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9.まもれ

 2016年7月28日。

 良輔は加奈の家の隣から離れ、元の自分の家にいた。そして、この日まで1日1日を慎重に過ごした。そろそろ、加奈と会うことになる。印を付けたカレンダーには、7月29日、8月18日の2つのみ、丸が付いている。

 そしてこの2日以外は全て跳躍して埋めていた。良輔は椅子に座り、大きく呼吸した。


「そうだな、加奈と話しておこうか」


 加奈の父親として、最後に話そう。そして29日の夜へ、良輔は跳んだ。そして過去の家に充電している電話を手に取り、加奈に電話した。 


「もしもし」


 良輔は普段話す雰囲気を強く意識しながら声に出した。


「あ、お父さん?どうしたの?」


 加奈の声は明るい。当時の自分と、その日はあったばかりのはずだ。時間の隙間を縫って会っているはずだから、その時間は短い。


「いや、どうしているかな、と思ってね」

「まあ、なんとかやっているよ」

「その・・・良輔君とは、うまくやってるかい?」

「あ、え、うん、まあね。最近なかなか会えないけど、今日会えたし」

「それは良かった。なあ、加奈」

「なに?どうしたの?」

「頑張れ」

「え?なに?なに?お父さん、どうしたの?」

「いや、別に死ぬわけじゃない。まだまだ元気だ。ふと、思っただけでね」

「あんまり心配させないでね。花嫁姿も見て欲しいんだから」

「そうだ。その通りだよ。だから」

「そうね、じゃ、わかりました。頑張るよ」

「それでいい」

「お父さん」

「なんだ?」

「なんか変だよ」

「そうか?」


 良輔はそう言った後、すぐに言葉を続けた。


「加奈、私はいつも、ずっと幸せになって欲しいと思っているんだ。これから先もずっとだ。それを忘れないで欲しい。良輔君とも、な」

「・・・そうする」

「そうか、それだけ聞ければいい。おやすみ」

「おやすみなさい」

「ああ、そうだ。待ち合わせは10分前に着くように、向かいなさい」

「大丈夫よ、ちゃんと守ってます。それじゃ」


 良輔は電話を切り、一息ついた。これで後は戻れば、8月18日に加奈の外出を止めるだけだ。


 そう思った矢先、突然世界が『歪んだ』。


 空間が、自分が、ぐにゃりと音も立てず曲がった。えもいわれぬ痛みと、多方面からくる重力の引きの気持ち悪さに良輔は呻いた。とうとう来たか。意識が混濁し、飛びそうになるのを堪え、タイムマシンまで這いずり向かう。何とか乗り、起動スイッチを押そうとする指が、歪んだ視界に指が定まらない。


「この時間の歪みをここで超えなければ、加奈を助けられない」


 良輔は叫び、走馬灯のように現れては消える加奈の思い出を見ながらスイッチをなぞり、押した。そして同時に、意識を失った。

 気がつくと、良輔は部屋に戻っていた。


「・・・何とか逃げ切れたか」


 そう呟き、立ち上がろうとするとよろけて倒れた。かなり体に負担がかかったようだ。そして再び起き上がろうとした時、またよろけた。

 良輔はごろんと仰向けになり、大きく息を吐いた。ただでさえ歳をとっているのに、あの衝撃はきつかったなあ。


「思えば加奈があの時・・・」


 あの時。あの時とはどの時だ?良輔は慌てて言葉を繋ごうとする。


「ほら、あの時、暴走車にぶつかったときから・・・」


 加奈のきっかけを言えた事に安堵したが、何か違う気がしてならない。

 暴走車とは、何だ?今、私が言った言葉はなんの事だろう。

 良輔は途轍もなく不安になった。

 今自分に起こっていることは歴史の揺さぶりだ。恐らく、私は歴史に取り込まれようとしている。それはダメだ。

 良輔は近くの紙を手に取り、ふらつく指で書きなぐった。


 ー8/18 かな じてんしゃ のってしぬ わすれるな かな まもれー


 そしてそれを握りしめると、タイムマシンになだれ込んだ。

 もう私にも時間がないらしい。早く行って加奈を助けないと。このまま記憶をなくすと、私は加奈の父親がわりのおじさんとして、加奈の死体を見送る人生で終わる。

 タイムマシンが稼働を終えると、良輔は自動帰還モードに切り替えた。これで爆発は避けられる。後は間に合うように帰るだけだ。


「・・・帰る?どこに帰るんだ?」


 違う。加奈のところに帰るんだ。急いで、今すぐに。良輔は車に乗り、加奈の家に向かった。ただでさえ歴史の揺さぶりに体調を崩しているためか、車を運転する事は苦痛でしかなかった。加奈の家に近づくにつれ、徐々に視界が霞む。


「まだだ。まだ諦めるな」


 握ったハンドルに力が入る。


「もうすぐだ。そこを曲がれば、見える」


 異常なほど重く感じるハンドルを左に切ると、そこには自転車に乗ろうとしている加奈が見えた。こちらを見て驚いている。

 まずい。


『このままでは、私が、加奈を、轢く』


 なんという事だ。時間は私ごと歴史の歪みを正すつもりか。良輔は朦朧とする意識の中、左手に持つくしゃくしゃになった紙が目に飛び込んできた。


『まもれ』


 そばに誰かがいる気がした。

 誰かに守れと声をかけられた気がした。

 そしてその瞬間だけ、良輔の意識が明るくなった。もっと左に曲げろ、ブレーキが踏めないなら、足ごと離せ。歯を食いしばりながら、長く思えるその一瞬の中で、順番に体に伝えた。


 右に加奈が見える。

 ああ、良かった。


「・・・うさん!お・・さん!!」


 加奈の呼ぶ声が聞こえる。

 揺さぶられる体に痛みが走った。


「お父さん!!目を覚まして!!」


 良輔は寝ぼけたように呟いた。


「加奈か、無事か」

「無事か、じゃないでしょ!お父さんこそこんな車の運転して!危ないじゃない!」

「そうか、良かった。自転車に、乗るのか」

「自転車だって潰れてグシャグシャだよ!去年お父さんに買ってもらったのに!」

「乗るな。死ぬ。また買ってやる。守れたお祝いだ」

「もう、死にそうだったのはこっちだよ。交通ルールも守れてない」

「そうか、すまんな」


 遼太郎(・・・)は、眠りに落ちた。


 2017年8月18日。

 大山加奈(・・・・)の結婚式が始まる。

 遼太郎は朝からそわそわとしていた。

 教会で3人だけの式をすると決めたのは、他でもない加奈だった。新郎の良輔君もよく認めたものだと、驚いていた。


 ちょうど一年前のあの日、どうして私が彼の家の車に乗って加奈の家に行ったのか、説明がつかなかった。


 しかし彼は何故か気味悪がる事もなく、これも縁ですね、と許してくれた。後でもう一度聞いたが、彼もあの時はそうするのがすごく自然だと強く思ったらしい。

 彼とはどこかであった気がしてならなかった。加奈が初めて彼をつれてきた時、この男なら大丈夫だと確信した。そしてその後、車の所有者だとわかり、私は平謝りをしたものだ。


 今、私は加奈と一緒にバージンロードを歩き、良輔君に加奈の未来を託そうとしている。今、こうして加奈の手を握りしめて歩き始めている。   良輔君の前に立ち、遼太郎は話はじめた。


「良輔くん」

「はい。お義父さん」


 遼太郎は良輔を真っ直ぐに見つめた。


「加奈を幸せにしてやってくれ」

「はい。必ず」

「私ができなかった分も、だ」

「はい・・・? 加奈は、お義父さんと過ごせて、とても幸せだったと」


 遼太郎は笑った。


「いいんだ。君なら必ず幸せにできる。私はわかっているんだ」


いかがでしたでしょうか。

使い古されたパターンですが、書いてみようと思い、挑戦してみました。

実際、タイムマシンが作れたとしても、ここまではできませんね。

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