を戻す。

 すみれがしーちゃんを突き落とした……その次の朝に、おじさんが彼を助けた。


 「山を下ってるときじゃ、木に絡まった風船をあの子が取ろうとしたんじゃ」


 一晩を山で過ごして意気消沈していた子供は、立ち止まって空を見上げた。

 空には生い茂る木の枝と、それに絡まった白の風船があった。






 ―― あれ、ななちゃんのだ

 ―― ん?おお、あんな高い所……ここは足場も悪い…あとで道具をもって取りにこよう

 ―― だめ、またどこかに飛ばされちゃうかもしれない






 そのころ、二年前に飛ばされた風船なんてあるはずがない。

 けれど、すみれさんからの拒絶と…心に秘めていた思いが入り交じっていたしーちゃんは、わたしのだと思い込んでいた。






 ―― きっと、風船がないから…ななちゃんも来れないんだ






 どうして、そんなことを思ったのだろうか。

 おじさんの反対を押し切って、木に登ったその子は……風船の紐を指に絡ませた後……木から落ちてしまった。



 「頭を強く打っての……そのショックで、何もかも忘れてしまったんじゃ」



 自分の名前も、家も、なぜ山にいたのかも。どうして、風船を手にもっているのかも。

 記憶を失くした少年を家に帰す方法がわからなくて、おじさんはしばらくしーちゃんの面倒を見ていたが、最終的には彼を探す家族に出会えた。その時、すでに捜索も中断されていたようで、老夫婦は町から引っ越しの催促を何度もされていたらしい。




 ―― 孫を、だれか…孫を見ませんでしたか

 ―― 彼の家族かの?




 必死に町の中を探し回る彼らに出会って、ようやく家に帰すことができた。

 老夫婦は、一度孫が記憶を失くしてしまったことに戸惑っていたが、彼の無事をなによりも喜んでいたらしい。



 「よそに引っ越して行ったが……ちょっと前にひょっこりこの町に帰ってきてのう。びっくりじゃよ。見違えたもんで……」



 おじさんの話が真実なら、しーちゃんは死んでいないということなのか。昨日わたしが見た彼の幽霊は……。

 もはや考えることを放棄して、わたしはおじさんに詰め寄った。


 「彼は、…その写真の子は…今どこにいるの?」

 「ぬ。そりゃあ、きっと……」


 もともと住んでいたという家の場所を聞いて、わたしは走り出していた。

 この町に来て、わたしはあちこち駆けずり回っていた。

 しーちゃんに会えると思って、だけど会えなくて……会うことはないと知ってしまった。

 それなのに…あの子は…あの子は、生きていた…?




 驚くほど体が軽い。電車に乗っているように、風がわたしを乗せて吹いているように、びゅんびゅんと景色が流れていく。


 わたしは、一つの仮説が頭のなかにあった。


 よそに行ってしまったしーちゃんは、祖父と祖母と過ごしていくうちに、なくなった記憶を取り戻したいと感じていた。もしも、取り戻そうと思うのならば…自分の思い出の地に行こうとするだろう。

 名前はもう記録には残っていない。誰も覚えていないし、知ってもいない事件……。だから、本名を名乗っても、だれも彼のことに気が付かない。

 まるで、もう一度この町の青春を取り戻そうとするように……幼馴染に交ざって過ごそうとする。




 ……もしも、もしも…そうやって、しーちゃんがこの町にいるのだとしたら…………可能性が高いのは……。




 教えてもらった場所は小学校に程よく近い場所だった。玄関にかかっている表札は知らない苗字だ。

 覚悟を決めてインターホンを鳴らそうとしたところで、息を切らしてさきほどのおじさんがわたしを追いかけてきていた。

 驚いたわたしに、おじいさんが写真を手渡した。


 「なんじゃ、大切なもんじゃないんか?メッセージまでつけておって」


 メッセージ?

 わたしはそこで初めて写真の裏の文字に気が付いた。ずっと、表の画像にしか目がいかなかったのだ。

 そこに書かれた子供らしい字が、家で見つけたななちゃんの手紙と同じだった。




 ―― ……4月9日、ななちゃんと約束をする




 それは、過去に起きたことを記録したのではないのだと気付く。忘れてはいけない、その時にした出来事を残したのだ。


 杏子ちゃんは言っていた。お祭りの最終日は今日なのだと。


 ならば、8年前にしーちゃんと再来の約束をした日付は……今日のことだ。

 しーちゃんがそれを覚えているなら……あの子は星つかみの桜で待っているはずだ!














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