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 最高学年になって、バスケ部の活動も忙しくなった。公式戦まで間がないこともあって、練習後のミーティングにも力が入る。今年こそは県大会に、というのが僕たちが先輩から受け継いだ悲願だった。学校を出る時には既に八時を過ぎていた。

 僕の家は第三公園のすぐ近くにある。小三の時、僕が引っ越してくる前は団地だったが、駅前の再開発に合わせて取り壊され、分譲住宅が立ち並ぶこととなった。団地の真ん中にあった小さな公園も、その時に一緒に取り壊され、新しく大きな公園が作られた。名前も「仙遊台公園」と改められたのだが、そう呼んでいるのを聞いたことはない。

 同じ部には、僕の家と同じ方向の友達はいない。みんな、昔からこの辺に住んでいるので、中央公園近くのマンションの子供がほとんどだ。僕の近所に至っては小さな子供がいる家ばかりで、中学生は二軒隣の二年生以外には知らない。

 第三公園までは遊歩道が整備されていて、街灯も明るく、今まで帰りが遅くなっても不安を感じたことなどなかったのだが、朝の坂城の話を思い出して、嫌な気分になる。公園に近づくなと言われても、家が近くにある以上、そういうわけにはいかない。いつもならイヤホンを耳に突っ込んで、最近はまっている洋楽を楽しむところだが、今日はとてもそんな気分になれない。耳をそばだてて、あるいはたまに振り返って、不審者がつけてきていないか、確認せずにはいられない。

 夜がこんなに静かだということを、忘れていた。冷たい風が、立ち並ぶ家から伸びた木々の枝を揺らす。明るい窓の向こうから夕飯の匂いが漂ってくる。どれもこれも、僕とは無関係に流れ去っていく町の風景だ。この時間では、家に着いてもひとりぼっちだ。食卓の上に用意されている夕飯を温めて、音楽を聴きながらただ掻き込むだけ。いつもと同じことの繰り返しのはずが、なぜだろう、静けさを意識したとたん、自分が世界から切り離されているような気分になってくる。

 左手の先に公園をぐるりと取り巻く木々の頭が見えてきた。深緑に色づき始めた葉が、街灯に照らされて白く燃え上がって見える。ここを右に入れば、公園の前を通らずに家に帰れるが、僕は自分がそうしたくないと考えていることに気づいた。別に淋しくなったわけじゃない。坂城の言うとおりにするのが癪だったわけでもない。ただ、第三公園がどんな様子か気になった。

 公園の正面口には「仙遊台公園」と表示されている。そのすぐ上には、公園利用者向けの注意事項が記載されている。その他には、不審者注意やチカン注意と書かれているでもなく、いつもと変わらない様子だ。外から覗くだけのつもりだったが、気づけば公園の中に入っていた。

 ベンチにも、ブランコや滑り台にも誰もいない。当たり前だ。一体、何が問題だったんだ。少しでもびびっていた自分がバカらしい。ベンチに腰を下ろすと、冷え切った座面が火照った体に心地いい。せめて、一曲だけ聞いて帰ろうと思って、カバンからアイポッドとイヤホンを取り出すと、背後の植え込みからガサガサという音が聞こえてきた。

 誰もいないと思っていた僕は、急いで身を屈めた。心臓の音が耳の奥でこだまする。相手にも同じ音が聞こえるんじゃないかと、胸を抑えつけるが、僕の思いとは裏腹に、心臓はますます激しく鼓動する。

「レブ・レネ・ヘベラ・リ・ルネア……」

 草むらの中から妙な文句が聞こえてくる。聞いたこともない言葉だ。こんな夜中に何をしているんだ。

「……死の天使アレクセリアの御名において、我は汝に命ずる。我に仇為す者共に、我に倍する苦しみを与えんことを……」

 ベンチの隅から覗いてみると、高い木に囲まれた暗がりの中、狂気じみた顔が奇妙なまでに青白い光に照らし出されている。これは、呪いの儀式だ。強い光が生み出す陰影が、男の顔を悪魔そのもののように見せている。首の後ろが痺れて、どうすればいいのか、考えることもできない。こういう儀式は、人に見られちゃいけないはずだ。この男が僕の存在を知ったら、何をするかわからない。もしかしたら、儀式の生贄にされるかもしれない。くそっ。忠告を聞いておくべきだった。

 その時、光が突然消えた。

「くそっ! 電源が……」

 男はスマホを拾い上げ、画面を叩いている。光はスマホのものだったんだ。

 それより、呪いの儀式もネット頼みだということに、全身の力が不意に抜けた。鼓動が次第に落ち着いてくるのを感じていると、立ち上がった男の顔が、街灯の光に照らし出された。それは、柚木凜太だった。


 翌日の教室は、朝から騒然としていた。ほぼ同時に学校に到着した律野は僕を見て「第三は?」と問いかけてきた。

「何の話だよ」

「てことは、何もなかったってことか」

 思わず、教室を見回した。柚木はまだ来ていない。

「昨日の夜、九時半ぐらいかな。中央公園でボヤ騒ぎがあってさ。いや、ボヤっていうか、爆発?」

「そうそう、そうなんだよ」

 席に着いた僕らの間に割って入ったのは、菅野だ。柚木をいじめていた三人のうちの一人だ。

「そういえば、菅野の家って、中央公園のすぐ裏手なんだよな」

「さすが律野、よく知ってんな。ほんと、あのあと、消防車とかパトカーとか来て、すげー騒ぎだったもん。俺、結局ほとんど寝られなかったし」

「結局、何だったの」

「いや、俺もよく分かんね。朝もなんか黄色いテープが張ってあって、中に入れないし。ただ、多分、爆弾が仕掛けてあったんだと思うぜ。すげー音がしたもん」

「昨日の坂城の話って、このことだったのかな」

「犯行予告があったとか」

 僕は、昨日の夜のことを思い出して、肝を冷やした。もしかしたら、僕自身が爆発に巻き込まれていたかもしれないんだ。

「そんな危険なことなら、ちゃんと連絡するべきだと思う」

 僕は怒り混じりに吐き捨てたが、律野は首をかしげる。

「だって、そんなこと言ったら、公園に集まるやつが出てくるだろ」

「そんなバカなこと。ほんとに巻き込まれたらどうするんだよ」

「ほら」

 律野が黒板の方を指差すと、何人かの男子が集まっていた。神妙な顔もあれば、ふざけた表情も見える。黒板には表が書かれていて、横軸に日付、縦軸に一時間区切りで時間が書かれていて、表の中には集まっているメンバーの名前が次々と書き込まれていく。

「見回りでもするつもりなんだろ。あ、水田さんが行った」

「これで終わりだよ」クラス委員の水田さんは、こういうことを黙って見過ごすタイプではない。「坂城に報告するかもね」

「いやいや、高村は水田さんのキャラを分かってないなあ」律野は頭の後ろで手を組んで、椅子の前脚を浮かせている。「見てなって」

 水田さんは、集まった男子としばらく真剣に話をすると、おもむろに表に名前を書き入れた。

「おっ。水田さんが行くなら、俺も行こうかなー」

 菅野が口ぶり同様の軽さで輪に入った。水田さんはかわいい、というより美人タイプだ。いつでも冷静で、一見すると冷たそうに見えるところもあるが、実際はみんなに分け隔てなく気を遣える人だ。

「高村は?」

「何が」

「水田さんが行くんだよ。お前は?」

「何で」

「じゃあ、俺は行くよ。面白そうだし」

「なんだよ。一緒に行ってほしいなら、そう言えよ」

「はいはい。そういうことにしといてやるよ」

 結局、自称「自警団」はクラスの半分以上を巻き込んだ大組織になった。朝の時間だけでは話がまとまらず、水田さんと重森、二人のクラス委員を中心に、第三公園と中央公園を五時から十一時まで見回るシフトが組まれた。ただ、九時以降は家から抜け出せる生徒が少ないので、家が近い人間がリーダーになって見張ることになった。うまく抜け出せた人は、リーダーの指示に従うという形だ。当然というか、仕方なくというか、僕は第三公園の深夜リーダーになった。

「水田さんが夜、家を抜け出してこれるといいな」

 律野も同じ第三の担当だが、お母さんが相当厳しいので、夜出られるかは怪しい。これ以上、茶化されるのは御免だったが、反面、律野の情報力や行動力を期待できないというのは、僕の責任が増えたということも意味する。

 それよりも、僕には一つ懸念があった。それを払拭するためのベストな方法を、一日中考えていたのだが、どうしてもこれしか思いつかなかった。

「ねえ、柚木君。僕たち、今夜から第三公園と中央公園の見回りをするんだけど、一緒に行かない?」

 僕の声が聞こえていたクラスメイトがざわつく。分かっている。彼を巻き込めば、僕たちの行動が外に漏らされる可能性がある。しかし、見回りのメンバーが柚木の儀式にばったり遭遇するなど、想像するだに恐ろしかった。僕は、これ以上、柚木を攻撃する理由を作らせたくなかった。

 柚木は昨日の夜と同じ、憎しみと冷たさの入り混じった目で僕を睨み付けると、何も言わずに教室から出て行った。僕に向きそうだった非難の声は、結果的に不愛想に誘いを断った柚木に向いた。複雑な気分だ。もっと、いい方法があったのかもしれない。

「高村君の行動、わたしは評価するよ」

 肩に手を置かれて振り返ると、水田さんが柚木の出て行った扉を見据えて言った。細くて長い指先が、僕の全身を金縛りにした。目を上げると律野がうなずきながら口の端を上げていた。こうやって律野の情報は増えていくのだと、妙に納得した。


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