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腹宿る桃 上


グロテスク:★★☆

悲しい  :★☆☆

恋愛   :★☆☆


生い茂る程の木はない。とは言え、人が多く住む都市部でもない。開発途中で時が止まってしまったような山の中を、トキワと咲は歩いていた。直接的な争いは無かったものの、それをトキワは人の敗北のように感じる。

「雑草は見事に茂っているな。転ばないように気をつけろよ。」

「……トキワ、つかれた。おんぶ。」

「なっ、さっきもおんぶしてやっただろう!歩き始めて間もないぞ。……、ああ分かった、分かったよ、まったく。」

左手に重いトランク、背中に咲を背負うと、トキワはゆっくり、のそのそと熊のように歩みを進めた。

「トキワ、ミがある。」

「実?ああ、本当だ。どれ。」

咲が指差す先には、確かに鮮やかな赤い実がぶら下がっていた。トキワはいくつか摘まんで、その一つを口に運ぶ。決して店に売られている果実と比べれば甘く美味と言えないものの、食べられないものではないと判断すれば、咲の口へもそれを運んだ。咲はこの味を気に入ったようで、もっともっととせがみトキワから実を受け取ると、自分の口へ、時折トキワの口へそれを運ぶ。

「おいしゅうございました。」

「難しい言葉を使うじゃあないか。」

「サキは、ニンゲンより、あたまがいいのよ。」

自慢げに言ってみせると、咲は真っ赤になった手のひらを舐めた。そんな所は年相応なのだと感じながら、トキワはこっそりと意地悪な笑みを浮かべる。

「ほう、そうか。なら、僕に続いて言ってごらん。…そうだな。隣の客はよく柿食う客だ。」

「かつぜつは、べつのはなしだもの!」

「くく、言えないのか。」

「うー!…となりのかくはよくきゃききゅうかきだ!」

少し煽ってやればすぐに応じる咲はやはり子供で可愛らしく、笑いを堪えていたものの背中から聞こえてきた舌足らずな早口言葉に、トキワはとうとう笑いを耐え切れず肩を震わせた。

「くくく、そうか。隣の柿はよく客を食らうか。恐ろしいな。」

笑いながらも何とかそう口にすれば、咲は怒った様子で後ろからトキワに頭突きを喰らわす。

「いたたっ!」

「トキワのいじわる!おとうちゃまに、いいつけてやる!」




それから暫く山道をトキワ一人で歩き続け、背中の少女も眠りについた頃、彼の行く先に民家が見え出した。コートのポケットから地図を取り出すと、依頼主の家を探す。

「こんな所に民家が纏まっているのか。…まあ、都市部がああでは無理もない。」

人口は減る一方。地方の商業施設は次々と姿を消し、都市部に人口は集中した。その結果都市部は人口がパンク寸前、増税により富裕層が生き残り、貧困層は地方へと戻されたのだ。彼らは畑を耕し、家畜を飼い、ほぼ自給自足の生活を送っている。

その民家の群れの中へトキワが足を踏み入れると、明らかに焦燥した様子で誰かを待っている女性を見かけた。そしてトキワを見るなり、その旅人の風貌に待ち人と察したのか、駆け寄って頭を下げる。

「お待ちして、おりました。」

「どうにか日が暮れる前にと急いだのですが、遅くなってしまって、申し訳ございません。依頼者の、佐久間様ですか。」

女性は山道を少女一人抱えて歩いてきたトキワに気を遣う気力も無いようで、やつれた顔で不安げに頷くと、トキワを連れ自宅へ向かった。




「お子さんは今、どのような状況で?」

自分の革靴と咲のサンダルを玄関の隅に並べながら、女性にそう問う。すると依頼者の女性は苦しそうに眉間に皺を寄せ、口を開いた。

「…異変を感じたのは、一週間程前でした。明らかに腹部だけが膨らんでいたのです。何か変なものを食べたの、と聞いてもだんまりで、一度病院に診せに行きました。…レントゲンを撮りますと、あの子の、胃の中には……」

「植物のようなものが、根を張っていたと。」

女性はとうとう顔を覆って涙を流す。トキワにとってよくある事例でも、彼女にとっては初めて見る症状であり、不安で押しつぶされそうなのは仕方がなかった。

「おなかの中で、生き物が育つはずが…!…、しかし、レントゲンを見たお医者さまから、こういった生物の専門家であるという貴方がたのお話を伺いまして、すぐさま紹介してもらった次第です。祐司はずっと、床にふせっておりまして…。」

「そうですか。佐久間様のお子さんだけではない、とも伺いましたが。」

「ええ。うちの子と仲の良い子供たちも同じ症状に…。でも、同様に皆知らない、分からないの一点張りだそうです。…此方の部屋になります。祐司、入るわよ。」

依頼者の女性が扉を開けると、そこには少年らしい子供部屋が広がっている。その真ん中に敷いた布団の上で、確かに目で見て分かる程に腹を膨らませた少年が、目を開けたまま死んでいるかのように、まっすぐ天井を見つめたまま寝そべっていた。

「こんにちは。お邪魔します。」

トキワは少年に小さく微笑むと、背中で眠っている筈の少女を下ろし、壁を支えに座らせようとする。しかしいつの間にか起きていた様子の咲は、下ろされると未だ眠たそうではあったものの、よたよたとトキワの隣に歩み寄って正座した。

「話せますか?」

少年は首を小さく横に振る。

「……。苦しいですか?」

今度は、首を縦に振る。

「貴方は、本当に原因を知らないのですか?」

もう一度、縦に振る。

「…成程。」

トキワは咲にバッグから請求書を取り出すように指示し、一枚受け取るとコートのポケットに刺さっていたペンでさらさらと迷いなく請求金額を書いていく。提示された額を見て、依頼者は目を見開いた。

「い、いくら特殊な病ですからって、こんな額…!この地区のお金を掻き集めたって、お支払いできません!ここまでいらっしゃって分かったでしょう。私たちは都市部に住めないような人間なのです。東京の方だってこんな額、一括ではお支払いにはなれないでしょう?」

自分を卑下してまで言い放った言葉をあしらうようにトキワは女性を一瞥し、請求金額をコツコツとペンの先で叩く。

「まあ、落ち着いて。何も、こんな金額子供の命と比べれば安いものでしょう、なんて言いません。確かにこのまま治療を始めれば、この額を請求させていただく事となります。しかし、お子さんが原因をお話しになれば、ここまでお安くできます。」

トキワはそう、コツコツと紙を叩いていたペン先ですっと線を引き、丸を二つ消した。

「ふ、二桁も…っ?」

「言うなれば、情報提供料です。」

「……大変有難い話ですけれど、息子もよその子供たちも、原因は分からないと…。」

「うそよ。」

「えっ?」

「お子さんと、二人きりでお話をさせていただいても?」

トキワは二言目を口にしようとする咲を制し、依頼者に優しい声で問いかける。女性は戸惑いを拭いきれずにいたものの、金額の書かれた請求書を見て、席を外した。

部屋の中に静寂が立ち込める。僅かに漏れる少年の浅い呼吸だけが聴覚を支配し、外部の音が聞こえなくなれば、トキワはようやく口を開いた。

「小僧、僕に二つ嘘をついたな。」

嘘、という言葉に、少年はびくっと肩を震わす。

「一つ目は、会話が出来ないということ。確かに苦しいだろうが、声は出るはずだ。別に大声出せって言ってるわけじゃあない。

二つ目は、こうなった原因を知らない、ということ。小僧の胃の中ですくすく成長しているそれは、意図的に口に含まないと腹には勝手に寄生しない。小僧と同じように腹を膨らませた友人たちと、共通した何かを食べたはずだ。忘れたなら思い出せ。それと、僕はその”何か”がどんなものか、ある程度目星は付いているんだ。嘘を重ねれば、ばれるぞ。」

そこまで言われれば少年に逃げ道は無い。しかし少年も簡単には口を割らなかった。

「貧乏人の足元見やがって。何も、何も知らないってば。」

「目を逸らすな。」

「本当に、…本当に、何も…」

「……何に怯えている?脅されているのか?僕は、お前を苛めに来たわけではないんだよ。」

揺らぐ瞳に優しく語りかけてやると、とうとう少年は固く結んでいた唇を震わせ、瞳から涙を零した。

「最初は、ちょっぴり庭を探検するだけのつもりだったんだ。でも、甘い匂いを放つ、美味しそうな桃があって。すごく、良い匂いだったんだ…。ただ、甘いってだけじゃあなかったんだよ。俺たち、確かに貧乏だけれど、決して腹ぺこだったわけじゃあない。ただ、我慢できなかった。取り分け種は良い香りで、とても美味しかった。」

「ああ、きっと誘甘香(ゆうかんこう)だ。」

「ユウカンコウ…?」

「ああ。別名、腹養桃(ふくようとう)という。特殊な甘い香りに捕らわれ、その桃に似た実の核部分を食らった生き物の体内で、それからその生き物が胃に取り込むはずだった飲食物、栄養を徐々に奪っていく怪華だ。」

「それじゃあ、それじゃあ俺は、みんなは、どうなってしまうんだ…?…い、いやだ!あの猫みたいになりたくない!」

自分の食してしまった実の正体を聞き、少年は焦りだす。自分の腹部には、確かに自分ではない何か意思を持った生き物が潜んでいる。それが分かるからこそ、怖くて仕方がないのだ。

「まあ、落ち着け。薬はある。とは言え、簡単にやっつけられるものでもないぞ。この薬を飲んだら、一日は何も飲んだり、食べたりしない事。飢えとの闘いになるが、その腹の中の妖者さえやっつければ、好きなだけ食べて、飲んで、お腹いっぱいになれる。」

「早く、早くその薬をちょうだい。」

「その前に、質問が終わっていない。」

「この、鬼!」

「それを言うならお前は親不孝者だ。さあ、どうする。」

薬を片手に、請求書をもう片手に持ってひらひらと揺らせば、少年は憎らしそうにトキワを睨む。しかしやはりトキワには、そんな視線など屁でもなかった。

「…魔女だ。」

「え?」

「魔女だよっ。誰にも言うな。腹の中の化け物より先に、奴に殺される。…二つ隣の家に住んでる。都会から送り込まれてきたんだ。あいつきっと、この地区の人間を皆殺しにする気だ。」

「おいおい、都会にだって魔女なんかいないさ。どういうことだ?何故、魔女だと思った?」

「顔だよ。醜い顔をしてる。でも、その顔からは想像もつかないほど、とても綺麗な声をしているらしい。友達が聞いた。きっと色んな手でこの地区の人間を家に誘い込んで、食べたり、殺したりするんだ。あの桃に似た実もきっと、その為の殺人兵器さ。」

「…ほう。ともあれ、二つ隣の家に住んでいることは確かなんだな。まあ後は、誘甘香の匂いで特定出来るか。」

もうすぐにでも向かおうと、トキワはトランクから少年に渡す薬を取り出す。隣で静かに座っていた咲は、すんすんと匂いを嗅ぐように鼻を動かした。

「もう、かすかににおう。そのいえのユウカンコウか、あるいはだれかの、おなかがはぜたか。」

「ぶ、物騒なことを言わないでよ!やだな、君のような小さな女の子が、そんなこと。…ねえ、魔女の家に行くつもりなの?止めた方がいい、この地区の人間では無いからって、何もされない保証はないんだぞ。」

「問題ない。魔女は怖いが、桃は怖くないからね。」

トキワは安心させるように語りかけながら、粉状の薬を水で溶かし、少年を少しばかり抱き起こすとそれを飲ませ、再び寝かせる。咲に依頼者を呼んでくるよう言えば、とたとたと廊下を走る音が遠ざかり、二つの音となって帰ってきた。

「ど、どうでしょうか。」

「ええ。しっかりとお話になられましたよ。今、お薬を飲ませました。此方は他のお子さんの分。少量の水に溶いて与えてください。それから、お子さんにはもう伝えましたが、この薬を飲ませてからおおよそ一日は、何も食べさせたり、飲ませたりしないで下さい。これで腹の中の怪華は、急激に飢えて息絶えます。勿論お子さんの体に害はありません。ただお腹が空くだけですよ。

請求もこの額に決めさせていただきます。皆さん合わせてこの額ですので、お間違いなく。」

依頼者はトキワの指示に聞き入りながら、手渡された請求額を見て驚く。

「皆で、この額を払えば、宜しいのですか?」

「ええ、ええ。僕は少し用がありますので、それからまた様子を見に伺います。」

「ま、待ってください!…どちらへ?」

「いやあ、ちょっと…、魔女の住む家まで、ね。」



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