奴隷の存在から見るファンタジー 1.史実の奴隷
お久しぶりです。またちょっとだけネタが溜まったので、更新を再開します。もう章構成とか気にしないでください。いつか整頓します。
奴隷が出てくるファンタジー小説は多いと思います。
エルフや獣人、戦地となった農村の娘などが奴隷として登場し、多くの場合、過酷な身分制度の象徴として物語の中で役割を持っています。
口に出すか態度に出すにとどめるかは様々ですが、主人公のほとんどが嫌悪感を示します。そして、仕方ないと物わかりの良さを示す主人公もいれば、解放に向けて動く熱血系主人公もいます。
物語の主軸に革命やそれに準ずるテーマが置かれないのがファンタジー小説なので、嫌だと思いつつも必要悪として認めざるを得ないという立場をとるのが一般的な流れでしょう。物語の序盤であれば助け出し、ヒロイン候補となる流れが良くあります。
もしくは主人公自身が奴隷の身分からスタートする場合もあります。剣闘士の存在も認められるので、身分は低いが戦闘能力は有するというシチュエーションが必要とされているのでしょう。
前時代的な身分制度の象徴、もしくは成り上がりの土台として、奴隷はファンタジー小説に登場しています。
しかしよくよく歴史の授業を思い出してみれば、奴隷が出てくるのは古代ギリシアや近世アメリカだったのではないでしょうか。中世ヨーロッパの中では奴隷の存在感は薄いといってよいでしょう。本小説の中でも奴隷に言及する機会は圧倒的に少なかったことと思います。
そこで奴隷とは何だったのか、社会的役割はどうだったのか、ファンタジー小説における奴隷とはどのような存在になり得るか、という事を見ていきたいと思います。
今回はヨーロッパの歴史を軸に、どのような人がどういった奴隷になったのか、という事をまとめていきます。
--史実での奴隷--
現代では禁止されている奴隷は、社会の中でどのような立ち位置だったのでしょうか。
奴隷は原始的な社会では一般的であり、どの地域でも存在していたようです。生贄や労働力として利用されていました。高度な社会性を持つ一部の昆虫も奴隷を持つことがあるようです。
労働が美徳とされなかった古代ギリシアでは奴隷が様々な仕事を受け持っていました。
ガレー船の漕ぎ手や農場、鉱山などの数が必要な仕事場から、日常的な雑用までなんでもこなします。戦争が多かったので供給が多く、それをつかって社会が構築されていたのです。
このような社会では奴隷は「安価な労働力」として扱われました。
一方で古代ローマの初期では戦争は活発に行われず奴隷は多くなかったので、中小規模の農場で貴重な労働力として仕事に従事しました。奴隷制農場とはいえ使い潰されるようなことはなく、「高価な労働力」でした。
しかしローマが覇権を握る時代が来ると奴隷と土地を獲得するチャンスが増え、貴族がそれを使用した大規模農場を始めます。大量で「安価な労働力」によって作られた農作物はローマの繁栄を強力に支え、中小規模の農場は廃れます。
こうして奴隷制に頼った社会構造が出来上がりますが、戦争する機会が減少すると、奴隷を使い潰すことで利益を上げる大規模農場は立ち行かなくなります。
大規模農場の出現や戦役によって没落した農民が代わりに小作人として働くようになり、これが後に領主と農奴となります。こうして中世の封建制に移っていくのです。
ローマではこのように使い潰される「安価な奴隷」の他に、特殊技能を習得した「高価な奴隷」も存在しました。
教養や特殊技能を持った奴隷は重宝され、高値で取引されました。政治家の奴隷は官僚的な役割も果たしたようです。奴隷の主人は用途に合わせて教育を受けさせたのです。コロッセオで働く剣闘士は、おそらくこちらに属していたことでしょう。このような奴隷は奴隷身分から解放されることもあり、一般的な奴隷のイメージとは違う待遇を受けていたようです。
このような下敷きがある中世ヨーロッパの社会では、奴隷は必要とされませんでした。
農地は農奴が耕すし、特殊技能を持った者はそれに見合った地位を手に入れているからです。
では奴隷身分に身を落とすものがどうなったかといえば、それは輸出品となったのです。
輸出品目が乏しかった当時のヨーロッパでは、東方が持つ高い技術力やそれによって加工された高価な品々を手に入れるために、奴隷を利用しました。
ヨーロッパの東方にあるイスラム社会では奴隷を社会内部で扱うことによって富裕層が力を蓄えていましたが、ヨーロッパと比較すると奴隷は人間らしい扱いを受けていました。人口の割り増しに使っていたとも言い換えることもできます。奴隷に関する法も随分整備されていたのです。
それによって、「イスラム社会に所属する人」をむやみに奴隷にしてはならないことが定められているのですが、そうすると外から持ってくるしかなくなります。輸入か戦争です。
こうして奴隷を必要としながらも、奴隷を獲得するのに苦労する社会が出来あがったのです。
このようにして、イスラム社会とヨーロッパの間で、需要と供給の関係が成り立ちます。
飢餓や没落、略奪によって奴隷が生まれ、いくつかの都市はそれによって富を生み出しました。
以前マリ帝国について書いた際、高度な戦闘技術を仕込まれた奴隷も地中海への主な輸出品だった、という一文がでてきました。イスラム社会でも騎馬民族の奴隷で構成されたマムルークや、キリスト教徒の捕虜奴隷で構成されたイェニチェリといった奴隷に出自をもつ部隊が活躍し、戦争の中でその地位を高めていきました。
中世という時代では、戦争の中で奴隷が重宝されたのです。
近世になってペストが流行り人口が減少すると、人の価値はあがります。これによって支配階級は強気な身分制度を維持できなくなります。
一方でヨーロッパ社会の外にいる他人種相手に奴隷貿易が始まります。大航海時代の幕開けによって距離と土地という障害が緩和され、人口の増減を自由に操れるようになったのです。
アメリカ大陸という広大な土地とアフリカ大陸という莫大な労働産出地を手に入れたイギリス、フランス、スペイン、オランダ、ポルトガルの五国は、こぞって奴隷貿易をして富を手にしました。
その内容は、アフリカで銃器やガラスを奴隷と交換し、アメリカで奴隷を売ってタバコや砂糖などの亜熱帯農産物を購入し、ヨーロッパに戻ってくるというものです。
タバコ、砂糖、コーヒー、綿は消耗品ですので、需要がなくなることはありません。
こうして他人種の奴隷を基盤とする発達した欧州社会が構築されたのです。
タバコや砂糖などは嗜好品の類であり、小麦や木材などの必需品とは在り方が違います。他人種を征服して嗜好品を消費する、という構造は人種差別の価値観を肥大させたことでしょう。
さて、アメリカが独立をして支配階級と別離すると、身分制度が持っていた箍が外れます。奴隷に社会的な役割という保護がなくなるのです。各々がそれぞれの価値観に従ってヒエラルキーを築き始めるのです。役割によって支配階級が定めた下級身分と、社会的意識によって定まっていく下級身分では明確な違いがあります。
それが白人至上主義と合わさり、奴隷の立ち位置をより一層過酷な物にします。キリスト教も世相に合わせて教義の解釈を捻じ曲げ、これを容認したのです。
このような社会によってつくられた価値観はそう簡単に消えることはなく、南北戦争によって奴隷解放宣言が出されていても、長らく差別はなくなりませんでした。
これがヨーロッパを軸に見た奴隷です。中世中国の政策によって、東アジアでは奴隷は欧米ほど表舞台に上がることはありません。特筆すべき点は、飢饉の際に飢え死にを避けるために身売りをしていた、ということです。幕府は身売りを禁止しましたが、飢饉に限っては黙認していたようです。
水田には人手と協力することが重要なので、時の支配者は労働階級の管理に心を砕いたのです。
我々の持つ奴隷のイメージ、要するにファンタジーに登場する奴隷は、ヨーロッパの各時代の奴隷の在り方が合わさったものになっていることがお分かりいただけたと思います。
次回はこれをもとにファンタジー世界の奴隷制度について考えていきます。