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煙る鳥兜 上

グロテスク:★☆☆

悲しい  :★★☆

恋愛   :☆☆☆


この回では新たな主要人物が登場致します。

トキワは、今までにない緊迫感を味わっていた。

天草から告げられたのは、今回の依頼では危険性の高い怪華を相手にすること。そして、この怪華に対しての依頼が2件、別口で来ているということ。

「それから、僕の依頼者は一人の高校生。相手方の依頼は学校から、と。」

面倒な事になりそうな方を押し付けられた、とトキワはカフェのテーブルで頬杖をついた。咲も隣で真似をして頬杖をつく。

「咲。女の子が頬杖なんてつくものじゃあない。」

「あら、おとうさまいってたわ。トキワくんはとってもオギョウギよくそだてたから、みならいなさいって。」

咲の決して嫌味を含まない純粋な言葉に、自分まで躾けられているのだと思えば天草にしてやられたと、トキワは口を尖らせた。

ふと逸らした視線の先で、カツカツと固い靴底が木の板を叩く音が聞こえ、顔を上げる。すると、ノスタルジイなカフェの雰囲気には合うだろうか、海松(みる)色の軍服を着た青年が此方へと向かってきていた。その風貌と軍帽の影から光る三白眼に怯むところ、彼のトキワ自身より頭一つ程小さく見える小柄さに拍子抜けしてしまう。

「ああ、ええと…、貴方はもしかして、天草先生の依頼でやって来た、もう一人の?」

「天草”先生”はもうよせ。お前ももう自立したんだろう。

しかしお前たち、本当に分かりやすい風貌だな。緑の髪の男に、鬼灯の花を頭に飾った小娘。」

「いやあ、貴方も。」

青年は向かいの椅子に腰かけると、隣の椅子へ荷物を、テーブルの隅に帽子を置いた。そして、恐る恐る近付いてきたウェイトレスにハーブティーを頼むと、右腕を重たそうにテーブルへ乗せる。

「っ、木の、幹…」

殻護(からさね)を見るのは初めてか?」

彼の右腕は見て分かる程膨らんでいて、右手の甲には松の幹のような鱗がびっしりと生えていた。トキワの反応を見て、青年はふっと笑うと袖を捲る。

「俺は乙丸という。これは殻護。纏松(てんしょう)とも呼ばれる。知っての通り、こいつは対象者が強く守りたいと思ったものに憑く。」

「ええ、ええ。よく知っています。僕の名は、思い出せません。天草…さんは、僕をトキワと呼ぶ。」

「サキはサキ。アマクサタタラがおとうさま、セイボがおかあさま。」

随分と流ちょうに喋る事が出来るようになった咲を見て、トキワは嬉しそうに頭を撫でた。咲も嬉しそうに生え揃った歯をトキワに見せる。

「親バカだな。」

「いいえ、僕は親ではないので。…それより貴方の腕の怪華、殻護は、確か安全に取り除く事が出来たはずでは。」

「…ふん。なら単なるバカか。…これは、俺の咎だ。残しておかねばなるまい。…お前こそ、その髪はお前の犯した罪の証ではないのか?」

「罪?いいえ、そんな風に考えた事はありませんでした。ただ僕は、記憶を失う前からあったものを…、記憶を取り戻す為の手掛かりを、これ以上失いたくはないのです。」

目を伏せるトキワを、乙丸はまたふっと鼻で笑った。そして左手を彼に伸ばすと、常盤色の髪を指に絡める。

「そう思わされているのかもしれないぞ。何せ、髪がこうなるのでは、相当怪華はお前に浸透しているのだろう。共存するうえで、自分を生かしておかなければならないという考えを頭に植え付けた。」

「っ……記憶の改ざんまで考え出したら、きりのない話でしょう。こうして話している今でさえ、どこかの怪華が生み出した夢うつつの世界かもしれない。」

「ああ、全くきりのない話だった。本題に入ろう。依頼書は両方読ませてもらったぞ。自殺した生徒の机に毒煙を放つ華が咲いたそうだな。学校側の依頼書には事故死と書かれていたが。」

「まあ、いじめによる自殺と知れたら学校側は多大なる損害を負うことでしょう。ただでさえ怪華の駆除に金がかかるのに。しかし、咲いて間もないのに学校閉鎖にまで追いやるとは、かなり大きな怨念と見える。」

「恐らく遺恨煙(いこんえん)だろう。」

「オンネントリカブト?しんだニンゲンのウラミにはんのうしたのね。」

大人たちの会話に突然口を挟む幼女に、乙丸は驚いた。トキワは平然と会話への参加を許しており、彼もその空間に順応しようと咲へ頷く。

「小娘、よく知っていたな。そうだ。そして、対象の人物の恨みの大きさに比例した濃度、危険度の毒煙を放つ。駆除の方法が決定するまで校内へ侵入することは何人たりとも許さん。俺も、お前たちも然り。いいな?」

「勿論です。それでは、各々依頼者に話を聞きましょう。」

「ああ。それからまた、何処かで落ち合おう。…俺たちが裏で話し合っている事は、学校側にも、お前の担当する高校生側にも好ましくない事だろうから、内密にな。他に何か、質問はあるか。」

乙丸は早速と荷物を纏め始めた。会話の途中に運ばれてきたハーブティーを飲み干し、軍帽を被り直しながら問いかける。

「…乙丸さんが、過去に犯した罪、とは?」

「今回の案件に関しての質問を受け付けると言ったのだ。…まあいい。

おおよそ15年前か。殺されたんだ、母親を。二人で留守番している時だった。…守ってやれなかった。」

「それと殻護と、どういった関係が?」

「…お前、わざとか?……殻護は、守りたいという想いに反応する。とりわけ強いものにな。俺は…、母親を守りたいと強く想ったはずだった。だが、突如現れた殻護が覆ったのは、俺の右腕だった。そのまま体の小さい俺は殻護に覆われてな。その殻を破って出てきた時には、母親は死んでいたよ。

…真新しい情報でもあるまい。お互い無駄な時間を過ごしたな。もう行く。」

「待って。何故右腕を?」

「いい加減にしろ。知ってどうする?お前は怪華の知識だけを蓄えたら良い。その小さな脳みそに無駄なものを取り入れると、それこそ失った記憶の帰る場所が無くなるぞ。」

乙丸は過去の忌々しい記憶を呼び起こされ腹が立ち、嫌味を言ったつもりだった。しかしトキワは立ち上がった乙丸の腕を掴んで離さない。その隣から可愛らしい瞳の熱視線を感じれば、乙丸はすっかり脱力して椅子に凭れ掛かった。

「…絵を描くのが、好きだったんだよ。だからきっと、無意識に俺は右腕を選んだ。皮肉にもそのせいで、一生ペンなど握ることの出来ない手になったがな。…だがそれでいい。文字を書くにも、今は殆ど電子機器を使う。罪を背負って生きていけるだけの身体があれば、それでいいんだ。」

「…、ありがとうございました。僕が記憶を取り戻した際には、きっと貴方にもお話を。」

「サキのせいちょうもホウコクするわ。」

「結構だ。それよりか、必要以上に関わって来ないでくれ。じゃあな。」

乙丸は頭痛でも訴えるように片手で頭を押さえると、ため息をつきハーブティーの代金を机へ放る。再び聞こえた靴底が床を叩く音は、入って来た時よりいくらか大きく響いたように感じた。




「高校生が一人で依頼してくるようじゃ、相当の家だとは思ったが。まさかこれまでとはな…。」

トキワはそう黒く大きな門を見上げ、その上から少しだけ垣間見える豪邸を眺め、半ば唖然と呟いた。

「おとうさまのケンキュウジョほどじゃあないわ。」

「此方はたった一家族が暮らされているんだ。…と、」

インターホンは咲には到底届かない。トキワがインターホンを押すと、門が開きメイドと思わしき女性が屋敷への案内を進めた。

「あの。……ああ、ロボットか。最近普及が進んでいるな。」

「あら!ママ、いらしたわ!貴方、天草研究所の方ですよね?」

「…え、ええ、貴女は、依頼者の成海鈴子様ですか?」

エントランスへ足を踏み入れれば、この空間では若干の違和感を醸し出す今どきの若い女性が顔を出す。突然の家主の登場に怯みながらもそう問いかければ、彼女はこくこくと頷いて客室へとトキワの手を引いた。

「今回依頼したのは、依頼書に書いた通り。私の彼をあの花から守ってほしいの。」

「ええ、ええ。鈴子様の恋人が、自殺された少年と同じクラスだったのでしょう。しかし故意に近付かなければ、煙も無差別に人を追うことはありませんよ。」

「違うわ。そんな単純では無いのよ。」

「鈴子、まずはお客様をソファまでご案内なさい。ごめんなさい、鈴子も焦っているようで…。今メイドが、お茶を持って参ります。」

「いいえ、お構いなく。」

応接用のソファ一歩手前という所で少女に足止めを食らうものの、トキワは冷静に言葉を返す。後から部屋へと足を運んだ母親と思わしき女性に微笑むと、漸く咲もトキワも柔らかなソファへと腰を下ろした。暫くして、先程のメイドが紅茶と茶菓子を持って客室に現れ、器用にテーブルへカップやポットを並べ始める。

「…ええと、随分良く出来ていますね。」

「そうでしょう。物の持ち運びや案内は、それこそ人間より完璧にこなしてくれますもの。」

「ママ、その話は後にしてちょうだい。…それで、さっきの話だけれど。」

「ええ、依頼は僕が考える程単純ではない、と。」

「そうよ。そんな事で彼の為にって、親に頼み込んで貴方のような専門家を呼ぶわけがないわ。

…自殺した男の子。小貫創って言うの。学校側は知らないのか知らないフリをしているのか分からないけれど、あの子、苛められていたのよ。そして私の彼…馬渡颯が、小貫くんを苛めていたグループの主犯格だった。私がそれを知ったのは、小貫くんが自殺して、あの煙を撒く花が教室の小貫君の机に咲いた頃だった。かなり陰湿だったみたい。馬渡くん、もうその頃には学校に来なくなっていたの。家に行ったら馬渡くん、しきりに殺される、殺される…って呟いて、怯えていて…、何とか事情を聞いたら…ね。勿論馬渡くんが悪いのは分かっているし、事が公に知れたら彼も相応の処罰を受けるわ。でも、死んで償えっていうのは…私にはあまりにも耐えられない。…お願い。馬渡くんを助けて。」

「ええ。しかし、被害者の為にも少しは協力してもらうことになりそうですね。」

「馬渡くんの為なら、私何でも協力するわ。」

「いえ、お間違いなく。被害者は小貫くんですよ。加害者は馬渡くんと、そのクラスの生徒たちです。ご安心ください、生きて貴女の元へお返しいたしますよ。」

「そんな…悪い冗談。」

トキワの嫌味な程さわやかな笑みに、依頼者も引きつった笑みを何とか返した。トキワはその返答を敢えて肯定せず、学校付近の地図を広げる。

「あの怪華は、遺恨煙と言います。故人の恨みの大きさに比例した毒煙を放つ華です。今回は室内に咲いたこと、そして窓や扉も閉め切っている事でしょうし、あまり外へは広がらないでしょう。しかしまあ、学校には近付かないことです。僕からの要請が無ければ近付かないよう、馬渡くんにもご報告ください。あの毒煙を長く浴びれば、当然死にますよ。

…僕は、駆除の方法を今一度考えてまいります。…そうですね、明日にはご報告に上がると思いますので、その際はまたご連絡させていただきます。今日は失礼いたします。」

「クッキーもっとたべたいの。」

「咲!」

トキワの言葉に絶句する依頼者を置き立ち去ろうというところ、重苦しい客室の空気を一掃するよう、咲は両手にクッキーを持ってトキワに訴えた。トキワは慌て、茶菓子の皿を見てもっと驚く事となる。

「全部食べたのか!」

「あらあら、ごめんなさいね。足りなかったかしら。此方は、先生のお子さんですか?先生は随分お若いように見えますけれど。」

「ああ、ああええと、彼女は咲と申します。上司の娘と言いますか…、同僚です。本当に申し訳ない。…ご馳走さまでした。」

「こっちはトキワ。ごちそうさまでした。」

「ふふっ、咲ちゃんとトキワ先生、ね。何だか…ありがとう。」

幼い咲の言動に場の雰囲気が少しばかり和んだのを、依頼者も察したようだった。両手のクッキーをリスのように頬張る咲と目を合わせるように屈み込み、何となくお礼を言う。それに対し咲は首を傾げるものの、土産にと袋に入ったクッキーを手渡されると、とても嬉しそうに微笑んだ。トキワはそれにまた頭を下げると、二人は成海邸を後にする。

「みてみて。もらったの。たべてもいい?」

「この後打ち合わせを兼ねて乙丸さんと食事をすることになっているから、止めておきなさい。」

空は僅かにオレンジがかり、この季節ならもう夜が訪れようという時間だった。トキワは携帯電話で乙丸へ連絡を取りながら、もう土産のクッキーへ手を出そうとする咲に注意する。

「…ああ、良かったな、咲。もう乙丸さんも集合できるそうだ。どこに食べに行こうか?」

「ええっとね、サキ、あれたべたいの。リョカンのテレビで、やってたでしょ?ちゅるちゅるってすうヤツ!」




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