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幻想歴史読本 ~ファンタジーを考える~  作者: 走るツクネ
民族や文化、我々の価値観にまつわる話
16/84

宿屋について

定番の一つ、宿について書いてみたいと思います。

それには中世ヨーロッパに限定せず、様々な時代、地域に目を向ける必要があります。

 町に着いた冒険者が一番初めに気にすることといえば何でしょうか。


 そう、宿探しです。


 冒険物にほぼ必ず出てくる施設が宿屋でしょう。

 現代でも旅行中や出張中の人達は住むべき家を持たないので、宿泊施設を利用しなければ一夜を越すことができません。


 しかし、最近宿屋について疑問を抱くことがあります。


 宿屋という職業形態はどう発展したのかということです。


 たとえば某国民的RPGにおいて、宿屋は各都市、町、村に存在して、24時間年中営業しています。あの都市間の移動の際に何回もモンスターに遭遇する世界において、都市間の移動という行為は一般的でしょうか。


 しかもあんなふうに魔王が襲撃してくれば治安も景気も最悪になるでしょう。

 そんな中、旅ができる主人公一行程度の武力をもった相手が主な客層、という商売はどうも考えづらいのです。

 もちろんRPGなのだからそこに違和感を覚えたことはないし、つっこむ必要もありません。ひょっとしたら、国と提携して勇者一行に一定の料金で宿を提供しているただの民家かも知れません。そう設定してあるけど描写は省かれていると想像しても良いのです。

 特に一人一泊1オーラムなあのRPGの宿屋は確実に国家機関の援助が入っているでしょう。



 しかし中世という世界において、宿という事業が起こりそうもない、という事はこれまでの部分を読んでいただければお分かりいただけると思います。 

 事実、宿泊施設についてしばらくネットで検索を掛けてみましたが、知っている以上のことはでてきません。



--官僚と宿--


 日本としては宿場町が発展した歴史がありますので、日本の宿泊サービスとしての技術レベルは相当に高いものがあります。


 その宿場町はもとはといえば、中国の官僚制の発達とともに出来上がった連絡網に由来します。

 しかし中世ヨーロッパにおいて、官僚制は出来上がっていません(イギリスにはその走りのようなものがありました)。官僚制が採用されるのは近世になってからです。


 もし官僚制が導入されていたら、冒険者は国によってそこに泊まることが許されていたかもしれません。しかし似たような存在である徴税人や巡回騎士の宿泊施設が、民間に解放される絵は想像しがたいものがあります。

 


--旅と宿と身分証明書--


 官僚の為ではなく純粋に旅人のためだったらどうか。

 中世の特徴である封建制は農地に人を縛り付ける社会体制です。人的に流動性のない制度は閉鎖的な社会を作り出します。


 それはつまり外の人間に対して厳しい、という価値観を生み出します。

 ぽっとやってきた人間に対して信頼を置けないでしょうし、もちろん盗賊の存在もありますので、警戒心は一層強かったでしょう。

 経済という概念がなければ村で生産した大切な食糧をよそ者にやる、というのも抵抗心があると思います。


 加えて、市壁の内側に住むには領主に忠誠心がなければならなかった、と以前書きました。ギルド証、みたいなものでもしかしたら入国許可は得られるかもしれませんが、信用を得るには封建制は狭すぎます。

 現代でも外国人がホテルや旅館に泊まる際には、ホテル受付でパスポートのコピーを取られます。


 また、身分証明書というのを我々は皆持っています。IDカードともいうやつです。

 このIDはアイデンティフィケーションの略であり、同じ動詞を使う言葉として、アイデンティティという言葉があります。

 つまりそれで何が言いたいかというと、個人の証明を行うには、個人が個人と認められる必要性があるのではないか、ということです。農奴だなんだ、と言っている状態では無理な話でしょう。

 


 因みにホテルが登場するのは植民地支配がはじまって、支配者が植民地に作ってからのようです。


 中世の土地に縛られた人々にとって、旅行をするという感覚は無く、したがって旅行者に向けられた宿泊施設はないでしょう。


 とはいっても、中世になるころにはキリスト教徒の巡礼や石工職人が仕事を求めて遍歴していたようですから、宿泊する場所はなければなりません。

 しかし両者ともに所属団体がしっかりしています。石工ギルドは宿泊施設をもっていたでしょうし、修道院を見学すれば、巡礼者用の部屋があるのを見ることができます。

 ひょっとしたら、ファンタジー世界での宿屋の経営は冒険者ギルドがやっているか、同じ商工ギルドの傘下にあるのかもしれません。



--交易と宿--


 さて、中世ヨーロッパのメインイベント、十字軍によって外の人間が沢山入ってきた、という経緯があります。

 外の商人や、外の学者がたくさん入ってくることで、流動性のない社会は崩れていきます。封建制によって起こった十字軍は、封建制を終わらせる要因となってしまったのです。


 宿泊業が発展するほどファンタジー世界では冒険者の活動が活発なので、封建制度は早くに終わるのかもしれません。


 この宿泊施設とはどのようなものだったのでしょうか。


 貿易を行う商人達の代表的な宿としては、キャラバンサライがあります。同じように各地を飛び回る冒険者たちも同じような宿屋に泊まるのではないでしょうか。そこではキャラバンサライで行われたように文化や戦術、物資、情報などのやり取りが始まるでしょう。


 このキャラバンサライ、という建物は隊商の為の宿です。国による交易ルート整備の際、地中海沿岸や内陸の交易路に沿って、多く建てられました。やはり1100年前後の話です。


 その建物には宿泊施設はもちろん、浴室に礼拝堂、炊事場などの生活空間に加え、厩舎に倉庫、さらには取引所が備えられています。

 それに管理人や荷運びをする人、警備をする人が常駐していたようでした。


 商人達はこのキャラバンサライを拠点に、周辺の村や遊牧民の集落を回ったようです。

 この交易路を利用した交易はヨーロッパで航海時代が始まるよりずいぶん先に、莫大な富を生み出しています。


 国が宿泊施設に力をいれるのですから、交易こそが主要産業だった部分もあるでしょう。


 キャラバンサライは隊商宿、と訳されていますが、このサライというのは、ペルシア語で館、宮殿、オアシス、故郷、という意味があるようです。

 果たしてキャラバンサライのサライと、ペルシア語でのサライが100パーセントイコールであるのかはわかりませんが、隊商を組む彼らにとってこのような宿があったら故郷のように感じることでしょう。


 そこは文化交流の最先端であり、隊商に便乗する学者や僧侶によって、様々な知識や情報の交換が行われていたことでしょう。涼しい風が吹く、吹き抜けの廊下で太陽の殺人的な日光をさけながら庭中央の噴水を眺め、人々は遠くの学問を教え合い、交流をしたのかもしれません。


 実際の中世とは価値観が違う人々が暮らすファンタジー世界です。したがって冒険者が安易に町の中に入ってしまうのもいいでしょう。


 ですが、このキャラバンサライのような施設に集まる、というのも夢があっていいと思います。

 モンスターの素材の取引所、とかあって、店も礼拝堂もあってと、まさに小さな都市が一つの建物に形成されるのではないでしょうか。まさに、メダルをアイテムと交換してくれる某王様がいるお城のような感じかも知れません。


 もしそうではなく、勇者のように旅をしなければならないのならば、村長や修道院の協力を取り付けておいて、先に安全に宿を予約しておかなければ、大変な目にあうことでしょう。

 宿が発展するにはもう少し外の人間に対して寛容な社会が出来あがる必要があるだろう、という話でした。


 探し方が甘いのかもしれませんが、ホテルや旅館の歴史はあまり見つけることはできませんでした。

 代わりにキャラバンサライを画像検索すると、非常に夢が広がります。いつか行ってみたい!


 今回は少しゲームネタに走りすぎたかもしれません。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 昨日は詳細な解説をして頂きありがとうございました。とても良くわかりました! [一言] 一人一オーラムの宿にはよくお世話になりましたが(笑)、確かに封建制度と宿というのは相容れない存在で…
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