2.この日を超えて
今度の事故現場の交差点も、前の事故の交差点も、そこにたどり着くまでは長い一本道だ。ここに障害物を置いてしまえばいい。良輔は当時使われていた両親の車を運転し、最初の交差点の1キロほど手前に向かう。
そして道のど真ん中、進行方向の真横になるよう停車し、放置した。
「これで時間が稼げるはずだ」
今度は自分の足で、事故のあった交差点に走って向かった。もし途中で想定外に暴走車がきても、最悪は自分が飛び込めばいい。それで助かるなら加奈を助ける自分の目的は達成する。
しかし、時間になっても車は来なかった。今度はうまく回避できたかもしれない。
ただ、もう加奈の無事を確認する時間がない。1時間がこんなに短い時間だとは。しかも、ここはもう既に自分が知っていた過去とは違う。残り少ないタイムリミットまでの時間を使っても、加奈を見つけられるかわからない。タイムマシンの爆発のリスクをとることはできなかった。良輔は駆け足でタイムマシンに乗り、元の時間に戻るとすぐ、新聞を手に取った。
ー暴走車、放置自動車に激突。乗車していた2人に怪我。ー
よし、事故は違う形で回避できている。良輔がそう思った時、新聞紙の記事全体に違和感があった。
「・・・少し構成が違う?」
その理由はすぐにわかった。
ー××市で民家が全焼。女性が焼死体で見つかるー
こんな記事あっただろうか。良輔は記事を読み進めた。
ー10月20日、午前11時15分ごろ、××市○○にて民家が全焼。取り残されたと思われる、同住所の畠山加奈さん(25)が焼死体で発見されるー
「なんで加奈の家が火事になっているんだ」
良輔は訳がわからなかった。事故死を追いかけて防ごうとしているのに、次は火事で命を落としている。
「加奈はその日に死ななければならない理由があるとでもいうのかよ?!」
良輔は膝をついて、新聞紙をクシャクシャに丸めた。加奈の家は良輔の部屋から車で飛ばしたとしても、1時間はかかる。つまり部屋に戻れないのだ。それはもう加奈を助けることができない事を意味した。
だが良輔は諦めなかった。
歴史を大きく変えない力が働いている事はわかった。恐らくは死んだ日の間ならまだ歴史の柔軟性にも融通が効くのだろう。
まるで良輔が使うタイムマシンの能力を知っているかのようだが、遡っている日付の限界まで追えばいい。
ならば、と良輔は考える。
「行けないなら、こっちから行けばいい」
その時からタイムマシンの改造に着手した。タイムマシンは大量の電力を使う為、据付型にしていた。それを移動できるように改造する。
これにはさらに3年の歳月を必要とした。
その間に加奈の家に行ってみたが、焼けた家屋は既になく、うっすらと残る焼け跡や家の基礎が目立つ更地になっていた。
その時、加奈の親に連絡を取ろうと試みたが、行方がわからなくなっていた。もう20年近く経つ。この世にもいないのかもしれない。
ただ、この状態は好都合だった。下手に建て直されたりしていると、過去に移動した時に、当時の物質と干渉する事が懸念事項だったが、これならクリアできる。
良輔は完成したタイムマシンを、あの事故で買い直された、とは言ってももうかなり古くなった車に積み込み、加奈の家だった場所に移動した。
以前にも何度か、加奈の家にはお邪魔した事がある。家族は今、お父さんと2人なんだ、という家は、少し広かったように思う。良輔はその時に庭に何もない場所があった事を思い出し、そこにタイムマシンを設置した。大型バッテリーを搭載し、移動可能になったが、滞在できる時間は40分程になっていた。
「前の時の移動時間を考えれば、実質的には前より長く活動できるようになったな」
そう言いながら、起動ボタンを押す。行き着く時は、2016年10月20日午前11時。もしかしたら燃え始めている頃かもしれない。良輔はタイムマシンから見える世界が再び明るくなるのを待った。
しかし、良輔の予想は外れたことを知る。
加奈の家は、もう燃えた後だった。黒い柱が立っているだけしかない、二階建てだった家は炭の山が積まれていた。
「なんでこんな事に」
良輔はかつて加奈の家だった場所に入っていく。10月20日の間に捕まえる事が出来れば、自分の勝ちだと思っていた。きっと加奈の死はその1日に縛られているとも考えていた。
しかし、その予想を裏切り、恐らくは1日以上の時を遡って加奈はいなくなってしまっている。
加奈がどうなったか答えはもう良輔の中で出ていた。元の時間に戻ってみれば、悲しい現実を突きつけられるだけだが。
「何故、俺は助ける事ができない」
地面に手向けられた花は枯れ、茶色に干からびていた。どのくらい前にこの家は燃えたのだろうか。少なくとも1週間は経っているだろう。
良輔は負けた気がしているこの場所にあまり長居したくなかった。そしてタイムリミットが来る前に元の時間へ戻った。そして、丸まって床に転がっている新聞紙を丁寧に広げて記事を読むと、火事の記事はどこかの祭りの記事に変わっていた。この新聞のこの日はもう、加奈は死んでいる歴史なんだろう。
良輔は例え次に過去に行っても結果は同じ、逃げるようにまた違う時間、違う場所で加奈が死んでいくのではないかと考えていた。
しかし、良輔は諦めてはいなかった。加奈を止める方法はきっとある。そう信じて疑わなかった。