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旅立ち

2作目の長編です。処女作より長くなると思われますが、頑張って最後まで書き進めたいと思っておりますので、お付き合いいただけたら光栄です。よろしくお願いします。

人口が減少の一途を辿り、撤去の追いつかない廃墟や、野放図の空き家の増加が目立つ日本の昨今。そんな人々の想いだけを残した無数の亡骸の腹の中で、とある生物が生まれた。

その生物たちは、一見植物と変わりない。しかし、それらは瓦礫に染み込んだ故人の思念をいっぱいに吸い込み、奇怪な力を得ていた。他の生物たちに影響を及ぼすその力は極めて非科学的であり、現在の人類の知能を持ってしても明らかには出来ていない。昔で言う妖怪と酷似したそれらはやがて、“怪華(かいげ)”と呼ばれるようになった。


怪華という未知の生物が人々の生活に及ぼす影響、及びその一連の事件に関しては、警察も医者も管轄外であり、対応出来ない。よってそれを専門に取り扱う1人の研究家が、事件全般を担う形となった。

それがこの、黒く清潔な短い髪の、白衣を羽織った男、天草多々良である。

「トキワくん。君は努めてよく学び、充分な知識を蓄えたね。」

「ありがとうございます、天草先生。しかし、その呼び方は止めて下さい。あまり好きではないのです。それに、他の研究員やお弟子さん方も貴方を真似して、僕をそう呼ぶのです。」

天草にトキワ、と呼ばれた青年は、その名に相応しく、美しい常盤色の長い髪を後ろで無造作に縛っていた。目元の薄いクマは生まれつきのもののようで、今日という日が楽しみで眠れなかった訳ではない。トキワの返答に、天草は面白そうに優しい目を細めた。

「何、素敵だと俺は思うよ。昔は一時期、愛玩動物のような名前が流行ったそうじゃないか。それを考えれば幾分かマシだと、君も思わないかい?それよりトキワくんこそ、先生は止めたらどうだ。今日から君も、先生なのだから。」

「先生…。いいえ、実際に現場に出るようになるだけです。貴方の指示の下で動く事に、変わりありません。」

研究室に二人きりとは言え、あまりに失礼な発言を清々しい程爽やかに言い放つ天草に、ついトキワもため息を漏らす。しかしすぐに気持ちを切り替え、自分に向けられた“先生”という言葉に首を振った。

「そう簡単に考えてもらっては困るよ。俺が指示を出すのは、どの依頼者の元に向かうか、のみだ。それに俺は、君たちの意思を尊重して依頼者を割り振っている。トキワくんは、要望が少ないようだけれど。」

天草は徐に一つファイルを取り出すと、事前アンケートと表された紙の中からトキワの提出したものを取り出す。その用紙の回答欄は、殆どが不問、で埋められていた。

「ちゃんと目を通した上での回答です。どんな案件でも構いません。なるべく多くの仕事を下さい。つまりそういう事です。」

「自分の足で現場まで出向けるからといって、がむしゃらになってはいけない。確かに、トキワ君が来て十年、君の過去に関わる怪華の情報は全くと言っていい程得られなかった。しかしあれから、君の体に異常は見られない。精密検査の結果も問題は無かった。突然身体に異変が起こる心配も無さそうだ。そう焦る事は無いよ。俺も君がここを離れども、研究は怠らないつもりだ。新しい情報が入り次第、至急連絡を入れよう。」

優しく頭を撫でる手のひらに、過去を想う。トキワはそっと目を閉じた。

ぷつん。

記憶の始まりは、そんな音が告げた。目を開ければそこは、洗面台の鏡の前だったように思う。鏡には見知らぬ少年が映っていて、その耳からは何かの根のようなものが伸びていた。そして自分はその根のようなものの端を摘まんでいる。最後まで引き抜くと、その気味悪さに悲鳴を上げて外へ飛び出した。何もかもが見た事の無い世界だった。言葉も知らない。後ろから、必死に知らない女性が追いかけてくる。何かを呼んでいる。それが何かも分からない。今思えば、自分の名前だったのかもしれない。しかしその時はただただ、何も分からないのが怖くて、その全てから逃れるように必死に走るしかなかった。それからはよく、覚えていない。いつの間にかひょいと迎えに来て、文字を一から教え、食べ物や服、眠る場所を与え、怪華について学ばせてくれたのが、天草多々良だったのだ。

「…ありがとうございます。無茶はしないよう、善処します。それでは荷支度を、」

「ああトキワくん、待ちたまえ。君を一人前と認めてはいるし、現場での活躍を大いに期待している。しかし君はやはり、無茶な行動をしかねない。先程述べた事だけが不安の理由では無いんだよ。トキワくんは優しい。その優しさゆえに依頼者や、強いては怪華にまで情けを掛けてしまう場合もあり得る。そういった感情を利用する生物は何処にでも、少なからずいるものさ。

だから、そんな君に良き相棒をと思ってね。来なさい、咲。」

その天草の声を合図に研究室に入って来たのは、萌黄色の髪の愛らしい幼女で、トキワは心底驚いた様子で目を見開く。しかし天草はと言えば微笑んだまま、小さな歩幅で歩み寄る咲の頭を撫でた。

「彼女は俺の娘だ。」

「せ、先生、正気ですか!」

次いで出た更なる驚きの言葉に、ついにトキワもそう問いかけてしまう。

「正気だとも。彼女は俺と怪華の娘。見た目も年齢も3歳児と変わりないが、知能は大よそ13歳の子供と同じだ。人より頭の成長は早いようでね。これから君と外へ出て、色んなものを見て学べば、彼女はどんどん賢くなる。この白い花、綺麗だろう。これは彼女の頭から直接生えているんだ。ママに似て、とても美しいよ。」

微笑み合う父娘に対し、トキワは頭を抱えた。何処から理解し、何処まで受け入れて良いのか分からない。しかし知能はどうであれ、こんなに小さな子供と行動を共にしろという指示は、鵜呑みには出来なかった。

「お相手は、青母(せいぼ)ですか。」

青母。別名、孕鬼灯(はらみほおずき)。哺乳類と同じ様に身体へ、果実の部分を子宮代わりに子供を宿し産む事が出来る怪華である。人の不安や悲しみを喰らって育ち、そういった感情をブルーと呼ぶ事から、天草がそう名付けたようだ。

「いかにも。但し、これはあくまで実験だ。人間のように、実際に愛し合った訳ではないのだよ。まあ、君も深くは知りたくないだろうから。」

「そうですね。…しかし、彼女の前でそれを言うのは、あまりに酷では?」

実験の末に生まれた生命体。それを知って、咲はどう思うのだろうか。トキワは小さな声で、天草に問いかけた。

すると、覚束ない足取りで、咲がトキワに歩み寄る。それをトキワが目で追うと、肩から掛けた大きな鬼灯のバッグを、彼に見せるように持ち上げた。

「おとうちゃまが、つくってくれたの。サキがはいってた、ミよ。おかあちゃまと、おとうちゃまからの、おくりものなの。サキは、トキワとおなじ。」

自分も半ば実験体に過ぎない事。そして、今まで天草から受けた愛情を、トキワは思い出した。咲の頭を優しく撫でると、彼女はまるで人間のように微笑んで見せる。

「…咲は、良いのかい?僕の旅は、とても長い。お父さまや、お母さまに会えない日が続くだろう。いくら知能は高いといえ、寂しい気持ちを我慢できるのかい?」

「もちろんよ。サキは、トキワをまもるの。おとうちゃまが、そういったの。トキワが、わるいひとに、ついていってしまったり、さみしくて、ないたりしてしまわないように、サキがそばに、いてあげるのよ。」

トキワが咲の言葉に驚いて天草を見れば、可笑しそうに肩を揺らして笑うのを我慢していた。トキワはそれを睨みつけると、優しい顔で咲に向き直る。

「分かった。同行をお願いしよう。お父さまと違って、しっかりしているようだから。」

彼が仕返しにそう言ってみても、また天草には笑われてしまい、自分の未熟さを思い知らされ唇を噛んだ。

「ふふ。さあ、荷支度をしておいで。通帳とカードは咲のバッグに入れておくよ。忘れ物はしないように。エントランスで、咲と待っているから。」

「分かりました、分かりましたよ。もう子供扱いは止して下さい。」

すっかり拗ねてしまった様子のトキワは、天草の研究室を出て自室に戻る。胡桃色のトランクに荷物、それから一時の強がりと寂しさも詰め込んで、ぱんぱんになったそれを無理矢理閉じると、自室を見渡した。

「世話になった。ああ、もう僕が、ここに戻って来られぬよう、祈ってくれ。」

弟子たちが旅立つのは、決まって春ではない。度々訪れる別れの日に、日々研究に明け暮れる研究員たちは目もくれなかった。いつもの挨拶が、別れの言葉代わりだ。エントランスには、天草から貰ったのであろうお菓子をもう食べてしまっている咲と、微笑む天草の姿があった。

「随分大荷物だ。大丈夫かい?」

「大丈夫です。貴方と同じ様に施設に籠りきりでも、僕は運動していましたから。」

「長旅になる。必要なものは揃ったかい?」

「大丈夫です。足りなければ買い揃えます。」

「寂しくなるね。」

「………。」

ぴたりと言葉が止む。静寂の中、咲がお菓子を頬張る音が響いて、エントランスに満ちた青い感情が、少しだけ和やかなものに変わった。

「大丈夫です。咲が、いますから。」

そう、トキワは咲の小さな手を、そっと握る。咲もその大きな手を信じるように、握り返した。

「いってらっしゃい、咲。トキワくん。」

「いってきます、おとうちゃま。」

「いってきます。」

左手に、積み重ねた人生の重みを。右手に、小さく温かな命を持って、トキワの長い旅が始まった。




旅立ち 完

初回お読みいただき、ありがとうございました。興味を持っていただけましたら、此方もお読みいただけると有難いです。

この長編小説ですが、基本的に初回と最終回以外は話に繋がりを持たせず、短編としてお読みいただけるようにさせていただきます。理由としましては、読者様それぞれに苦手な分野というものがあると思われるからです。よって、今後のお話の前書きにて、注意が必要なものは☆、★でこのように表記させていただきます。

グロテスク:★☆☆

悲しい  :☆☆☆

恋愛   :★★☆

尚、全年齢対象の上での表記ですので、それほど過激な表現はございませんのでご安心ください。追加した方が宜しい項目がございましたら、ご連絡いただけると幸いです。

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