緑風の季-5
ゆっくりと、瞼が開かれるのが分かった。
「大丈夫?」
「え、あ…………?」
「間に合った? それとも――――遅かった?」
「あの……君は?」
ああ、と小さく頷いて。
「僕は、トキ。 トキ=レーディル。 『冒険家』志望の、旅人だよ。」
※※※
倒れていた少女が、僕を上から下から見るのが分かった。
白銀の髪を腰程までに伸ばし、やや青いとすら思える程に白い肌。
身長は僕の鼻元当たり……凡そ145セイル程だろうか。
蒼銀の右眼と、紅銀の左目――――互い違いのオッドアイ。
スタイルが良い、とは決して言えない細い体型に、やや不釣り合いな。
全身を魔術師然とした衣装に包んでいるのに、少しだけ分かる胸元。
右腰には、小剣が二振り。
何処かお嬢様のような気配が抜けない、魔術師の少女の姿。
「……助けて、貰った?」
「そうなるかな……あの子鬼に見覚えは有る?」
周囲に燃え移らないように、草を刈った木々の間に転がる死体が三体。
胸元には抉った小さな跡。
それを見ながら、小さくこくり、と頷いた。
「だったら話は早い、か。 もう一人、ティニアってやつもいるんだけど……。」
「……だけど?」
「今は枝集めに離れてる。 だから、此処には三人だけだよ。」
「――――ッ、そうだ! アイネは!?」
三人。
その少女の隣に眠る、目覚めぬ少女。
紅い、やや明るい髪色を短髪に切った姿。
此方は銀の少女とは違い、真新しい皮鎧を身に纏い。
背に長剣と、腰に投げるためか、短剣の鞘が幾つかと替えの小剣が一振り。
見るからに剣士の、前衛の姿。
「アイネ……この娘の名前?」
「……うん。 よ、良かった……。」
そのまま、へなへなと腰を落とす。
慌てて飛び起きた直後に、その動作の不釣り合いさに。
少しだけ、笑いが浮かび上がった。
「じゃあ、君達二人で?」
「……違う。 一人……誘ってきた男の子、殺されて。」
「そ、っか……。」
死者が出た。
その事実は、決して当人の胸から離れない呪縛に近いものになるだろう。
況してや……恐らくは、初めての依頼だ。
何が原因かは聞く気もない。 言ってしまえば行きずりの関係に近い。
たまたま困っていたから、たまたま助けた。
そんな見ず知らずの人間に出来るのは、多分。 相手が話すまで、落ち着くまで傍にいてやることくらいだろうから。
――――これでも、男だから。 外見だけで判断すれば明らかに美少女の傍にいられる、役得は感じているけれど。
「あー、えーっと、その……。」
「……ううん。 良い。 有難う。」
「運良く”次”ができたんだ。 落ち着いたら道案内を兼ねて、送って行きたいんだけど」
うん、と再度彼女は頷いた。
重症だな――――とは、思った。
意気揚々と出立して一日。 そう、まだ一日しか経過していないのだ。
その間に、人の死と。 自分の死を嫌でも直面する羽目になっている。
心が折れるか折れないか。 それは、彼女等に任せるしか無いけれど。
助ける、助けられる。 行動でそれはできるけれど――――人の心は。 どんな魔術でも、癒せないのだから。
「に、しても……その格好、魔術師?」
「……そう。 まだ、第一階梯だけどね。」
強引に話を切り替え、深く沈む思考を切り替えさせる。
それを知ってか知らずかは分からないけど、彼女は話に乗ってきた。
第一階梯……魔術師に於ける、幾つかある段階の一つだ。
魔術師で属性を3つ。自らの適性のある属性を見つけ、専門とする。
魔法使いで自らの法則を作り出し。 それに適合した魔術を構築する。
魔導師でそれらを用い、他者や自らを導く賢者となる――――。
よく聞くお伽話。
特殊な才能が無ければ、なることすら出来ない特殊な職業。
祝福は、文字通りの祝福にして……呪縛でもあるのだ。
「でも魔術師ってだけで凄いじゃん。 なり手があんまりいない上に冒険家だなんて。」
「……色んな人に、声は掛けられた。 だけど。」
「けど?」
「……見た目と、女二人だけ。 ……下心が見えてたから、逃げたの。」
「ああ……。」
男だもんなぁ、と苦笑する他無かった。
そういう意味では、少年は上手くやったとも言えるが――――死んでは、何の意味もない。
生きてこその物種。 他の人は、それを十分に理解した上で護れると判断したのだろうけれど。
それでも。 心理的なものは仕方なかった。
「それで、さ。」
「……?」
「聞いてなかったけど。 君の、名前は?」
ああ、と口元を少しだけ緩め。
「ルナリス=シャーロット。 ……ルナ、って。 皆は、呼びます。」
そう言って。 小さく、微笑んだのだ。