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プロローグ

一日一話ずつ更新していきます。






忘れられない桜の記憶がある。

 それは、きれいで色あでやかな明るい空の下で映える花ではなくて……悲しい夜を淡く彩る、とてもやさしい花の木だった。

 空に向かって枝を伸ばす普通の木とは違い、地面に並行して横に枝を広げた形をしていた。まるで、木の下に立つ人を枝の下に受け入れるように……。


 幹のへこみ部分に足を引っかけてその木によじ登れば、目線が木よりも高くなった。…まるで、雲の上に頭をのぞかせたみたいに心が躍る。

美しい鐘の音があたりに響き渡った。

手のひらを伸ばした先に、無数の星が輝く。きらりと、夜の中を滑るようにして星が流れ…触れることはできないと思いながらも、手の中に閉じ込めた。

その握った拳を、自分の胸に当てて、どうか…とつぶやいた。


 優しい桜と、明るい星が見守っていた。




















 悲しくて、悲しくて。

 世界で自分一人だけが悲しいんだと思ったときがある。

 神社の裏手の境内に座り込んで、だれにも知られないように泣いていた。

 楽しそうなお祭りの音も、今の自分をみじめに思わせるだけだ。

 着ている朱色の着物に涙の染みを作っていたとき………誰かがわたしに声をかけた。



「泣いて、いるの…?」



 肩までで切りそろえられた黒髪の…清楚な雰囲気の子供が立っていた。頭にはお祭りの狐のお面を着けている。

 見知らぬ人に泣いているところを見られたことへの恥ずかしさで、その場から逃げ出せずに腕で顔を隠した。

 

「どこか痛いの?大丈夫?」


 …きれいで、やさしい声だと思った。

 顔を上げて否定することもできずに、ジッとそのまま動けない。反応をしないなら、諦めてどこかに行ってしまうだろうと思ったのだ。

 しばらくしてから、その子はいなくなったものだと思い、そっと顔を上げた。

 やはり目の前には誰もいなくなっていて、ホッと息をついた。

 けれど、自分の隣から人の気配を感じた。


「!」

「……ごめんね。でも、悲しいときは一人になっちゃダメなんだって、おばあちゃんが言っていたから……」


 一緒に境内に座り込んで、その子はつぶやくように言った。ごめん、と何度も口にする。

 どうして、謝るのだろうか。その子は何も悪くない。泣いているわたしが、弱くて恥ずかしいのが悪いのに。どうして、ここにいるのだろうか。

 堪えていた涙があふれだして、顔を隠そうともう一度、着物の腕の裾で覆う。

 そうしたら、今度は頭に何か違和感があった。


「?」

「お面、あげる……着物きれいで、もったいないから……」


 女の子が着けていた狐のお面が頭に被せられたのだと知った。同時に、その子はわたしの恥ずかしさをくみ取ったのだと気付き、素直に顔に狐を着ける。

 彼女の温かさがお面に残っているように、悲しくて冷え切ってしまっていた心の中が、じんわりと溶け始める。

見ず知らずの人からもらう優しさは、こんなにあたたかいんだ……。

 悲しさとは違う涙が流れた。

 唇を必死にかみしめるけど、声が漏れてしまって相手にももう隠しようがなくなってしまった。それなのに、恥ずかしさはさっきよりも少なくなっていた。

 誰からも嫌われて、否定されたようだった気持ちが、涙とともに外へと流れて出て行く。

 そんなわたしの側で、その子はそっと……そっと座っているだけだった。












―― 8年後 ――




 たくさんのビルが立ち並ぶ風景から、気が付けばすっかり建物の数も減り、それはもう田舎と称していいほどの山と畑が広がっていた。

 ビュンビュンと通り過ぎていく景色は小1時間ほど続き、わたしはとうとう来たのだ、と自覚する。


 東京から新幹線と電車を乗り継ぎ、バスで1時間揺られた先にある“シズミヤ市”。

 そこは、わたしの母の地元でもあり、わたしが幼少期にほんの少しだけ過ごした場所でもある。

 この地域の中では、人が住んでいる方だと母は笑って言うが、小学校中学校は一貫して一つの建物、高校はバスと電車の乗り継ぎで2時間の距離にあるのであれば過疎地(要するに田舎)の分類に入る。


 高校3年に進級した春休みを利用して、わたしはこんな田舎にまで来たのは、深い……深い理由がある。

 小さいころから、わたしは母の勧めでモデル業をしていた。ファッション雑誌とか、そういう類のやつだ。それが…最近どうも調子が悪くって、次号は表紙を飾るっていう時に、同じ雑誌のモデルの子が……顔と体しか取り柄のないやつが……ドラマの出演が決まったとかで選抜されたのだ。表紙のために5キロも減らしたわたしの努力を、だれか有名どころの娘だからっていうだけで踏みにじったのだ。…結局生まれとか育ちの時点で勝ち組が決まる世界と言うわけだ。

 話が脱線したような気がするけども、わたしがそれに落ち込んで嘆いていたところで、母が気晴らしにとこの旅行を提案した。なんでも、明日の4月6日から三日間続く大きな春祭りがその町で開かれるらしい。三日目の神に願いをささげる灯篭流しは遠くから旅行者を集めるくらいに圧巻な眺めだという。

 確かに、母とともに最後に訪れた8歳のころ、そんな景色を見たような気がする。


 夜空を溶かしたかのような水面に、ほのかに桃色の灯篭を浮かばせる。流れるそれを追いかけながら、わたしは願い事をした。……その時、わたしは母ではない誰かと共にいたのだ。


 その子はまだ、町に住んでいるだろうか。…顔はぼんやりとしか覚えていないが、艶のあるきれいな黒髪に、鈴の音色のような優しい声。


 8歳の時すでに、モデルの仕事を初めていたのだが、レッスンで怒られてばかりで、オーディションもわたしではない子ばかりが選ばれて行って、すべてから拒絶されたような気になっていた。だから、今回同様に母が気晴らしにと町に連れて行ってくれた。

 モデルでたくさんの美形を見ているわたしでも、ハッとなるくらいにあの子はとても綺麗だったと思う。そんな子の前で、大泣きしているのを見られてしまうし、すごく情けない気持ちにはなったが…その後は、とても幸せな時間を過ごした、気がする。

 8年前の記憶なため、何をどうやって遊んだかは覚えていないけど、彼女の友人と会ったような気もするし、最後は二人して涙を流して別れた気もする。あいまいな記憶も、あの町に行けば思い出すだろうか。

 少し、弾む思いを抱いて、終点のバス停に降り立った。









「きゃーっ!菜々乃ちゃんっ!久しぶり!ぶりぶりっ子!」


 母の実家の扉を開けた瞬間、飛び出してきたのはパッションピンクを見事に着こなしたわたしの祖母だった。

 祖父はいなくて、犬の源五郎(祖父の名前)とともに一人暮らし中だ。

 きゃぴきゃぴと、玄関で飛び跳ねる彼女は多少の小じわも目立つが、40歳くらいにも通用しそうな若さだ。御年75歳になる……。趣味は裁縫、料理に華道とボーリングとカラオケと薙刀だ。

 『おばあちゃん』などと恐れ多くも呼べないので、出会ったときから『杏子きょうこちゃん』と呼んでいる。あ、母も同じ呼び方だ。


「良かった!予定よりも少し遅れてたみたいだから心配してたのっ」

「心配かけてすみません。すこし、道を忘れてしまったみたいで」

「あらぁ!そうよね。20年前の町とはすこし変わったでしょうに、忘れるのも無理ないわ」


 わたしが最後に来たのは8年前です。20年前はまだ生まれていません。控えめに訂正したら、あらそうだったわね、AHAHAH!と活発に笑って、母が昔使っていたという部屋に案内された。

 この家は外見は和装だが、部屋は完全なる洋室だ。杏子ちゃんが嫁いだときに、姑の反対を押し切って改装したらしい。本当に、やることが思い切っていて楽しい人だと思う。

 綺麗に整えられたベッドやカーテンはわたしが来るということで、ゴージャスなレースを取り付けてくれたらしい。わたしのために、ということと歓迎されていることに、純粋にうれしくなった。

 たぶん、他の人の祖母よりも少し変わっているがわたしは大好きだ。


「明日の朝からはお祭りよ。忙しくなるわよ!なんだって、この町の一大イベント!観光客もピークになるわ!…だからごめんね、菜々乃ちゃん。あまり構ってあげられないのだけど」


 杏子ちゃんは定年でも市役所に務めていて、市のPRだとかイベント事に力を入れている。お祭りのときは、裁縫や華道の体験会を設けるなどして、資金も稼ぐらしい。…薙刀の体験もしているのだろうか。


「平気です。懐かしいところ見て回りたいし…。むしろ、本当にわたし手伝わなくていいんですか?」

「本当にごめんねっ!手伝いなら、あたしの作品着てくれるだけで宣伝になるわ!!三日間!」

「ええ、いいですよ」



 快く承諾すれば、きゃーっと女子高生のわたしでもうらやむくらいのかわいさで喜んでくれた。

 その日は二人で、杏子ちゃん特製春巻きを食べた。




 翌日…4月6日からの三日間。

 不思議な体験を過ごすなんて、わたしは夢にも思わなかったんだ。






















個人的に、ジャンル分けが難しい作品です。



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