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1-2 遅れてやってくるもの

◇      ◇



夜音女(やおとめ) 八事(やごと)です。事情があって入学が遅れてしまいましたが、これからクラスメイトとしてよろしくお願いいたします」


ぱちぱちぱち……と、まだらな拍手が教室から響いた。


夜音女 八事が配属されることとなったクラスは、1-Dである。夜音女を含め、生徒数六十三人で構成されるこのクラスの教室は、有り体に言ってかなり広い。


故に、後ろの方まで夜音女の自己紹介が十全に届いていたかと言えば、決してそうとは言えない。が、大半のクラスメイトは、神鷹をも凌ぐ血筋である夜音女家の人間の自己紹介を聞き逃すまいと、必死に耳を済ませていたので、言葉が伝わっていない心配はなかった。


もっとも、夜音女家などどうでもいい、と言うような人間は、その限りではなかったが。


例えば、箱追あざけりとか。


(――さて、この中に、神鷹嶺二を病院送りにした奴がいるのよね……)


と。


つい先程、理事長室で仕入れてきた情報を元に、夜音女はさり気なく、しかし手を抜かず、クラスメイトを観察する。教卓の前と言う絶好のポジションからならば、クラス中の人間の顔が見える。


そして見る限り、このクラスで空いている席は二つ――、一つは自分の席だし、もう一つは入院中の神鷹嶺二のものだろう。よって、その他の生徒は全員出席であると考えられる。


(――どれだろう……んー……ええと……神鷹家の人間を返り討ちにするくらいだから、余程強い人だとは思うんだけど……)


しかし、彼女が見る限り、このクラスにそんな雰囲気を纏った生徒は一人も居なかった。


夜音女八事は考える。


なら、情報が間違っているか――それとも。


(強さが解りにくいタイプ――か)


情報については、理事長本人から聞いているが故、間違っている可能性は低いだろう(神鷹君って今どうしてます? ああ、同じクラスの奴に半殺しにされて今入院しているよ――みたいなやり取りがあった)。


――それなら、いくら見ても解らない、かな。


そう判断して、彼女は観察を終えた。そのまま、何食わぬ顔で教卓の前からさり、空いている予め担任の教師から聞いていた自身の席へと座る。


勿論、周囲へ「よろしくね」と気さくな挨拶をすることも忘れない。夜音女家と言うだけで、ただでさえ萎縮されているのだ。この上高圧的な態度を取ったら、目も当てられない。


夜音女の席周辺の男子生徒は、その夜音女の柔らかな(愛想)笑いに対してだらしなく微笑んでいたし、女子生徒はある種のカリスマ性とも言えるその雰囲気に見とれていた。


(――まあ、多少は上手くやっていけそう、かな)


夜音女はそう判断し、静かに目を閉じた。


これから始まる長い学生生活。人間関係を上手く築くことは大切である。


まあ、例外は腐るほどいるが。



◇      ◇



座学は特に問題なくクリア出来た。これくらいは夜音女の人間として当然である――鼻高々にすることでもない。


だが、問題は実技だった。


四限目に設定されている授業はいわゆる模擬戦である。クラスメイトがそれぞれ二人一組を作り、実戦形式で、魔術の行使と戦闘訓練を行う。当然ながら、この授業は命の危険が伴うため、拒否する権利が与えられている――が、貴重な実戦の機会を無駄にする人間はそう多くない。


実際、模擬戦で命を落とす人間は、過去を遡って見ても極僅かだ。模擬戦を落命の恐怖から拒否することは、言うなれば「交通事故が怖いから車には一切乗らない」と言っているのに等しい。


故に、大抵の人間は当たり前に参加する。


しかし、相手が魔術界の大御所となれば、話は別だ。


(――ぺ、ペアになってくれる人がいない!?)


夜音女 八事は、心の中で叫んだ。


人間関係は、そこそこ正しく築けていたと言える。


この短時間で、席が近い数人の生徒とは、多少なりとも打ち解けていたし(最初は敬語を使われていたが、既にタメ口で話せるようになっている)流石にまだ『友達』とは言えないかもしれないが、それでも友人になれそうな人は、数人見つかった。


それは彼女自身のカリスマ性がなせる技だったし、家の都合上、社交性は必要不可欠だったため、多少の人心掌握術(コミュニケーションスキル)を両親から学んでいたため、と言うこともあった。


人間関係を良好に保つことは、彼女にとって容易いことだ。そりゃあ、ありとあらゆる全ての人間から好かれることなど到底不可能だが、自分の半径十メートルの世界を、自分にとって住み心地の良い人間と共に歩むよう、作ることは簡単である。


だが、事戦闘となると話は別だった。


――いやぁ、流石に夜音女さんと私とじゃあ、実力が吊り合わないよ。


――ははっ、勘弁してくれよ。俺死んじまうって。


――まあ色々と学べそうではあるけれど……こう言うのって、ほら、実力が近い人同士で組んだほうがいいものじゃない?


――ごめん、もうあたし、ペア組んじゃったから……。


数々の断り文句が思い返され、彼女の精神に焦りを蓄積させていく。


どうすればいいのだろう――まさか、こんなところで躓くとは思わなかった。


夜音女家に生まれ、その血の才能をきちんと受け継いで来た彼女にとって、こういった出来事はあまり無いことだった。


中等部に居た頃にも、こういったペアを必要とする授業は少なからずあった。その際には、普通に友人と組んでいたため、困ったことはなかった。が、生憎と入学したばかりのこの状況では、その友達がいない。


夜音女と同じく、中等部からここに進学した友人は少なからず居る。しかし、困ったことにクラスが見事にバラけてしまっている。こればかりは運が悪いと言う他にないだろう。別のクラスにならば、友人は少なからず居るが、このクラスに彼女の友人はまだ居ないのである。


そういった事態を避けるために、入学早々、新年度早々に、こういった模擬戦の授業は行われない。おおよそ一週間ほどのインターバルが設けられる。その間に、多少のコミュニティを作っておけ、と言うことなのだろう。それにより、パートナー候補を得ることが出来る。


だが残念なことに、彼女は家の事情によって、その一週間を見事に喪失していた。


(……ここに来て、遅延入学が仇になるなんて……)


想像もしなかった苦難に、夜音女は額を抑えた。


別に、是が非でも模擬戦を行いたいわけではない。しかし、入学して最初の模擬戦を欠席すると言うのも、なんだか幸先が悪いような気がする。出鼻を挫かれる感覚……と言うか、そんな感じである。


それは出来れば避けたい。


勿論のこと、純粋に力を磨く機会を見逃したくない、と言う気持ちもある。夜音女の人間として、力はいくらあっても足りないのだ。


あの家を自身が継ぐ時が、いつか必ず来る――その時のために、力を得ることは必須だ。


高等学院へと上がれば、魔術や戦闘技術の研鑽は更に激しさを増すだろう。より高度な技術を持った生徒とも多く関わることになるだろうし、そうなれば、学ぶことも多くなる。


その貴重な第一歩目を、みすみす逃したとあれば、これはもう夜音女 八事の沽券に関わると言っても良かった。


少なくとも、本人はそう思っていた。


だが、それなりに人間関係を築けていた友人候補たちは、既に他のクラスメイトとペアを組んでしまっている。ならば、どうするべきか。


決まっている。他に道はない。


別に仲良くもなっていない、無関係なクラスメイトに話しかけ、どうにかしてペアを組んでもらうしかない。


(――このクラスは総勢六十三人。そして、今日は神鷹嶺二を除いて、欠席者は居なかったはず……なら、今ここにいるのは六十二人)


そう考えれば、少しは気が楽になる。どうやったところで、余ることはないのだから。


最もそれは、クラスメイト六十二人が全員、模擬戦を拒否しなかったら、と言う前提の話であるが、前述通り、模擬戦を拒否するような生徒はそうそういない。一種、不良染みた、素行の悪い生徒でさえ、模擬戦にはきちんと参加することが多い。授業の一環として、暴れることが出来るから、と言うのが大きな理由なのだろう。


(……さて、そうなると、後は誰と組むか、ってことなんだけれど……)


当然ながら、組む相手はペアが居ない人間でなければならない。六十一人もいれば、一人、二人くらいはコミュニケーション能力に難のある人間もいるはずで、そういったクラスメイトを当たっていけば、いつかは組めるはずだ。


……しかしながら、コミュニケーション能力に難がある人間は、既にコミュニケーション能力に難がある人間同士で、ペアを組んでしまっていた。あまりものをくっつけたようなペアであるが、大抵のことは時間が解決する。お互い歩み寄らずとも、周囲が勝手にペアを作っていけば、その圧力に押されてペアが出来ることもある。


つまるところ、夜音女八事が、それらの生徒とペアを組めなかったのは、ひとえに時間をかけ過ぎたからにならない。


仲良くなった生徒たちに声をかけ、断られ、途方に暮れ、そこからどうすればいいか考えているうちに、それらの生徒たちは既にペアを組んでしまっていた。


遅かった。


タイミングを逃したと言えるだろう。


「…………」


そして。


そうなれば――残るのは、更に性質たちの悪い余りものだけである。


周囲のクラスメイトがペアを組み、準備を終えている中――第四訓練場の中心に、ぽつんと立っている男子生徒が、夜音女八事の目に止まった。


黒髪で、どちらかと言えば痩せている少年だった。身長はあまり高くないが、手足は若干長い。校則で規定されている制服の上に、何故か灰色のパーカーを羽織っている。明らかに校則違反であるが、おそらく、新入生であると言う事情で、今のところ見逃されているのだろう。近いうちに、風紀委員から指導が入ることは想像に難くない。


(……?)


と、そのクラスメイトを見て、夜音女八事は首を傾げた。


(……なんだろう……どこか、みんな……あの人を避けているような――そんな、気がする)


実際。


その少年、箱追の周囲には、違和感なほどに人が居なかった。不自然に、距離が置かれている。


遠巻きにされている――と言ったほうがいいのか。


しかしそれは、夜音女に向けられるような尊敬の混じったものではなく――どちらかと言えば、嫌悪。


悪意の念が篭った、露骨な疎外だった。


その少年は、自身が周囲から避けられていることに気がついているのかいないのか、特に何をするでもなく、ぼうっと、ただ第四訓練場に突っ立っている。


見る限り、誰かをペアを組んでいる様子はない。微塵もない。


――ふと周囲を見渡してみると、他のクラスメイトたちは皆ペアを組んでしまっているようで――どうやら、まだペアを組んでいないのは、その少年と、夜音女八事だけであるようだった。


(――こうなったら、仕方ない、か)


明らかに問題を抱えていそうなクラスメイトであるが、ペアを組めるのが彼だけなのだから仕方あるまい。他に選択肢はない。何が悪いかと言えば、まごまごしていた自分が悪いのだ。多少の問題くらいは受け入れる。


そんな覚悟の元、夜音女八事は、その少年、箱追あざけりの元へと歩き始めた。


――が、勿論のこと、そんな覚悟など、意味のないものであることは、言うまでもない。



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