回復薬について 存在し得るか、ということ
突っ込みどころが多い"回復"という現象ですが、今回はその役割を担う薬について考えてみたいと思います。設定に左右される要素だけに、今回ごり押し気味です。すみません。
(追記)第49話から移動しました。
ファンタジーによく登場するものといえば薬でしょう。
体力を回復する、魔力を充填する、解毒するなど効果は様々ですが、これほどの即効性のある薬品は現実世界ではいまだ実現できていないと思われます。
回復魔法については後ほど詳しく考えたいと思っていますが、これまでの頁で疑問視されてきた、と書いてきました。
回復薬も同様にゲーム的設定の一つであり、その効能や使用方法については書き手ごとの工夫が見られます。
そもそも一瞬で回復するという薬はリアルじゃないとして、初めから登場しない小説の方が多い印象です。しかし、それもなんとなく寂しい気がします。エリクサーに始まって、賢者の石、仙丹、ネクター、ソーマ、変若水と、世界中に伝説の薬はあるのです。ゲームが開発されるよりずっと前に、回復薬はファンタジーの代表的な住人なのです。
ファンタジー小説という世界においてありえそうなのか、存在して大丈夫そうか、ということを考えていきたいと思います。
【現実の薬草】
さて、現実世界の薬草はどのように発展してきたのでしょうか。
中世には薬草学という学問がありました。
しかし西洋医術の発展はイスラム勢力がヨーロッパよりも進んでいたという印象がありますが、これはどういうことでしょうか。
そもそも薬草はどうやって発見されてきたか、という話になります。
人間に関わらず、動物は体調が悪いとそれを回復させるために、適切な植物を探し食べるという技能を持っています。
人間も文明ができる前から、様々な植物をなめたりかじったりしてきたことでしょう。症状に適した植物は何か、ということを探り続けてきたのです。
やがて知能を持ち始めると、そのノウハウは文明ごとに蓄積され、古代ギリシアの時には医術として確立されていました。この症状にはこの植物、というような専門書が残っているようです。怪しげな呪いに頼らない回復方法は、高い効果を上げたことでしょう。
その成果を引き継いだのがイスラムです。以前ビザンティンについて書いた際に少し触れましたが、ギリシアの文化を正しく保管し、発展に役立てていたのは、東の文明だったのです。
対して、ヨーロッパではヒルデガンドという修道女によって、薬草学、植物学の道が開かれました。ドイツ薬草学の祖として、今でも研究が進められている人物でもあります。教会は研究所としても機能していたわけで、恐らく治癒と直接結び付けられる薬草学ということもあって、教会の管轄となっていたのでしょう。
ちなみにパドヴァにある最古の植物園は1500年代中頃に作られたのであり、もうすでに中世から近世に移ろうかという頃ですが、存在しています。
他にも、ハーブなどの薬草に詳しい人のことを魔女と呼ぶこともあるようで、目に見えない世界に、実際に行動でもって立ち向かっていく姿は、人々には魔法と同じように思われていたのではないかとおもいます。
中世ヨーロッパでも薬の研究は進められていたのです。
また、中国でも紀元前から植物を薬としてみなす、本草学という学問がありました。西暦500年程度になって、神仙思想(道教の究極の理想である、不老不死の仙人を目指す方法)が流行り始めると、その研究過程として膨大な数の植物の名前を記録していました。
ヒルデガンドが四大元素に分類して研究していたことや、不老不死との強い関わりがあったことから、薬草学は錬金術とも強い関わりがあったと考えられます。
【ファンタジーの薬品】
ではファンタジー世界ではどのような薬草学が発展する可能性があるでしょうか。
ファンタジー世界と現実世界の大きな差は、魔力がある点です。
魔力が尽きると死んでしまう、とする世界は非常に多いように思うので、魔力と生命力は強い結びつきがあるのだろうと考えることができます。
体力と生命力と魔力は別物なのかどうかという問題も出てきますが、この場合は別物なのでしょう。
魔力が何か、という自然科学的な考察は小説によってまちまちで、ここで書けるほどの定説はありません。
よくある設定の一つとして、"外の魔力と内の魔力"という考え方があります。人間が使える魔力と、外に漂っている魔力が別物であり、睡眠や食事などの日常生活によって身体に魔力を蓄積させる、とする設定です。
魔力と生命力を結びつけるなら、そこを改善する手立てとして、薬草学は非常に役立つことでしょう。
つまり、体調に不調をきたした生物が、"内の魔力"を著しく回復させる植物を摂取すれば、たちまち元気になるのではないか、という事です。
"内なる魔力"に変換してそれを蓄積するような植物がもしあれば、それを摂取することで"内なる魔力"を補充することができるわけですから、生命力を回復させることができるでしょう。
この場合、蓄積するという特性上、その薬草の部位は根や果実、種子になることでしょう。
対して、変換を促進させるという薬草であれば、葉や茎、または根を用いることかと思います。
ただ物語的には、骨折や切傷がまずは問題になることと思います。
中ボス的な存在と戦えば、ある程度の肉体的損傷は避けられないでしょう。
そうした場合にはどのような処置が考えられるでしょうか。
飲み薬を飲んでみるみるうちに傷がふさがる、という事は受け入れがたいとされることがあります。
医学的な知識は全くないので、それがどれだけ非常識なことかということは分かりませんが、魔法で何とかならない物でしょうか。
そもそも魔力が存在している以上、世界の構造や法則はこの世とまるきり変わっているとしても、全くおかしくないと考えられます。
世界の構造や法則、ということで見た場合、四大元素によって分類されている世界は多いと思います。
このことに対しては二つの見方ができます。
一つは、錬金術が流行った中世ヨーロッパ的な世界だからこそ、そのような体系付けをなされているのであって、もっと自然科学が進歩したら別の分類形態になるだろう、という見方です。
もう一つは、実際に魔力があって、魔法も四大元素にそって使用されているのだから、確かに世界は四大元素(もしくはもう数種類)によって構成されているのである、とされる見方です。
個人的には、様々なことに便利に使えるであろう後者を推したいと思っています。
なぜなら、瘴気がたまって死体がモンスター化したり、強いモンスターを食べてより強いモンスターに進化する、などといった出来事は、現実世界の物理法則に沿ってしまったら到底説得力のある背景は作れそうもないからです。
もし実際に四大元素にそって構築されているのであれば、皮膚や骨などといった物が、魔力によって回復したとしても不思議ではありません。
また、そういった研究に植物を用いて何とかしようとした形跡は現実世界にもあるし、実際に切り傷に有効な生薬、というものは薬草図鑑で見ることができます。
食後に飲んで睡眠をとることで、切り傷の回復を格段に早める、という薬草が存在していても、特に不思議ではないかもしれません。現代では治療が大変難しいとされているいくつかの病気も、ファンタジー世界では軽い病気であったとしても、説得力を失うことはないでしょう。
魔法が存在していたら、我々の世界よりも薬用植物がもっと効果が出たとしてもおかしくはありません。なにしろ指先から炎がでて、すっ飛んでいくような世界です。今更薬に突っ込みを入れられたものではないでしょう。
【薬品の影響】
さて、ファンタジー世界的な、もといゲーム的な薬品が存在していたらどうなるでしょうか。
これらを詳しく考えることは、ファンタジー小説に果たして薬品が登場しても大丈夫かどうか、という点につながりそうです。
すべての生物が先述のように具合が悪い時に見合った植物を口にするのなら、おそらく、薬草によって得られる恩恵はモンスターや動物も一緒でしょう。
薬品は、人間は加工技術によってさらにその効能を高めることができる、という他分野でも当たり前に行われている工程で登場したと考えられます。
薬品の登場で、パワーバランスを崩すことにはなりにくいということになります。
まずゲーム序盤では、安価な薬に頼ることが多いでしょう。序盤の主人公、つまり戦闘職につかない一般的な人間の生命力であれば、容易に回復させてくれます。
致命傷を受けなければ何とかなる、という状況が整っていれば、冒険者という職業に就くことのリスクは減ります。冒険者の職業人口を大きく支える一つの要素となるでしょう。
これはつまり、国防政策を支える大きな柱となっているという事です。
モンスターが溢れる世の中で、現実世界と同レベルで傷を負うことが致命的になるならば、物や人の流通が危険域まで停滞する危険性があります。
庶民の需要にこたえるための回復薬を開発するのは、統治者にとっては急務なことかもしれません。
では部位の欠損などの致命的なダメージや過度の衰弱といった、現代医術でも致命的だとされる症状を治療する、高級な薬というものはどうでしょうか。
これは技術的に不可能としておいた方が良いかもしれません。仮にこういった薬品が開発可能になれば、その植物の栽培技術や精製技術をもつ集団が異様に力を持つことになります。
高級薬が存在すると、王や教会といった政治力に優れた人々の権威が低下するという事は容易に想像できるでしょう。
しかも寿命以外で死なないとすると、よく言われるように、物語が終わらなくなってしまいます。
ある程度万能でないところを残さないと、なぜラスボスがエリクサーを自分に使わないのか、という元も子もない突っ込みをされてしまいます。
もちろん一般に普及しているものより、進歩した生産技術や栽培技術で効果の高い薬品が登場することは、ロマンがあると思います。その技術を狙ったストーリー展開もあるでしょう。
エルフがその技術のカギを握っているかもしれませんし、精霊が自らを犠牲にして力を注いだ霊薬が国王を救ってもいいかもしれません。
ただ、発展中、研究中ということにして万能感をなくした方が、中世ヨーロッパという世界観を使うのであれば、社会の様相や神秘性に合っているのではないでしょうか。
「容易に主人公を回復させてしまうこと」を直接的に否定するのではなく、2、3の設定や描写、ストーリーを入れて可能にしたほうが夢があるでしょう。
そもそも"ファンタジー"なのです。幻想的な世界を構築するのに、現実的じゃないからダメ、という思考は本末転倒ではないでしょうか。
医療技術にファンタジー要素を入れることは、現状のファンタジー世界の様子からみて、あまり嫌煙されることではないと思います。
逆にいえば、"ファンタジー要素の混入が一滴も感じられない回復薬"をがぶ飲みしながら行軍する主人公がいたとしたら、それはむしろファンタジーの雰囲気を薄れさせてしまうでしょう。
ファンタジー世界ということを盾にして強行突破してしまいましたが、とにかく言いたいことは、納得できる設定とそれに伴う描写やストーリー展開さえあれば、決して回復薬はご都合主義にならないだろうという事です。