緑風の季-4
――――間に合ったのは、偶然だった。
彼女たちが逃げた方向は、森の奥からの何も考えずにの逃走だったのだろう。
無意識に、森の深みから逃走しようとする行為。
入り口方面への逃走と、僕達のいた場所。
そして、顕現していた精霊の属性が重なったからだった。
『《精霊術》の基本原理』と呼ばれるモノがある。
幾つかの法則性に沿う物で、細かくは僕自身も理解していない事。
大事なのは、『顕現している精霊の属性』しか発動できないこと。
火であれば、周り毎燃やすのに一瞬躊躇しただろう。
水であれば、押し流す水流で何とかなったかは分からない。
風であれば、不可視のそれが彼女等毎切り裂いていた。
陽であれば、月であれば。 それこそ、物理的な被害はまだ、出せない。
この場所が、森で。 出していたのが、土で。
そして、精霊が居場所を知らせるために足元に潜んでいたこと。
此等が重なったからこその――――奇襲。
そして、間に合った事実。
それは、彼女等だけでなく。 僕等の背を押す、大きな要因にもなった。
「邪魔――――なんだよッ!」
「ティニア! いつも通り!」
「あいよ……片方は任された!」
土の矛槍の効果が切れ、死体が転がったことで。
子鬼は、数瞬。 思考を途切れさせたのか。 足を止めた。
そして、狩人であるティニアは、その隙を逃さない。
ひゅっ、と乾いた音と共に両腰の短刀を二本引き抜き。
風のように後ろに立っていた子鬼の両腕を斬り付け、力が入らないように抑えこみ。
右から回るように、もう一体へも斬り掛かる。
だが、子鬼も其処で反応し、反応が間に合ってしまい。
かきん、と金属独特の澄んだ音が棍棒とぶつかり合い、響いた。
「5、4……。」
精神力を練り上げる。
《精霊術》の基本は、己の精神力を練り上げ、方向性を定めることだ。
対象――――子鬼、単体。
顕現属性――――土。
攻撃方法――――地面からの土で出来た矛槍の具現。
精霊術選定――――『地を這え、矛槍』。
そうする間にも、刻一刻と戦況は変動する。
先に斬り付けていた子鬼も混乱から立ち直り、目の前の敵……ティニアへと躍り掛る。
2対1。 しかも、背後には二人の非戦闘可能者。
遠巻きに伺う限りでは、ほぼ同時に意識を手放した二人。
勝利目標は、二人の救出。
彼女等を囮に使うわけにも行かず、かと言って重戦士でもないティニアが攻撃を受け続けられるわけもない。
必然的に、攻撃を避ける、受け流す。
必死で、時間を稼ぐ。 本来は難しいことを要求される。
だが、そう言った事を補助する、彼自身の祝福と、子鬼自体が小さい事での筋力の低さ。
元々が”対敵に対して、三倍以上の複数”で襲うことに特化している種族である子鬼。
それとの戦闘経験が功を奏し。
数秒の、貴重な時間が発生する。
「3、2、1ッ!」
「――――ッ!」
2、のカウントの段階でティニアは強引に攻撃を弾き、一歩後方へと飛ぶ。
理由? そんなものは単純だ。
僕は、カウント1で発動する。
たった一秒のタイミングを誤認させる、一度タネを理解した相手には通用しない初見殺し。
だが、故に。 それを知らない相手には、意外なまでに通用する。
『起動、地を這え、矛槍ッ!』
精霊が姿を変え、顕現者の精神力を媒介に《精霊術》が具現する。
先程と瓜二つの矛槍となった、それは。 焼き直すように、子鬼を真下から串刺しへと変える。
くらり、とする身体を右足を強く踏ん張ることで立て直し。
残精神力――――残り、何発《精霊術》が使えるかを概算で確認する。
軽い立ち眩み。 精神力欠乏症、第一段階。
この状態なら、恐らく5~6回だろうか、と当たりを付け。
どしゃり、と崩れ落ちる子鬼の真下。 精霊を遠巻きに睨みつける。
変わらない姿。
精霊は、《精霊術》を行使する際の残滓を積み重ねることで成長する。
探索に特化すれば、探索術に特化した形態へと。
戦闘――――射撃術、近接術、妨害、補助その他。
全く同じ成長をさせなければ全く同じには育つことはない――――唯一無二。
だからこそ、精霊術師は弱いと謳われるのだ。
武器を変えようと。 防具を変えようと。
精神力の効率が変動するだけで……直接、威力に変動が殆ど見られないから。
「オラッ!」
残り一体。
そうなれば、もうティニアの独壇場だ。
元々、身体の小ささ、筋力のなさを数で補う種族だ。
1vs1で、敵うはずもなく――――。
『Hoiasoikjxa……!』
独自の言語を遺言に。
首を裂いた傷口から、紅い華が舞い散った。
どさり、と身体が地面へと崩れ落ちる。
「お疲れ。」
「おう。 しかし子鬼相手から逃げてたのか?」
「みたいだけど……まあ、不意打ちでも受けたんじゃないかなぁ。 見るからに不慣れっぽいし。」
「んーで? この後は?」
「起きるまで待機。 今のうちに、取れるものは取っとこう?」
へいへい、と気の抜けた言葉を耳に。
ちきん、と鋼の音が、森へと響いた。