8.父親がわり
加奈は大学に合格した。志望した大学はまだ合格通知の掲示を行なっており、2人で見に行き、喜び合った。良輔は未来を例え知っているとしても、こんなにハラハラするものかと、内心笑う自分がいた。
そして大学生活を思いっきり楽しんだようだ。彼氏ができた、と言われたとき、良輔しばらく不機嫌だった。何か月か経ち、半分笑いながら、振ってやったと言ったときに思わず笑顔になり、その顔を観られて加奈に笑われた。
加奈の学年が上がり、就職活動を始めた頃、そろそろ加奈とも別れなければならない、とも思っていた。社会人になれば、過去の自分と知り合う。そこからは私の出番があってはならない。
就職活動も落ち着き、いくつか内定も取れたと聞かされたある日の夜。いつものように2人で夕食を取っていたが、ここで良輔は話し始めた。
「加奈ちゃん、言いにくいが、そろそろ私は本格的に帰郷しようと思ってる。もう定年も近くてね。軸足を向こうに移そうかと考えているんだ」
加奈は黙って聞いていた。良輔はもう59になる。結果、過去のタイムトラベルの前倒しはできず、加奈の父親がいなくなった後は、ほとんどを過去で暮らしていた。
「加奈ちゃんはもう、立派に大人になった。しっかりしているし、来年からは仕事が中心の生活になるだろう。そうなったら、ここにもなかなか来れないかもしれない。だけど、それでいいんだよ。普通の娘というものは、そうするし、親にそんな気の使い方をしない。だから」
ここまで言うと、加奈は言葉を遮って言ってきた。
「私が会いたい、と思う時に、会えますか」
良輔は泣きそうになるのをぐっと堪えた。
「もちろんだ。困ったことがあったら連絡しなさい。できる限り、力になる。約束する」
加奈がまっすぐ私を見て、言った。
「私にとって、おじさんはもう1人のお父さん。小さい時から、ずっとそばにいてくれた。これからもお父さんでいて欲しい。ダメですか」
良輔はうつむきながら、出てくる涙を止めずに言う。
「加奈ちゃんのお父さんには悪いが、私にとっても、君は娘同然なんだ。私は君が困っているなら、全力で助ける。君にはおばあさんになるまで、幸せでいて欲しい」
加奈が泣きながら頷き、笑った。
「私が結婚する時、父親の席に座ってください」
そうなればいい、だが残念ながら、良輔が2人存在し続ける世界は危険で、不可能なこと。しかし泣き笑いの顔を加奈に見せて、微笑む。
「もちろんだ。変な男に騙されるな。私のようなイケメンを捕まえるんだな」
「本当にお父さんみたいだ」
その日は良輔と加奈が泣いて、笑って、泣いて終わった。
加奈は無事卒業し、働き始めた。
時折くるメールや電話から、近況が聞けた。そして付き合っている人がいる、と報告を受けた。
それは私だ。
「い、いい人なのかい?その人は」
加奈が笑いながら答える。
「もう、お父さん心配しすぎだって。でも、なんだかすごくお父さんに似ているんだ」
加奈はあの日から良輔の事をお父さん、と呼び始めていた。とても幸せな気持ちになる。そして今日という日を迎え、戸惑う。
「そ、そうか、なら私は加奈を信じるよ。ケンカばかりしないで、ちゃんと話し合うんだぞ」
良輔も合わせるかのように、加奈、と呼び捨てにしていた。本当の娘に話しかけるかのように。
「・・・なんでケンカが多い事知ってるの?」
加奈は驚いていた。
「これでもずっと加奈を見てきた、お父さんだからな」
笑いながら答える。付き合いはじめは、なぜかケンカばかりしていた。普通なら別れてもいいはずだ、と周りからも言われていたが、そんなことにはならなかった。ここ原因がいる。
「深く、入りすぎてしまったな」
電話を切った後、呟いた。今の自分は恋人であり、父親なんだ。