緑風の季-6
どきり、と心臓が小さく高鳴った。
それは、恐らく見たことのない少女の笑顔を独り占めできたことに対してのモノ。
救った報酬。 小さな笑顔。
ティニアには悪い、と思いながらも。 それは、確かな報酬にも感じた。
「おーい……ある程度は集めてきたぞ……ん?」
「あ、ああ、お帰りティニア。」
「ぁ……。」
「ん、起きたか。 それは上々。」
「あ、紹介する。 ティニア=レーディル。 こっちはルナリス=シャーロットだって。」
「ティニアだ。 宜しくな。」
「ルナリス、です。 ルナ、と。」
がさり、と葉を揺らす音と共に彼が戻ってくる。
少しばかりの罪悪感と、嫉妬感。
彼は先ず間違いなく、知っても”どうでもいい”とばかりに態度を示すだろうけど。
ただ、僕自身の悪癖か。 彼の過去を知っている故か。
頭が上がるような、上がらないような。 不可思議な交友関係が構築されているのだった。
「もう一人は……無事では有るんだよな?」
「見た限り、脚に裂傷があるくらい。 治療しようかとも思ったけど、勝手に触るのはね。」
「ぁ……と、治せるんです、か?」
「陽の《精霊術》……肉体の簡単な治癒だったら。 水の方でもいいんだろうけど、時間掛かるしね。」
「だったら…お願いします。 アイネが何か言っても、私から言いますから。」
「んなら俺は薬草でも擦るわ。 多少金は減るけど良いよな?」
うん、と小さく頷いて。
杖――自分で選び出し。 削り出した少しだけ上等なもの――を片手に、詠唱する。
「我が精神力を代償に、守護精霊の一角。 生命を司りし精霊よ、我が影から現れ給え。
『召精、小陽精霊』」
ふわり、と影から小さな灯りが浮かびあがる。
微かに、小さく。 点滅するように飛ぶそれは。 見る人からすれば、妖精にも見えるかもしれない。
僕の陽の精霊……まだ、生まれたてにも等しい。 小さな、小さな希望。
「お願い。 其処の子の治癒の促進を。」
陽の精霊の司る属性は『治癒と浄化』。
肉体本来の持つ、治癒力を強化して癒やすそれは。
強化されれば即座に治す――――《神術》にも近い効果を発揮するけれど。
今は、戦闘後に使用できる程度。 しかも、時間が確実に掛かる。
ある程度効果が似たり寄ったりである、水属性の場合は体内から癒やす為。
毒を受けた時など、体内に致命的な異常が発生した時に、副次効果的に癒やすからどうしても時間が掛かる。
《魔法》の中にも治療する術が有るとは聞くけど、その辺は僕も詳しくない。
「これで……1刻もあれば外見上は大丈夫かな。 あ、薬草込みでね。」
「ちょいと時間掛かるぞー。」
「痕は……どうですか?」
「大丈夫、だとは思う。 気になるなら、時間かけて街でその辺も対応する。」
良かった、と小さく息をついて安心を示すルナ。
何処か余所余所しい、と感じるのは。
まだ出会ったばかりというのもあるけれど……仲良くなりたい、と感じる胸の奥の感情故だろうか。
そんなことを感じないように、感じさせないように言葉を紡ぐ。
「しっかし、此処で一刻ってことは到着は明日になるか?」
「いや、無理してでも強行しよう。 日が暮れる前に街に着いておきたいし。」
「おいおい、随分無茶するな。 怪我人が二人いるんだぞ?」
「だからだよ。 僕等だけで何度も護れるとは思えないし……。」
そんな風に、先々の計画を話し合っていれば。
意見は割れる。
ティニアは”護る”為に安全策を示し。 僕は”護る”為に強攻策を示す。
どちらもどちら。 一定の理を持つ。
「あ、あの……。」
「ん?何?」
「私も、戦えます。 ……戦います。 もう、大丈夫です。」
「戦うって言ってもよー。 お嬢さんに何が出来るんだ?」
「これでも魔術師です、から。 第一階梯、『月』を修めています。」
『月』。 司る属性は『安寧と精神』。
その名前に相応しい属性だと。 そして、彼女の名前の由来にも恐らく納得がいった。
主に不死体や重戦士に強い効果を持ち。
肉体そのものでなく、それと重なるように存在するエーテル体に働きかける。
強い精神消費と引き換えに、強い肉体を持つ相手に有利な属性。
それが『月』――――『月神の加護』。 全てのものに、安寧を。
「月、か。 それなら確かに戦力にはなるが……。」
「こういうってことは戦力に考えていいと思う。 ……三人なら、安全策でいいかなぁ。」
「え、と。 なんで、ですか?」
「野営の時、二人が起きてられればその分楽だからね。 二人って、考えるよりも心強いんだよ?」
恐らくは、昨晩。 一人ずつ起きている状態に陥ってしまったのだろう。
或いは。 見張りまで眠ってしまったか。 ある程度慣れていないと厳しい事では有るんだけど。
「ま、だったらある程度のんびりしていいか。 トキ、飯ー。」
「はいはい、作りますよ……。 薬草は?」
「もう出来た。 さて、塗るかねえ。」
焚き火を組んで、小さく火を灯す。
精霊が使えないから火打ち石。 若干慣れないながらも何とか付けて。
先程汲んできた鍋を火に掛けた辺り。
「――――ん。」
「お。 起きたか?」
「ぇ…………きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「ちょ、おまッ!?」
ばちーん、と大きな音が森を揺らした。