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音喰う薇 下

トキワに言われた通り、咲は慎ましく、良い子に振る舞った。見る限りでは、蔭山家は一般家庭と変わらない。結局二人床に就くまで、何の情報も得られなかった。咲がトキワから借りたメモ帳のページは、彼女へのメッセージでぎっしりと埋まっている。その残り少ない白いページへ、咲は『おとうさまは?』と書き、真子へ見せた。

「…お父さん。帰ってくるの、遅いの。いつもね、私が眠っている間に帰ってくるのよ。…今日はありがとうね、咲ちゃん。おやすみ。」

その何の違和感もない自然な返答に、疑う余地は無い。咲は『おやすみ』と書くと、それを最後に、メモ帳を閉じた。


目を閉じ眠りにつき、どのくらいの時間が経っただろうか。突然真子が上体を起こした為、まだ眠りの浅かった咲も目を覚ます。

寝ぼけ眼を擦り、真子と同じように上体を起こしてみれば、彼女は薄暗い静寂の中、聞こえないはずの耳を塞いでいた。月明かりでは心もとなく、咲は急いでベッドサイドランプを点け、メモ帳に『なにかきこえる?』と書いて見せる。

「……ううん。」

真子は首を振った。時計の短針は未だ九を指す。その時、控えめに玄関が開く音がした。父親が帰って来たのだと、咲は察する。メモ帳に『おとうさまはいつも、このじかんにかえってくるの?』と書いて、真子に見せる。

「……分からない。多分、そう。」

曖昧な返答に重要性は見出せず、咲はメモ帳を閉じると再び眠りにつく為真子の背中を摩った。


「あなた、いつもそう言って何もしてくれないじゃない!」

「仕事なんだから、仕方がないだろう!」


ランプの灯りを消そうと咲が手を伸ばしたその時、下の階が急に騒がしくなる。真子は意味もなく耳を塞ぎ、ベッドの上で丸まっていた。

「…そう。マコ、わかったわ。」

咲の柔らかな声は届かない。耳を塞ぐその手へ自らの小さな手を重ね、咲もまた再び、眠りについた。




朝の眩い白い光が、朝を迎える町の窓という窓に差し込んでいく。翌朝、早急にトキワも呼び出され、真子も、真子の両親もリビングへと集まった。

「ぜんぶ、わかったの。なぜオトクイが、このオトのたえないマチでいきられたのか。そして、なぜケンソウをたくわえながら、アシキモノへとかわらず、ただただヒダイしつづけられたのか。

マコには、クセがあるの。ミミをふさぐクセ。しってた?」

その言葉に、両親ははっとして気まずそうに目を逸らす。何も聞こえない真子は、その光景に首を傾げた。

「きのう、マコはよる、ちょうどマコのおとうちゃまがかえってくるジカン、おきあがってミミをふさいでいたの。きっと、それはきのうだけじゃない。ずっと、ずっと。ふたりが、よるにケンカをするようになったときから。

それから、おおきなオトがトラウマになった。ヒツゼンテキにそういうオトをさけ、ミミをふさいでカイヒするの。そして、オトのきこえないいまでも、そういうオトにおびえていきている。」

「成程。その癖が寄生したばかりの音喰を守る事にも繋がったと。昨日も、母親の顔を見て反射的に耳を塞いだのか。…そして、ある程度成長した音喰は都会の音に肥え、恐らくは悪しき怪華へとなるはずだった。」

「そう。それをふせいだのが、マコのうただった。」

咲がそっと、耳を覆うようにしてとぐろを巻いた音喰に触れる。真子はその場の重苦しい雰囲気に怖気づいていたものの、優しく触れる咲の指に安心し、微笑んだ。

「マコのうた、とてもきれいでしょ?サキには、とてもここちよかった。だからきっと、このコも。」

「歌が、怪華の成長に影響するとは、驚きだな。」

「…真子が歌うようになったのも、私たちが上手くいかなくなってきてからかしら。」

俯き話を聞いていた母親が、立ち上がり口を開く。

「私は、家事に育児、内職。あなたは仕事で、疲れていたのよね。いつからか、顔を合わせると喧嘩ばっかり…。それでも、真子の前でだけはって…隠していたつもりだった。いつからだったのかな。真子を怯えさせていたの。もしかしたら、私たちがそうなり始めた頃から…。」

そして何も聞こえない娘に語り掛けるようにしゃがみ込み、そっと細い腕で抱きしめた。

「ごめんね。怖かったわね。ごめんね…。」

その二人を包み込むようにまた、父親も逞しい腕で抱きしめる。真子には何も聞こえなかった。しかし両親が涙を零し、自分に何かを伝えようとしている。

「…聞きたい…。お父さんと、お母さんの声、また、聞きたいよ…。」

「真子さんがそう望むなら、すぐにでも取れますよ。

…大丈夫。音喰はきっともう、真子さんの心に触れていますから。」




「…ええ、もう大丈夫ですよ。真子さんも、…音喰も、無事です。」

真子はベッドの上で、久しぶりに聞く音に擽ったそうに笑う。彼女は、音喰の生存までをも望んだのだ。彼女の耳から剥がした音喰は、今は試験管に収まり脱脂綿にしがみ付いている。

「こんなに大きなゼンマイがくっ付いていたなんて、こうして見てみるとぞっとするわ。」

「処分しますか?」

「ううん。私、大切に育てるから。ありがとう、先生。咲ちゃん。」

「……マコ。どうして、オトクイをいかそうとおもったの。」

「なんだかね、守ってくれている気がしたのよ。…そんな事、あるわけないよね。植物だもの。」

「いいや、真子さんが思うのなら、きっとそうです。

ご請求させていただく金額はこちらになりますが、この件大変異例でして、天草の方にも伝えてから後日、正式な請求金額を記載した請求書をお送りさせていただきます。なに、そう変わりはしませんよ。丸が一つか二つ消える程度です。それから恐らく、真子さんに熱狂的なファンがつく事でしょう。それでは。…咲、行くよ。」

トキワと咲は、真子の両親に見送られ、蔭山家を後にした。トキワは手を繋ごうと、咲に手を伸ばす。しかし、その手を咲は取らなかった。

「咲、手を繋がないと、危ないよ。」

「トキワ、おんぶ。」

「一人でお泊まりが出来る歳なら、自分で歩けるだろう…、ああ、分かったよ。」

咲が足にしがみ付き、身動きが取れなくなれば背負って歩くしか選択肢は無い。それでも、背中に乗せればしがみ付く小さな温もりがトキワには愛おしかった。

「さみしかったの。」

「ぼくもだよ。」

「!…そう。そうね。トキワは、サキがいなくちゃダメなんだもの。うふふ。」

背中から聞こえてくる上機嫌な声に、トキワは不思議と心まで温かくなるのを感じる。これが温もりの連鎖か、生きる糧のようにも思う。ふと、真子の温かな歌声が聞こえた気がした。




音喰う薇 完

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