時空魔法について
前回は飛行魔法について書きました。
簡単にまとめると、高さを利用した障害をすべて排除する可能性があるので危険だろう、という結論が出ました。
これは人間が二次元的な行動をすることを基本としているため、我々の三次元方向に対しての経験があまりないからです。
魔法を題材として扱う場合、その魔法に対応した知識がないと描写をすることができない、と考えられているようです。たとえば炎の色の話だとか、重力の話、電気がどのような作用を引き起こすのか、ということについて、トリックを用意したい書き手は知識が必要になってきます。読み手があっと驚くような魔法の使い方、というのを一部の書き手は求めています。
これはもともと戦記物や超能力バトル物でよく見られた特性ですが、確かにギミックを利用した戦闘描写は感心させられます。
このような作風が一部では嘲笑の種になっているようにも思えますが、トリックを抜きにしても、魔法が生み出した結果が不自然な現象を巻き起こさないように、我々が共有する科学知識に基づいて魔法は設定された方が無難でしょう。
話を戻すと、三次元方向に作用する飛行魔法は、現実世界での様々な常識を崩してしまう危険性をもっています。
三次元方向への移動やそれが引き起こす結果について、我々の知識と経験は少ないと言わざるを得ないでしょう。もちろん何かしらの道具を用いるのならば、想像することは難しくありません。現実世界にも旅客機と軍用機があるし、数々のロボットアニメでその要素を見ることができるので、我々にはそういった土壌があり、それに基づいた世界を作ることは可能でしょう。
しかし飛行魔法は機械が必要なそれとはまったく違う事情である、という点に注意しなければならないのです。
さて、ようやく本題に入ります。もう結論は見えていますが、時間や空間についての魔法はどうでしょうか。
飛行魔法は三次元方向に作用する魔法ですが、時空魔法は四次元方向に作用する魔法です。もし社会や国家についても描写範囲に含めるのであれば、扱いについては相当な注意が必要になると容易に想像できます。
数学や物理学の範囲になるであろうこれについての知識を、ほとんどの人間は持っていません。四次元的な移動を経験した人は限りなくゼロに近いと言えます。四次元の本家であるSFでも、数々の問題(完全に結論がでていない解釈)があることでしょう。SFでは過去や未来に行く、という話が多いことだと思います。
では時空魔法にはどのようなものがあるでしょうか。まず時間に関する魔法を見ていきます。
魔法で過去や未来に行く、という話は少数かとは思います。しかも、SFでの取り扱いとは違った側面を持っています。ファンタジー小説で時空犯罪が題材として扱われることは少ないと思います。
過去に誕生した魔王を倒しにいくという話や、失われた古代文明に迷い込む、もしくは技術や資源を取得しに行くという、限定的な物語の要素(ゲームでいえばダンジョン的な扱い)であって、常用するわけでもなく、社会的に認められたものでもありません。
時魔法の代表といえば、時間の流れを遅くする、もしくは止めてしまうというものです。見たことはありませんが、対象の時間経過を速くして老化や風化で破壊する、という魔法もありそうです。
空間魔法はもう少しバリエーションがあります。
次元の狭間に落として消滅させたり、どこか遠くの地に飛ばしてしまう、という魔法はゲームでもよく見ることができます。
大人気な魔法の一つに、異次元空間を作り出す、というものがあります。ゲーム的設定から生まれているのだとは思いますが、無限に収納できる革鞄だとか、時の流れから切り離された部屋を作り出す等は非常に多くの小説に登場します。
また、更に採用率が高い魔法は瞬間移動魔法です。
一瞬で目的地に到着するという魔法で、座標を計算していれば可能だとか、一回訪れた地であれば可能という条件が設定されています。高難易度とされることは多いですが、不可能ではないとする時点で現実世界からしてみたら驚異的な話でしょう。
時間、空間という障害をすべて克服するこのような魔法を、我々は不可能と分かっていても求めています。満員電車に乗りたくないだとか、旅行地に一瞬で着いたらな、という空想はおそらく誰でもしたことがあるはずであり、それがつまり火の魔法と同じく魔法の代名詞となっているのです。
これらの魔法、特に採用されていると思われる異次元空間につながっている鞄と、瞬間移動魔法が社会的に認知されている場合、どのような変化が起こるのか、というのを考えていきたいと思います。
認知されているとは、社会的に利用されていたり、技術として知られている場合です。主人公や敵役などといった、ある特定の人物のみが使用する場合は含めません。
まず異次元鞄ですが、アイテムをゲームのように沢山持ち運ぶために導入された魔法技術です。
以前、浮遊魔法について触れた際、これがあれば輸送問題、補給問題は大幅に改善されるはずだ、と書きました。現実世界に浮遊魔法のような技術があれば、大砲の重さをなくすだとか、馬車の負担を大きく下げることができそうだという事でした。
異次元鞄はさらに常識を壊していきます。現実世界の輸送費と比べればゼロに等しくなるでしょう。当然物価は大幅に下がることが考えられます。物を運ぶためのいくつかの技術も、取って代わられることになります。物価が下がれば庶民の生活は大幅に変わることでしょう。運搬の問題が解消されれば鉱山技術にも大きな変化がでます。船の優位性も失われ、海沿いの町が交易都市としての側面が低くなるかもしれません。
輸送システムに対する戦略レベルでの防御策も難易度が上がることでしょう。仮想敵国(敵領土)が武器を輸入していたとしても把握するのは難しくなります。また、輸送隊は十数騎の騎馬隊が一つの鞄を守るような形になるかもしれません。想像すると笑えますが、敵に襲われたらおそらくアメフトのように、鞄をパスしながら突破するのでしょう。
城壁は物の流入を監視、制限するという意味合いも持っています。再び城壁は危機的状況に置かれることとなります。
次に瞬間移動魔法、転移魔法です。
高さどころか、距離や障壁を一切無視するこの魔法が存在してしまうと、建物の防御という側面が一気に失われてしまいます。王宮は当然、たとえ莫大な建設費を支払ったとしても、対転移魔法を設置する必要があります。
庶民にそんな資金があるかはわかりません。もし庶民が住む家に対転移魔法が設置できないとするなら、犯罪は急増することになるでしょう。密室トリックなどもう必要ありません。技術的に劣る国の要人などは簡単に殺されてしまいます。もしくは、転移魔法を使った機密情報の盗難や改変、それに対する防諜が諜報活動の基礎となるのかもしれません。
転移魔法もやはり輸送問題を無しにすることができてしまいます。兵力や物質の輸送は、戦争に大きくかかわってくるのは言うまでもありません。南方領土を守っていた兵士が、翌日北の辺境にいる状況を作り出せるのです。攻撃側でも座標が必要であるという条件もあまり国家レベルになると意味がなく、スパイによって座標が割れてしまえば、首都がいきなり陥落してしまうという事態が起こることでしょう。
市井に目を向けても、技術、文化交流のスピードは想像もできないほど速くなると思われます。
ここまで考えると、時空魔法が存在している世界では、歴史を参照することは一切無意味という結論が出てしまいます。
究極魔法は現実に近しい例があるのでまだ考えようがありますが、時空魔法はいけません。本小説のすべてを焼き払う威力を持っています。
もちろん、主人公一味がこっそり利用する程度(国やギルドといった組織に知られていないレベル)なら全く問題ありません。または必要コスト高かったりしてあまり使う意味が薄い、とすればまだ崩壊は防げます。
時空魔法を利用する社会が如何なる様相を見せるのか、というテーマで世界を構築するのも面白いとは思いますが、どこまで"中世"ファンタジーの世界観を持たせることができるのかは、非常に疑問です。