3.永い決断
あの日から3日が経っていた。良輔は次の一手を攻めあぐねている。
あの後、インターネットから新聞社が管理する新聞記事を調べると、火事は良輔が到着する2週間前、9月26日に起きていた。やはり加奈は逃げ遅れていた。
また、もう一度調べ直しをしようとしてわかった事がある。タイムトラベルは2度同じ時間に向かえないこと。同じ時間に移動しようとすると、タイムマシンのブレーカーが落ちてしまう。同時に同一人物が3人いる事は不可能なのだろう。
「それと、もう1つわかった事がある」
これは昨日、ふとしたことで気がついた。
「俺と会った日だ。はじめに死んだ日、加奈の死が跳んだ2週間前は、俺と会った日だ」
実際、10月2日に何をしたかは覚えていないが、当時の手帳に加奈、と書いてあった。良輔と加奈は当時付き合って2年ほど経っていたが、その時期は仕事に追われ、会える事は1ヶ月に2回会えればいい方だった。大体は電話かメッセンジャーアプリでやり取りする。その為か、お互い会う日はかなり楽しみにしていたものだ。
ここで良輔はある仮説を立てる。
ということは、と、良輔は当時使っていた手帳やスマホを取り出し、2015年と2016年のカレンダーを用意して、加奈とあった日を埋めて行った。
「後半はわかるが付き合いはじめの頃は押さえきれない。だけど、わかる範囲では書けたはずだ」
カレンダーにはマークが入っている。丸は加奈と会えた日、三角は会っていたかもしれない日、バツは自分が跳んだ日だ。
「つらいが、いくつか試す必要があるな」
そう言うと、カレンダーをなぞった。10月2日より前に加奈と会ったのは、直近で9月8日と23日か。良輔はタイムマシンに向かい、10月2日より1つ前、9月23日に加奈と会った日に設定し、跳んだ。
そして何もせず|元の時間に戻った。それを9月23日の朝、昼、夜、深夜に往復した。
その作業が終わると、良輔は黙ったまま新聞社のサイトを検索した。
翌9月24日の新聞記事には事故らしいものはない。
「1つクリアだ。そしてあともう1つ」
そう言って今度は10月20日の火事が移動した日、10月2日の深夜にセットした。
「いれば助ける。いなければ仮説の正しさが成り立つ」
そう言って良輔は起動ボタンを押した。
加奈の家は燃えてなかった。
良輔はもしかして加奈がいるのでは、と思ったが、踏み止まる。一度戻って確かめる事が先だ。
そのまま良輔はタイムマシンを降りず、元の時間に戻り、再び新聞社のサイトに繋げた。3日の新聞記事には加奈の記事はない。しかし、9月8日に記事を見つけた。
ー通り魔殺人、被害者は11人ー
思い出した。
この日はこの事件が起きた場所から駅の反対側で加奈と会っていた。街を歩いていると、長くうるさい、沢山のサイレンが鳴り始め、何があったのかとニュースサイトを覗くと、号外で通り魔殺人があったと書いてあった。
そんなことを思い出しながら新聞記事の被害者リストをなぞると加奈の名前があった。良輔は溜息とともにつぶやく。
「厄介だな。あれに巻き込まれたことになったのか」
事件は巻き込まれたことは対策を練らねばならないが、良輔の仮説は正しいと言えた。加奈が死ぬのは、良輔と会った日だけだ。しかも、タイムマシンで既に行ってしまうとその日は加奈の死の候補から除外される。
良輔は思考を展開して繋げていく。
そして、これはある種賭けとなるが、死ぬより前の日に跳べば、生きている加奈は、その日に限り、担保されているのではないか、と考えた。
それがわかるとすぐに、良輔は少し辛い決断をしようとしていた。
お互い会ったと思っているのは、3年ほど前だったろう。しかし、会ったことがあるか、となるとそれ以前のことなどわからない。
例えば偶然駅でぶつかって謝った、何てことが実質的に出会う10年ほど前にあっても、それはこの歴史の中では、会ったことになるのではないか。切のない考えを巡らせても仕方がない、と良輔は決意を固めた。
「必ず助けると決めた。やるんだ」
良輔は加奈が生まれた日から朝、昼、夜、深夜、毎日4回、タイムトラベルをするつもりだった。良輔と確実に出会う23歳まで、約32,000回以上のタイムトラベル。1日の限度は充電とメンテナンスで8回できるかできないか。おそらく10年ほどかかるだろうと試算した。
「終わる頃には60近い、のか」
必要な時間を見て、気持ちが折れそうな自分に、良輔は寂しげに笑う。
この使命をやることにしたとしても、最後が肝心だ、と考える。ゆえに連続殺人の被害者である加奈を助けやすい状況にしておかなければならない。もし、今やろうとしている事がうまくいくなら、必ず加奈と会える時間軸があり、そこでは導入しやすい状況でなければならない。
このままにしておくと、その時に殺人者と最悪取っ組み合いになることになると想定される。60を過ぎているかもしれない自分では何もできないだろう。
だから、加奈と話ができる、理解してもらう状況に調整する必要があった。
良輔はインターネットから、当時の連続殺人犯の写真、特徴を手に入れた。あの時、あの駅でこいつに犯罪をさせなければいいだけなんだ。
深夜、良輔は犯行現場の近くだった場所近辺の駐車場に向かう。そしてタイムマシンに乗り込み、9月8日の午前11時にセットした。きっと早めに犯人は現場にいて、実行する機会をうかがっているだろう。犯行を行う前に声をかけて、人を殺める気分が削がれればそれでいい。
良輔は周囲を見回して、誰もいない事を確認すると、タイムマシンの起動ボタンをセットした。