緑風の季-1
生物は火によって生まれ、水によって生き永ら得る。
土によって恵みを受け、風によって清らかさを感じる。
陽によって肉体を保持し、月によってその恵みを神へと還す。
属性とは、神に依って与えられた証であり。
それ故に、生物は恩恵を受け、恩恵を還すモノなのだ。
――――とある神学者の日誌より。
※※※
はらりはらりと葉が舞い落ちる。
無陽の季を過ぎれば、木々から若々しい枝葉も芽吹き。
長かった寒さを乗り越えた証として、暖かい風が優しく吹く。
自然から恩恵を与えられたかのように、動物たちも巣穴から這い出て。
そこかしこに、彩りが目を楽しませる。
そんな緑風の季。
――――ぱすん。
空気を切るように、糸の震える音と。
地面に何かを縫い付ける音が、周囲に響いた。
ばさばさと飛び去る鳥達を見送りながら。
そっと、隣の。 弓を放った少年に問い掛けた。
「どう? 当たった?」
「羽根の付け根に当たったはずだ。」
ガサガサと、藪の中から姿を出して歩いて行く背中を慌てて追いかける。
凡そ60歩程だろうか。
近付けば、暴れるやや大ぶりの鳥の鳴き声が僕の耳にも届き始めた。
やや灰色掛かった、必死で逃げようとするその鳥を見て。
……ごめん、と。 一瞬だけ、目を瞑った。
ティニアは、慣れた様子で。
片手で暴れる鳥を抑えると、腰に付けた短刀で首の血管をそっと傷付け、其処から逆さ吊りで血抜きを始めた。
「取り敢えず、後一匹。 出来れば同じサイズのが手に入ればいいんだが。」
「どうだろ。 街まで後一日くらいだし無理して進んでもいいとは思うけど。」
「薬草と、道中捕まえた動物から考えりゃ銀貨二枚に届けば御の字だぞ? もう少し欲張れよ。」
「あんま欲張りすぎても良くないよ? 必要な分、必要なときだけ。 そうでしょ?」
「それもそうだがなぁ。」
ぽたり、ぽたり。
血液は少しずつ地面を濡らし、傷口からはその分紅い液体が消えていく。
生きるための糧。 捕食者と、被食者。
その関係は、恐らく。 どの生物にも当てはまるのだろうと。
相も変わらず、妙な感傷に浸りながら。
「ま、積極的にもう少し稼いで余裕を持ちたい。 トキ、お前も《精霊術》でどうにかしてくれよ。」
「其処まで万能じゃないんだけどなぁ……。」
やれやれ、とばかりに杖を構える。
未だ《精霊》にさせられることが少ない現状。
恐らく、行うべきは――――。
「鳥と薬草、どっちがいい?」
「薬草で。 ついでに鉱石とかねえかな。」
「此処鉱山のワケがないでしょ……。」
すぅ、と息を吸い。 意識を切り替えた。
「我が精神力を代償に、守護精霊の一角。 緑を司りし精霊よ、我が影から現れ給え。
『召精、小土精霊』」
影から、地面を伝って何かがいるのが見え始める。
ぼこり、とまるで土竜のようにして。
地面の中を伝う何か――――土の下級精霊。
「草の根か……鉱石とか。 後は……人の気配とかしたら教えてくれる?」
返事の代わりに一度土煙。
其処にいた筈の気配は少しずつ溶け、周囲に広がっていく。
「一応これで調べられるけど、薬草かどうかは分かんないよ?」
「逆に分かったら怖いっつーの。」
「いや、そういう風に成長させれば分かるんだけどさ。」
「……やっぱ万能じゃねーか。」
「何処が。 逆にそれ以外じゃ殆ど何も出来ないようになっちゃうよ。 僕等の目的とは違うじゃん。」
「ある程度方向性が決められる事がだよこんにゃろ!」
憎まれ口と一緒に、頭をわしゃわしゃと掻き回された。
突然の事に抵抗もできず、あわあわとするのが手一杯。
「ま、じゃあその土精霊に頼んでいる内に……。」
「ぁぁ……髪の毛ぐちゃぐちゃじゃん。 ……何すんのさ、こんなことしておいた上で。」
「決まってんだろ。」
革袋の中から取り出した、これまた小さな革袋のようなもの。
僕も全く同じものを持っている、それ。
「水汲みだよ。 行くぞ。」
「相変わらず強引だなぁ。 ……ごめんね、ちょっと離れるから。」
……やはり、一度。 小さな砂煙が上がった。