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1-1 遅れてやってくるもの

物質生成魔術と言うのは、技術的な難易度としては比較的低い部類に置かれている。が、それに比例するかのようにして、戦闘における実用性も、また低いとされている。


それは、他の普遍的な魔術と比べて、物質生成魔術を行うために必要なステップはやたらと多く、面倒であるがためである。


――大雑把に分けると、魔術には二つの種類がある。魔力を消費し、予め定められた動作を行う『基礎魔術』。そして、もう一つが、その場で動作を組み立てていく『独立魔術』である。


当然ながら、魔力を消費し、それを発動させようと思うだけで問題ない基礎魔術に比べて、独立魔術は発動の度、どのように魔術を発動させるのか、その動作を組まなければならない。結果として、その発動速度の差は歴然だ。


故に、戦闘に置いて重要視されるのは基礎魔術であり、独立魔術をメインとして戦う人間は極々僅かである。


そして、物質生成魔術は、生成する物質によって行う動作がそれぞれ変わるため、必然的に独立魔術に分類される。


その上で、生成する物質に関する知識がなければ、当然のようにそれを生成することは出来ないし――何より、物質を生成した上で、それを加工することは更に難しくなる。


例えば、鉄の塊を生成することは、さほど難しいことではない。


しかし、鉄で出来た剣を生成することは、比較的難しいことなのだ。


故に、物質生成魔術は基礎中の基礎、つまるところ、『独立魔術』を説明するための物としてのみ扱われることが多く――それを戦闘に利用する者がいるなんて、大抵の人間は、思わない。


もっとも、それこそ、箱追あざけりの狙いの一つでもあったのだが。



◇      ◇



神鷹 嶺二は入院している。


幸いにして、死んではいない。が、全身酷い火傷を負っていて、神鷹家の財力を使い、最新技術の治療を行っても、一月(ひとつき)はまともに歩くことも出来ないだろう――とのことだった。


そんな噂を、箱追あざけりは数日前に聞いた。


神鷹家の長男が決闘にて負けた、と言う評判は、すぐに学院中に広がった。それと同時に、神鷹嶺二を返り討ちにした箱追あざけりの名も広がったが、しかしながらこちらは広まらないほうが良い名だった。


つまりは悪名。


悪評である。


――魔術師でありながら、まともに魔術も使わず勝っただと? 戦う気のない臆病者ってだけだろ。


――『見切りの右眼』にビビって、煙幕撒いたらしいよ……あの卑怯者……。


――ほら、あいつだよ……あのいかにも陰気そうな奴……。


――神鷹嶺二に勝った? はっ、ただのまぐれだろ。偶然が重なっただけだ。


――試合見てたけどさ、あいつが何かしたって感じでもなかったし……運がいいだけじゃないの?


散々な言われようだが、特に箱追自身は気にしていなかった。


臆病者と言われようと、卑怯者と呼ばれようと、特になんとも思わないし、否定する気もない。そもそもその指摘が、さほど間違ったものであるとも思っていない。


どうだっていいのだ。


自分に絡んでくる奴が、実際に現れでもしない限り、実害はない。古今東西、陰口で直接死んだ人間はいないのだから。気にしてなければ、そんなもの、小鳥のさえずりと大差ない。


自分の評判が、入学早々、学院内で低迷しまくっていること。


それがどうした――と言わんばかりに、彼は今日も、学食の中央の席を陣取っては、ハンバーガーを齧っていた。


彼の近くに人はいない。皆、どこか避けるようにして距離をおいている。


それは噂の渦中の人間に進んで関わりたくないと言うことかもしれないし、あるいは単純に、悪名が知れ渡っている人間と仲良くしている様を、他人に見られたくないのかもしれない。


あるいはその全て、か。


真相のほどは定かではないが、結果として学食の場では、彼を中心としたドーナツ状の輪が作られていた。そしてその輪からは、時折、箱追に対する陰口が漏れ出ている。


誰かに配慮することを考えもしないその悪意の言葉は、当然のように箱追の耳にも入っているのだが、彼はそれでも場所を移動しようとはしなかった。


別に構わない。


近くに人が居ないと言うのは、願ったり叶ったりだ。


そう思っている節さえもある。


そして、その『願ったり叶ったり』をあっさりとぶち壊す人影が、ドーナツサークルから抜け出して、現れた。


「――よう、お前が箱追だよな?」


男子生徒だった。


染髪されていると一目で解る、人工的な茶色の短い髪を、つんつんと突っ立てている。耳にはピアスが空いていて、一瞥しただけで、あまり素行の良い生徒ではないと解るような出で立ちだった。


唐突に自身に話しかけてきたその人物を、箱追は軽く一瞥した後、


「さぁ。君が探している箱追がどの箱追だか解らないからな。なんとも言えない」


と、興味なさげに呟いた。


その返しに、茶髪の少年はぴくりとこめかみを動かしたが、こんなところで騒ぎを起こすのも馬鹿らしいと思ったのだろう、極めて冷静に言葉を返す。


「おれが探してんのは、あの神鷹嶺二を返り討ちにしたって言う、箱追あざけりのことだよ。お前でいいんだよな?」


「さてな。君の要件と事情次第では今日転校して来たばかりの佐藤太郎君ってことにする」


「なんで入学式の直後に転入生がいんだよ」


「いるかもしれないだろ? どうしてそう決めつける? そうやって自分の了見だけで全てを判断しようとするのは、僕の視野はとんでもなく矮小です、って宣伝して歩いているようなもんだぞ。安心しろよ。そんなことわざわざしなくても、そんなことはその干物みたいに茶色い頭を見れば誰だって解る」


「髪色は関係ねぇだろうが!!」


思わず叫んだ。


何が起こるのか……と、周囲から好奇の視線を寄せていた群衆が、一歩退く。


(……くそ。しまった。出来るだけ騒ぎを起こすつもりはなかったんだが……)


その反応を見て、茶髪の少年は思わず舌打ちを零した。だが、目の前の箱追あざけりは、彼の怒号にも舌打ちにも特に反応はしなかった。


ただ、食べ終わったハンバーガーの包み紙を丸めて転がし、飲み物をストローですすっている。その様子にも不快な物を感じたが、茶髪の少年はそれを胸の奥へと引っ込めて、ゆっくりと口を開く。


「……お前、どうやって神鷹を倒した?」


それは、神鷹嶺二敗北の話を聞いた人間の多くが、胸に抱いた疑問だった。あの神鷹家の人間を、やすやすと退けることなど不可能に近い。不審がることは当然だと言えた。


実際に、その戦いを見ていた人間に訪ねても、今ひとつ要領を得ない回答が返ってくるばかりで、具体的な倒し方、つまり箱追あざけりの戦い方は謎に包まれている。そうなれば、それを知る手立ては二つだ。


つまり――実際に対峙した神鷹嶺二に話を聞くか、本人である箱追あざけりに話を聞くか。


しかし、神鷹嶺二は未だに入院中だ。意識こそ戻っているようだが、話を聞けるような状態ではない。故に彼は、もう一つの方を、箱追あざけりに直接訊ねると言う方法を取った。


「……生憎だけど、俺は今日転校して来たばかりの佐藤太郎だったようだ。悪いな。そんな一週間近く前の話をされても何が何だかさっぱり解らん」


「……教える気はない、ってことか」


「当然だろ。誰が好き好んで自分の手の内を晒したがる? 誰も彼もが、お前みたいに自己顕示欲の強い、自分語り大好き人間だと思うなよ」


ぎりッ、と、奥歯を噛み締める音が聞こえた。茶髪の少年の、怒りのゲージが臨界に近いようだった。


少年は呟く。


「――嶺二は、おれの友人だった」


「ははぁ。あんな傲慢でプライドの高い奴にも友人がいたんだな。そいつは知らなかった。性格が悪くても家柄が良ければお友達が出来ると言う生き証人なわけか。そいつは貴重だ。まあその友情が、お前からの一方通行でなかったらの話だがな」


友人を貶され、更には築いてきた友情まで侮辱され、茶髪の少年の怒りは既に閾値を超えてしまい、すぅっ……と、能面のような表情が現れる。


(――なぜ、おれは、こんな奴に話しかけようとしたんだ)


後悔が、ひらりと心に舞い踊る。


「……斑坂(まだらざか) 盾由(たてよし)だ」


「は?」


唐突に、茶髪の少年の口から零された人名に、箱追は呆気にとられたような顔をした。それを見て、少しだけ、溜飲が下がる。


「おれの名だ――脳に刻めよ。必ず、嶺二の(あだ)はうつ」


「あっそう」


どうでも良さそうに返事をする箱追は、明らかに覚える気などない態度だった。それを見て、茶髪の少年――斑坂は眉を顰めて、ゆっくりとその場を去っていく。


(――すぐには手を出さない。あの嶺二が負けたんだ。下手に手を出すわけには、行かない)


必ず勝つ……そのために、斑坂は心中に燻ぶる暗い闘志をもやし続ける。


――友情を心に、彼は強くなる。


「…………」


一方、その場に残された箱追は、ただぼぅっと、飲み物を飲みながら、


(――そう言えば、神鷹君。ちゃんと右目抉ったかな)


と、益体もないことを考えていた。


(――まあ、どうでもいいけど)



◇      ◇



そんな出来事があってから、数日後。


国立高等魔術学院メイジ クラフトの前に、一台の車が停止した。


黒塗りの高級車――運転席からは『いかにも』と言うような老紳士が現れ、ゆっくりと後部座席の扉を開く。


そこから現れたのは、長い黒髪の少女だった。烏の濡れ羽色――と言うのだろうか。艶やかな髪を、そのままにしている。人形のように整った顔立ち。少し吊り目がちな瞳は、何処か退廃的な色を携えていた。


――なんだか、どこか……人生が面白くない――とでも言うような。


そんな瞳である。


「んー……一週間とちょっとくらい……かしら。遅刻しちゃったわね」


少女は眼前に聳える学院を一瞥して、少し考えるようにし、呟いた。


「左様でございます」


その少女の呟きに、老紳士は答える。


「しかしながら、この件に関して、お嬢様に責任はございません。あまりお気になさらぬよう……」


「そもそも気にしていないわよ。家のゴタゴタで、ちょっと登院できなかったってだけなんだから」


「全くでございます」


黒髪の少女――彼女は、神鷹家と並ぶ魔術界の大御所、夜音女(やおとめ)家の長女である。


神鷹家と同様、「夜音女の娘が高等学院に進学する」と言う出来事は、かなりの衝撃を魔術界に与えた。


各々が個別に進学すると言うだけでも、かなりの事だと言うのに――神鷹と夜音女の後継者二人が、同時に進学する。


それは二人が同年代に生まれた時から決まっていたことではあるが、それでも実際にその時が来れば、衝撃を隠すことは出来ない。


――今年の国立高等魔術学院は、荒れる――魔術界隈の各所では、ことごとくそう呟かれていた。


そしてそれは正しい。酷く正しい予測だ。


もっとも、荒れる原因こそ、違うが。


ともあれ、神鷹と夜音女の後継者が同時に進学すること――それを良しとしないものも、少なからず、この国には居る。否。この国のみならず、あらゆる世界各国に、点在している。


せめて、どちらか一方だけでも、進学を阻止できないか。


そう考えた何者かによって、昨日まで、夜音女家は大規模な襲撃を受けていたのである。それ故の、大幅な遅延入学であった。


「しかし、わざわざ神鷹家じゃなく、夜音女家を狙ってくるなんて――敵も愚かな選択(セレクトミス)をしたものよね」


「ええ、それはもう」


この言葉は、決して自惚れではない。


事実、神鷹家と夜音女家は、同じステージに属する血筋ではあるが――ランクは幾分、夜音女家の方が高い。


ランク。


つまりは地位である。


魔術界における貢献度――貴重性――戦力――その他諸々の『力』を全てひっくるめれば、最終的には夜音女家が勝る。


事実、夜音女家を襲撃した集団は、微塵もかの血族に爪痕を残すことも許されず――ただ壊滅していった。


「……って言っても、私は何もしてないんだけれどさ」


戦いは、彼女が入学の準備を進めている間に、終わっていた。昔からそうである。家に何か有るたびに、彼女は夜音女の一族を守るために戦いたいと思った。


が、彼女が前線に出る前に、大抵の場合、戦いは終結してしまっているのだ。


それは彼女が箱入り娘であり、過保護に近い状態に置かれている――と言うのも、まあ一つの理由なのだろう。


だが、それよりももっと大きな理由として。


――夜音女に刃向かった者は、一夜で壊滅する――と言うものが大きい。


つまり、彼女が戦いに気が付き、いざ赴こうとしたその時には、既に決着が付いている。


圧倒的な夜音女の力故の、弊害とも言えるだろう。


それでも、問題が解決するのに時間を有したのは、後処理に手間取ったが故である。解りやすく言えば、相手が予想以上に弱すぎて(・・・・)――壊滅させ過ぎてしまったのだ。


敵がどういった勢力なのか。何を目的としているのか。そういった情報を聞き出す相手を、失ってしまった。故に、今回は事後処理に時間がかかりすぎてしまった。


その間、セキュリティ上の問題で、半ば部屋に軟禁されていた彼女は、酷い退屈を味わい――いまこうして久し振りに外へ出られたことに、それなりの開放感を感じていた。


しかし、それでも、満足がいったわけではない。元来活動的である彼女に対して、部屋への軟禁と言う処置は、かなりのストレスを引き起こさせるものであった。


「――それで宜しいのです、お嬢様。健康無事であることが何よりですから」


「……解っちゃいるけど」


老紳士の言葉に、表面上納得したような言葉をつぶやく彼女だったが、それでも、どこか不満そうだった。


だが、いい加減拗ねているわけにもいかない。眼前にそびえる学院を、真正面から見据える。


(――もしかしたら、ここに、私の退屈を解消してくれるものがあるかもしれないし――そう、例えば神鷹のお坊ちゃんとか)


一抹の期待と共に、彼女はゆっくりと歩み出す。


「それじゃあ、じいや。行ってくるわね」


「ええ、お気をつけて」



――そんな彼女が、神鷹 嶺二の負傷を知るのは、これから約十分後のことである。



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