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7.夕食で

 次の日から、加奈が家にやって来た。ヘルパーさんが帰り、その後自分の家に来る。加奈も落ち着いたのか、笑顔が増えたように感じる。

 良輔は加奈が学校で今日あった事、色々な事を聞いて、笑い、驚き、微笑んだ。


 加奈が次第に大きくなり、自分の家の家事をこなし始めた頃、ヘルパーを頼むのをやめ、自分の家と良輔の家に出入りするようになった。

 小学校5年になる頃には、加奈が作った料理を2人で食べ、取り置いたものを持って家に帰り、父親に食べさせていた。

 すくすくと育つ加奈を微笑ましく思える半面、恋人でいた加奈を助ける予定が遅れていることが気になり始めていた。このまま行くと自分が60になっても終わるかどうか。今の幸せは惜しいが、このまま見守ってしまうと、私がもたないのでは、と心配になる。


 小学校6年、夕食に中学の話題が増え始めた頃に、加奈に言ってみた。


「加奈ちゃん、もう、おじさんの所に来なくても、大丈夫なんじゃないかな」


 いつもの夕食。加奈の箸が止まった。


「おじさん、どういう意味?私、来ない方がいい?迷惑かけてる?」

「いやいや、迷惑なんてかけてないよ。逆に本当に助かっている。加奈ちゃんがきてくれて毎日が、とても充実しているよ。でも大変じゃないかな」

「そんなことない。大変じゃないし、おじさんの所にくるのは楽しい。来ちゃダメですか?」

 良輔は加奈の寂しそうにする姿に、気持ちが折れそうになる。しかしこのままでは。

「ごめんね。実はおじさん、そろそろふるさとに帰ろうかと思っていたんだ」

「おじさんの家でしょ?ここって」

「ここは借りてるんだ。あと単身赴任で来てるって言ったと思うけど。それでちょっとずつ、戻ってみようかと思ってね」

「・・・すぐいなくなるの?」

「いや、まだまだだよ。ただ、毎晩ではなくなるかもしれないから」

「じゃあ、いる日は、来ていい?」

「もちろんだよ。是非、おいで」


 良輔は結局折れてしまった。しかし加奈との生活がなくなることは、思った以上に辛いことなんだと、今日わかってしまった自分がいた。


 日に日に積もる、恋人としてではなく、娘として接する違う形で関係を持った加奈。複雑な思いを、良輔は感じていた。

 加奈の父親からも、ご迷惑をおかけしますが、ご在宅の時は迷惑でない限り、いてあげてもらえませんかとお願いされた。

 土曜から月曜までを不在とし、それ以外は変わらない生活を続ける事になった。


 そんな加奈が高校2年の時、父親が職場で倒れ、帰らぬ人となった。

 とてもささやかに葬式を上げる事になったが加奈の親戚がくることはなかった。


「お父さんもお母さんも、2人っきりって良くお父さんが言ってた」


 寂しそうに笑う加奈。


「少し、お手伝いさせてもらえるかな」


 そんな良輔の一言に、うん、うんと泣いて頷いていた。自分と会うまでに結構辛い思いをして来たな良輔は自然と加奈の頭に手を乗せて慰めた。加奈のすすり泣きが嗚咽に変わり良輔は泣き止むまでそばにいた。

 私はその日のほとんどを過去の時間に使った。


 次の日からも加奈は相変わらず夕食を家で食べた。少し無理をしているようだったが、そこは良輔からは何も言わなかった。

 ただ、加奈を支えなければならない、そういう思いが良輔の気持ちの半分以上を占めていた。


「高校卒業したら、働こうと思ってる」


 高校3年になった加奈は、そう良輔に告げた。


「今の高校は進学校だろう?」


 良輔はもしかしたらと予想していた加奈の一言にそう答えた。


「でも、働いた方がいいかな、って」

「そうかもしれないが、おじさんはそう思わない。立ち入るが、生活が苦しいのかい?」

「お金は、なんとかなると思うけど。このままでいいのか不安で」

 父親の保険がおりているはずだし、大学くらいまではなんとかなるんじゃないだろうか。

「大学は行きなさい。語学を学びたい、と言ってたじゃないか。確かに働きながら学ぶこともできるけど、大学で学べる事は、また質が違う。お金の事はおじさんもアドバイスくらいはするから」


 歴史は変わらない、とは良輔にはもう言えなかった。気がつけば、もう十数年間、加奈に深く関わってしまっていた。ただ、大学に行かないと、色々と変わりすぎて私と出会えない可能性が高まる。それは良輔と加奈、この二人関係の始まりを否定している。


「これは、お父さんから預かっていたものだ。少ないけれど、受け取って欲しい。入学金くらいにはなるはずだ」


 良輔はそう言って通帳を手渡した。このお金は加奈の父親が夕食代として良輔に渡していたものだ。どうやらそれなりに出世していたようで、加奈が高校に行く頃あたりまで、少しずつだが増えて来ていた。良輔は黙ってそれを受け取り、貯金していた。きっと彼も私がそうしている事に気が付いていただろう。


「こんなお金知らない。貰うわけにはいかないよ」


 加奈は大きく首を振って返した。


「これは、加奈ちゃんが小学生の時にうちに食べにくるって話になってから、ずっと頂いていたものだよ。当然、少し食費に使わせてももらったけど、余ったものは貯金させてもらっていた」


 嘘だ。1円も使ってはいない。


「本当は加奈ちゃんが嫁に行く時に渡そうと思ってたんだけどね。まあ、お父さんもなんとなく気が付いていたと思うよ。さあ、使いなさい。君が使っていい、お金だ。そして大学に行ける高校に出してもらった、お父さんの気持ちも大切にするんだ」


 良輔は力強く、また通帳を返した。


「・・・ありがとうございます」


 加奈はそう言って受け取った。


「そうだ。そして頑張って勉強して、合格しなさい。浪人はできないぞ」


 良輔はおどけて見せて、2人で少し笑いあった。

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