4.調整と抑止
2016年9月8日。
9月はじめにしては、風が涼しい秋が始まりそうな日だった。良輔は犯行現場の付近のブロックに座り、出発前に印刷して来た顔写真を探した。
ここに来る事で、前のように加奈の死が先に移動済みで、もう歴史が変わっているかもしれない。それなら仕方がないが、もう2度とこの時間には来れないため、ギリギリまで探すつもりだった。
そして良輔は探しながら考えた。何故、加奈はここに来ることになったんだろう。この前の暴走車の時もだ。歴史が変わるという事は、その前からきっかけが変わっているはずで、そのきっかけとなった要素が何であるか、今の良輔にはわからなかった。
「いた。あいつか」
犯人は佐々木弘樹という。彼は人混みに紛れるように背中を丸めて歩いていた。黒い帽子をかぶり、黒のポロシャツを来た男性。年齢は35とあったが、見た目はずっと若かった。
良輔は立ち上がり、彼に近づいていく。
その間も彼は周りを頻繁に見回して、犯行の機会を伺っているようだった。
「君、佐々木くんかな?」
良輔は声をかけた。よく考えたら、何て話すか、あまり考えてなかったことに気がつく。もう、なるようになれ、だ。
「・・・誰だあんた?」
明らかに警戒している。額には不自然なほどの汗が出ていた。こちらもすぐに逃げられるように構えていないと、危ないかもしれない、と素直に思わせる雰囲気だった。
「私は・・・私のことはまずはいいよ。君、これからやる事は、良くないよ。まだ間に合う。やめてほしいんだが」
佐々木という男は驚いた顔を一瞬見せたが、慌てるようにごまかし始めた。
「お、おっさん、頭おかしいんじゃないの?俺を殺人者呼ばわりかよ。消えろや」
やれやれ、と良輔は小さくため息をつく。
「私はまだ、君が殺人をしようとしてるなんて言ってないよ。悪い事は言わん。私も君が怖いんでね、もう退散するが、どこかで見ていると思ってくれていい。ああ、犯罪予備軍を監視している組織の者だ、と思ってくれてもいい」
佐々木は大きく目を開いた。
「あ、あんた警察の人?」
良輔はちらりと腕時計を見て、少し焦り始めた。もうあまり時間がない。
「警察ではないが・・・まあ、今日はやめとくんだ。そのホームセンターで買った、その特徴的な刃物は君が犯人だと決め手になる凶器だ。バレやすいから、出直した方がいいよ」
犯行の情報は記事で読んでいるため、彼にとっては違う恐怖を与えているだろう。ここで今日、やらなければそれでいいんだ。
「し、知らないよ。何を勝手に言ってるんだよ、おっさん。俺は忙しいからもう行くわ」
そう言って足早に去っていった。
よし、今日はやらないだろう。あとは夕方と夜にもう一度ずつくれば、この日に用はない。良輔は駐車場に戻り、元の時間に帰った。
早速ネットで記事を読むと、9月9日の新聞には連続殺人の記事は消えていた。その代わり、加奈にその前に会った日、8月18日に、加奈の死は移動していた。
ー自転車に乗った女性、車と接触して死亡。18日午前10時ごろ、××市○○、駅前大通りの交差点で自転車に乗った同市在住の畠山加奈さんが・・・・ー
なるほど。自転車なら家から出発した事がわかる。止め方も限られる。これなら丁度いいかもしれない。最後に加奈に会う日はこの日にしよう。2016年8月18日。それまでは自分がその準備をしなければならない。念のため、9日も夕方、深夜と跳んでおいた。
良輔は部屋に戻ると大きく息をつき、これから行う大きな仕事を前に少し休む事にした。