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幻想歴史読本 ~ファンタジーを考える~  作者: 走るツクネ
おまけ 主に歴史に関わる話
26/84

イタリアの話 傭兵というサービス ランスとパーティ

 西洋が発展した理由の一つに、イタリアという土地があります。1000~1500年の歴史を見てみたいと思います。


 この章では歴史要素が強くなる話を書いていきます。ファンタジー世界に直接的に関わる要素が一層控えめになるかもしれませんが、様々なテーマから着想を得ていただければと思います。機会があれば特殊な軍種も紹介します。


 キーワード:傭兵システムの発達、都市国家の弱点、欧州基盤の充実

 特殊兵種:コンドッティエーレ


 以前書いたように、ドイツとイタリアでは随分と様子が違いました。騎士が主戦力であったドイツと比べてイタリアは傭兵が主力でした。


 傭兵からは冒険者について多くのヒントを得ることができます。


 どのような経過をたどって、彼らが傭兵に軍事力を頼ることになったのか。

 今回は傭兵の成り立ちや、イタリアの歴史に焦点を当ててみていきたいと思います。



--専門化する戦争--


 だいたい1000年から1500年くらいまでの話をします。


 ドイツでは騎士が発達し、イタリアでは民兵部隊が組織されました。市民が都市の危機に立ち上がって戦争に加わるのです。

 神聖ローマ帝国の全騎士がイタリア半島になだれ込めば征服は容易だ、というのが当時の騎士に対する欧州の評価でした。しかし1176年、ドイツ騎士はイタリアパイク集団に敗北します。


 イタリア都市間の一時的な同盟が作ったパイク軍ですが、騎士に対しては有効に働きました。この戦闘集団のドクトリンは防御志向が強いものでした。

 貿易商や職人が多い(東との交易路や海路を持っていたのが大きな要因でしょう)イタリアですので、お金や居住地を守るという意識が強かったのかもしれません。


 領主に防衛施設の建築を望みましたが遅々として進まず、ついには自分たちのお金で市壁を建ててしまいます。


 そうすると、自然と都市の運営体制も変わり始めます。

 領主や貴族と、実質的な支配権を持つ商人達が、てんやわんやの大騒ぎを繰り広げたのです。職人たちも大勢いました。


 当然まとまる物もまとまりません。

 イタリアは群雄割拠状態になってしまいました。


 とはいえ攻めてくるドイツ騎士に対して防衛をしなくてはなりません。


 騎士に対して4段も5段もの槍衾を形成することができるパイク兵は息のそろった運用が大切です。

 いくら長い槍を持っていたからと言って、一人では当然騎士に立ち向かうことはできなかったし、槍衾は穴が開いてしまえばひどく脆いものでした。

 パイク集団は高い戦闘技術を必要としたのです。


 しかし社会は昔のように単純ではありません。

 昔のように親族一同で盾を並べて死守する、という強い絆を持つ社会ではなくなってしまったのです。格差社会による不信感、というのも原因の一つです。


 さらに商人達は、戦争という不向きな行為に自分たちが参加するのは、実は不効率なのではないかという点に気が付いてしまいます。

 野山を駆け回るごつい男と机にへばりついて書類仕事をするひょろい男では、どちらに分があるか明らかでしょう。

 

 そこで彼らはお金を払って、自分たちの代わりに戦闘を請け負う兵士を雇うことになりました。

 雇われる戦闘集団が誕生することになったのです。1300年後半にもなると、民兵は完全に時代遅れなものになります。


 クロスボウは大変強力でした。

 熟練したパイク兵の集団は馬をものともしません。

 しかし追撃や側面を防御する術を持たないので、やっぱり馬も必要になります。


 こうして槍兵、弩兵、騎兵の兵科が戦場に登場することとなります。


 これらを連動させなければならない戦闘技術はますます高度なものになっていきました。親から子へ受け継ぐ騎士戦術とはわけが違います。

 戦場の複雑化も傭兵を登場させる一因になっているのです。


 さらに地方分権も推進させました。当時の王侯貴族にはこれらの複雑な兵科指揮を行う技術がなかったからです。



--欧州の経済事情とイタリア商人--


 さて、当時の欧州はお先真っ暗な状態でした。1300年頃の話です。


 黒死病、紛争、格差社会、寒冷化する気候、木材(燃料)不足という問題に苦しみます。

 人口が激減する一方で、活発化した交易は変化をもたらします。


 まずバルト海(スウェーデンやフィンランドとかに囲まれた海)周辺には、南の方から塩が入ってきます。


 これによってニシンやキャベツの塩漬けが作れるようになり、食糧事情が改善します。まもなく人口は回復し労働力も増えました。


 反対に北方からは木材が輸出され、蔓延する燃料問題を解決します。


 さらにドイツでは銀を掘ろうと躍起になった人々が、鉱山関係の技術を発達させました。

 探鉱、精錬の他に、運搬、換気と排水など、鉱山業の技術は必要なものが多かったのですがどんどん発達します。


 これによってお目当ての銀の他にも、銅や錫、石炭に鉄といったものも掘りだせるようになります。

 そしてよほど秘匿しようとしない限りは技術は出回ります。

 

 そんなわけで、欧州全体としては豊かになります。


 商品としては食塩、ニシン、木材、金属に加え、穀物や羊毛なども取引されます。

 これらの消費財、という庶民に日常的に需要があるような物品が出回ることで、市場が活発になるのです。


 そんな貿易で優位に立っていたのはやはりイタリアの商人達でした。もともと商売慣れしていたのと、すでに大きな資金を持っていたのが強みでした。

 彼らは技術的に遅れた地域に踏み込んでいって、塩鉱脈や錫鉱山の開発をすすめたりしました。


 商人達はさらに力を蓄えていきます。

 その結果、国王、教会、領主などが何らかの事業、たとえば海運や鉱山開発や長距離貿易などを行う際には、イタリアの銀行家から資金を借り受けることになったのです。


 しかしキリスト教的には貸付業というのは悪行に類されます。ヴェニスの商人、という書かれ方をされるのが当時の商人達です。それを理由に借金を幾度となく踏み倒しました。

 イギリスの国王が破産した時には、その影響を受けて欧州全体が不景気になったようです。

 遠方の出来事で物価が変動する、という状況まで経済は発達したのです。


 国王や領主に対する不信から、自分で都市を運営しようという気になったのかもしれません。




--傭兵というサービス--


 さて、都市国家が傭兵を雇うには当然お金がかかります。


 そのお金は都市国家の国庫からでるわけで、都市国家に住む人々は軍事力に対して税金を払わなければなりませんでした。

 

 来るかもわからない略奪者に対して、傭兵を雇う必要があるかどうか。


 つまり、税金を払って自分の財産を守ってもらうかどうか、という話がまだ軍事形態が固まってない頃には問題になりました。

 1200年頃にもなると人々の持つ財産が増えたことで、傭兵の存在が一般的になります。


 略奪者としてはドイツの騎士や冒険家の集団がありました。


 冒険家というのはアルプス辺りを探検していたようで、時には1万人という大人数で集団を形成し、イナゴの群れのように略奪を仕掛けながら、あるいは武力で脅しながらイタリアに住み着いたのです。


 冒険家たちも傭兵の祖先の一つでしょう。

 この集団の指導者が、略奪するより契約を結んでイタリアに安定して住み着く方が安定するだろうと判断した、という考えは自然です。


 そして傭兵隊長コンドッティエーレが生まれたのです。


 コンドッティエーレは都市国家と契約を結び、契約に応じた兵数を集め、都市国家に軍事力を提供します。

 都市国家の役人がこの軍隊の監査を行い、本当に契約が履行されたか、どれくらいのサービスを受けたか、などを判断し賃金を払うのです。


 初めのうちは一回限りや短期間での契約が主流でした。

 なにしろ来るかどうかも分からない略奪に備えるというシステムでしたので、日常的にお金を払って稼働させておくのは不効率のように思えたのです。一度の防衛戦に備えて招集するという具合だったのでした。


 当然、短期間契約は値段が高くなります。傭兵側からすれば契約満了を迎えたあと、再就職先がみつかるかどうかという話があります。

 加えて、明日は敵という状況になるかもしれないのです。お互い過剰な報酬や信頼は不必要でした。


 結果的に都市国家と傭兵の仲はあまりいいものではありませんでした。この不仲な状況は双方にとってありがたい物ではありません。

 さらに戦争が長期化、常習化するようになってきます。


 傭兵団と長期契約をせざるを得ない、というのは都市国家に納税する市民たちも理解し始めました。



--危険と対策、都市国家の存続--


 しかし傭兵団というのは武力をもった集団で、都市国家そのものには他の抵抗力はありません。


 傭兵団が武力で都市運営に関わろうとし始めます。

 当たり前のことですが、役人(都市運営に関わる商人)からするとどうしても避けなければならないことでした。


 イタリアの役人たちは、自分たちが手綱を握るために心を砕きました。

 コンドッティエーレを相手に、政略結婚のようなことも頻繁に行われました。


 しかし一つの傭兵団をずっと取り立てる、ということはできなくなります。なぜなら一つの傭兵団ばかり取り立てていると、他の傭兵団が不満を貯め、反乱を起こすかもしれないのです。


 複数の傭兵団の利害を調整して互いに競わせながら、パワーバランスを見て取り立てるということが始まります。


 次第に、大きな兵力を持った傭兵団の存在を認めていると、危険が大きくなるということに気が付き始めました。この危険をなくすためには、より小さい傭兵団と契約する必要が出てきました。


 具体的に契約はどの程度の規模まで小さくなったのか。


 当時の軍事的な単位は「ランス」でした。

 騎士が持っている馬上槍、ランスが語源です。当時の主力は騎士でしたので、その騎士がどれくらいいるかという単位なのでしょう。

 騎士一人に従者が2~5人付き添うのが一般的であり、つまり1ランスは5、6人程度という事になります。

 今でいう分隊のようなものでしょうか。軍事力が商業化されるにあたって、この辺りはきっちりと定められていったものと思われます。

 ランスに所属する兵士たちは、装備こそ違えど、戦場では互いに支援しあい、非常に緊密な信頼関係を結んでいました。


 大抵の傭兵団は、50ランス、もしくは100ランスからなる集団で組織されていました。


 しかし大きな傭兵団が持つ危険性から規模は縮小され、最終的には「ランス」単位での契約が成されるようになります。


 役人たちの目論見は成功し、大量にあるランスと、雇う側の都市国家という買い手市場を作り出すことに成功しました。


 こうした努力により、都市国家は存続することに成功します。



--イタリアと傭兵の行く末--

 

 都市国家は究極の地方分権です。

 そして都市国家が残り続けるという事は、逆にいえば大きな勢力になることができないという事でもあります。


 1500年にもなると、フランスやスペイン、オーストリア、オスマンの侵攻が始まり、都市国家はまるで歴史シミュレーションゲームの全体マップの四角の一つのように盤上の駒に成り下がってしまいます。


 イタリアがここから先、悲惨な歴史を歩むことになってしまった背景には、こうした一因がありました。



 傭兵という軍事サービスはこのようにして形作られました。

 以前書いたように、イタリアのみならず各国の指導者も傭兵をあてにし始めます。戦争の商業化といえるでしょう。



 余談ですが、フリーランスという言葉の語源は傭兵にあります。

 まだ雇われていないフリーな状態にあるランス、というわけです。


 ランスは人数的にも性質的にも冒険者たちが組むパーティーに酷似しています。


 以前どこかの項目で、冒険者はイタリアのような商業都市、都市国家の方が発達するかもしれない、と書いたのは、こういった傭兵という稼業が発達した経緯があったためでした。

 また、傭兵と冒険者は様子が違うようだとしたのも、このように在り方や立ち位置が違うためです。


 傭兵隊長コンドッティエーレがギルド長、と考えることもできます。本編では、発達の舞台が中世ドイツという仮説を建てたため考えが限られていました。


 冒険者は昔はモンスターの大攻勢に対抗するための義勇兵軍団だったのかもしれません。

 その後大規模運用の必要性がなくなり、依頼主の要望にあった冒険者を振り分けるという団体に変化していった、と考えることもできます。


 こ、このままでは歴史紹介小説になってしまう……!という危機感と戦っています。

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