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ファンタジー作品の騎士に必要な設定とは 後編


 前編では史実の騎士がどのような存在であったか、そして今回考察するファンタジー世界に騎士がどのような様子であるのか、ということを書きだしました。並べてみると大きな差があるのが良くわかります。


 後編ではファンタジー世界で騎士団を成立させるために、どのような条件が必要なのか、どのような軍隊が参考になるのか考えていきます。



--前編--

・ファンタジー世界の騎士団に所属する騎士

・史実の騎士団

・常備軍として存在するファンタジー騎士団の属性

--後編--

・騎士団成立のための2つの問題

・騎士団を国に所属させるには

・ファンタジー世界の騎士が持つ可能性


---


・騎士団成立のための2つの問題


 ファンタジーの騎士団が持っている特徴をまとめると、"国が所有する個人技をもとにした少数精鋭の実力組織"となります。

 近いのは先ほども書いたイタリアのランスという単位を持つ傭兵か、もしくはミッションインポッシブルに出てくるような現代の特殊部隊であり、これは史実近世の軍隊とは全く違います。


 今まで書いてきた通り、ファンタジー世界が史実よりも早く中央集権国家を完成させる可能性は十分にあります。主権国家体制を敷いてしまうと定義的にも雰囲気的にも近世になってしまうので、ローマ教皇や神聖ローマ皇帝のような、より上位の地位を用意しておきましょう。魔王に対抗するために音頭を取る存在、としておけば理屈は通ります。


 ここで問題なのは、なぜそこそこ大きな経済基盤があるのに個人の武技に頼る騎士という形態でなければならないのか、そしてどうすればそれらが国に従属するか、ということです。



 史実でなぜ騎士が近世になって戦列歩兵にとって代わられたかといえば、マスケット銃や大砲が盛んに研究されたことにあります。武器の製造技術力や火器の問題をクリアするために統治体制は変わっていきます(マスケット銃への変遷や問題点については第28話)。

 銃兵部隊は小規模な領地で編成できるものではなく、また大規模に編成された軍隊に騎士では勝つことができませんので、次第に領地は統合され、大きな一つの国が形成されます。


 もちろん騎士衰退の理由は単に銃が出てきたからということだけでは説明できません。ペストや東方との交易路によって封建制が崩れ、軍事階級の地位が下がっていき、銃が出てくるのです。史実ではだんだん個人の才覚に頼らない軍隊を生み出す方向になっていきました。


 しかしマスケット銃や大砲などの火薬兵器はファンタジーに出てきません。結果的にみれば火器の登場が時代の大きな転換点になったことは疑いようもなく、これが無くなれば歴史は大きく変わることでしょう。

 つまり、経済基盤が史実よりも大きかったとしても、個人武技に頼った軍隊が存在する可能性はまだあるということになります。加えて、魔法の素養や高い威力を持つ剣技など、個人の才覚に頼らなければならない戦闘技術はファンタジー世界では豊富に存在します。5000人の銃部隊と100組の騎士を比べて後者の方が高い戦闘力を発揮する、もしくは戦争の形態的に高効率であるという(現代のような)世界であれば、少数精鋭の軍隊が出来上がります。




・騎士団を国に所属させるには

  

 もう一つの問題はなかなか厄介です。

 なぜ騎士や騎士団は国に従属するのでしょうか。

 冒険者ギルドが冒険者を従えるのはなかなかに苦労しそうだと書いてきましたが、騎士であっても同じような問題があります。勇者のその後についての話も同じで、これをクリアしなければ、すぐに武力を担保にした集団が独立をして群雄割拠の戦国時代が始まってしまいます。



 そもそも史実の(普遍的な世俗の)騎士からして、その性質は農園を基盤とする軍隊で、ファンタジーの騎士団の設定とは相性が悪いのです。

 史実の騎士団にしても宗教組織は国家権力と相性が悪く、さらに宗教的な理由を主人公たちに課してしまうと書き手読み手共に感情移入しにくいという問題があるために参考にはしにくいでしょう。主人公が個人的に天啓や神託を得て旅に出る程度ならともかく、組織だった宗教活動は現代のファンタジー作品の風潮とは合いません。


 なんとかファンタジーの騎士たちには国に所属する意識を持ってもらわなくてはなりません。何しろ彼らは自発的に騎士になろうとするのです。


 

 考えられる方法は2つです。

 1つは騎士の価値を高め、名誉や誇りある職業だとすることです。これには非常に身近な例があります。

 日本の武士団です。平安時代に武士の戦闘形態は生まれ、続く鎌倉幕府は武士の価値観を多く作り出しました。これらは数百年続くほどの物になるのです。

 王に認められた将軍による軍事政権が開かれることで、騎士学校や入団試験などの制度や冒険者ギルドの排除といった、ある程度の権力がなければ叶わないようなこともできそうです。

 力を担保にした統治システムは南北朝時代にもなると下克上の風潮を生み、足軽による集団戦闘が一般的となって、戦国時代の馴染みある合戦の様子になっていきますが、王権を保証する何らかのイベント(例えば神託や祝福などの特殊技能)を準備することで、これらは回避することができるでしょう。


 また中世スラヴ諸国のシュラフタやドルジーナといった数々の軍事階級も近しいものがあります。

 スラヴ系諸国は(非常にざっくりというと)大きな領地を治める公が何人かいて、そこから大公を決めるというような、ヨーロッパとは少し様子の違う伝統がありました。

 公に仕え、様々な軍事行動を取ったり助言を与える軍事貴族は高い戦闘力を持っていました。彼らの協力を得なければ王は何もできなかったため、時代が進むにつれてやはり議会制や専制を乱す原因になって解体されてしまいますが、彼らも見ようによっては国に仕える個人武技に秀でた集団です。



 もう1つの方法はマスケット銃のような立ち位置の武器を作ってしまうことです。

 高い戦闘力を発揮するための兵器を国が持っていて、国は騎士にそれを与え、騎士はそれを使用するために国に所属しているという状況を作ってしまおうということです。


 満たすべき条件は、個人では作成できないほど高価、高い技術力が必要、運用費がかかる、個人で十分運用が可能である、という4つです。


 前3つの条件はマスケット銃と一緒ですが、少数精鋭の軍隊にしたいのであれば、集団でなければ効果を発揮できない武器では困ります。

 杖や本など、魔法に関係する物が良いでしょうか。国はこれらの作成技術を持つ集団を早めに取り込み、独占することができれば、騎士たちを従えることができるでしょう。


 戦車に似た物を感じますが、想像しがたいのであればガンダムをはじめとした一騎当千の兵器を扱う主人公が、その兵器を扱う上でどのような苦労をするかを観察してもモデルとすることができそうです。


 ただ人体に関わるような設定、例えば強力な魔法を撃つために魔力を体内に取り込む、身体のメンテナンスが必要、というような設定を作ってしまうと、物語が不気味で暗い雰囲気になりかねないので注意した方が良いかもしれません。



・ファンタジー世界の騎士が持つ可能性


 まとめると、ファンタジーに登場する騎士団の形態を成立させるためには、軍事階級が王によって十分に権力を与えられる、王の権威が武力以外の物で保障されている、個人で運用可能な軍事力が開発されるということが条件となります。

 

 この条件は史実では達成できませんでした。

 王の権威を保証する神秘も、個人の武技を強化する魔法もなかったためです。


 しかしファンタジー世界にはどちらもあります。

 ファンタジー世界の騎士は史実のものと全くかけ離れていたとしても、それは2,3の設定でどうにかなってしまうのです。


 ただ、この騎士団という軍事形態が実際に上手く運用されるかは不明です。


 複数のチームが首都に本部を置く以上、戦地との行き来がスムーズでなければならないでしょう。少数精鋭なために鉄道ほど大容量でなくても構いませんが、飛竜などのなんらかの高速移動手段がなければ広大な領土を守ることはできません。


 また個人の武技に頼るということは、その個人を失うことを極力避ける運用をしなければいけません。

 中世イギリスでロングボウ隊が廃れたように、歴戦の戦士の最大の弱点は人員補給が効かないことにあります。否定されがちな回復魔法をある程度許容し、簡単に戦闘能力が失われないようにしなければあっという間に頓挫するでしょう。

 そして一方で武力を持った一個人一集団が長くいるという状態は、王威に影を落とします。王や文官が権力基盤を作ろうと躍起になれば、それは腐敗の温床となってしまうことでしょう。宮廷がしっかりと機能するように、権力を保証する何かしらの装置は用意しておかなければなりません。


 ファンタジーの騎士は史実現代の軍隊のような高い専門性を持った兵士と似ています。史実現代以上に戦闘が激しいのであれば、学校や道場のような教育制度の整備は急務です。"個人武技に秀でた兵士の生産体制"を早く作らなければいけません。

 勇者問題の時にも触れましたが、もしも国同士が戦いだしたのなら結局は数の勝負になるわけで、その場合はすぐに補充が効かない軍隊では困ってしまうのです。ただ主権国家体制が敷かれなければ国同士で本格的に殴り合うことはおきません。魔王がいるのであれば、まだ大丈夫でしょう。



 このように運用段階に起こり得る問題を含め、中世以外、ヨーロッパ以外の時代地域から支配体制を持ってきて世界を構築する必要は出てきます。その際には地理的要因や異民族といった要素まで考慮することになります。それらを取り入れつつ、どこまで"中世ヨーロッパ"の雰囲気を出すことができるかが、ポイントとなってくるでしょう。

 しかし史実と全く形態の違う社会や軍隊でも、ある程度の説得力を持たせることができるのは興味深く思えます。


 今まで書いてきた通り、ファンタジー世界では様々な要因によって、史実と全く違う歴史を歩む可能性は非常に高いのです。収斂進化的な発想で史実とファンタジーは同じような道を進むのかもしれないとも書きましたが、魔法という要因が投入されればそれはもはや同一の環境ではありません。

 特に"世の姿が明らかにされ始める"近世以降、そのズレは顕著なものになると考えられます。


 騎士は時代の流れの中で興亡した軍隊です。時代の流れが変われば行きつく先も当然大きく変化することでしょう。設定次第でどうにでもなる軍隊とも言えます。

 騎士は定番中の定番、悪く言えば使い古された職業ですが、まだまだ彼らは大きな可能性を持っているのではないでしょうか。

 


 ご感想、評価、ありがとうございます。

 長らく更新停止していましたが、今回のようにネタがあったらまだ書きたいとは思っていますので、もし何かあればお寄せください。この作品のこれを考察してほしいでも大歓迎です。


 "なろうファンタジーの騎士を考察しよう"、"辺境ギルドの分析者"、"幻想歴史読本改訂版 (カクヨム) "、それぞれ公開中です。

 本小説ともども、どうぞよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] ふと思ったのですが、なろうファンタジーの騎士団が少数精鋭で個人技重視なのは彼らが文字通り特殊部隊か治安部隊に近い部署と考えることはできないでしょうか。 少なくとも私は、このような少数精鋭で個…
[一言] ファンタジーの騎士団の誕生に似た史実のエピソードとしては足利義満が守護大名などの次男三男などを集めて奉公衆という親衛隊を結成した事例や、織田信長がやはり織田家臣の次男三男を集めて親衛隊を結成…
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