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Prologue


初投稿です。仕様も、やり方も、暗黙の了解もさっぱり解りませんが、とりあえず投稿してみようと思います。改行とかどのくらいすればいいんだろう。


基本的にローテンポで、長ったらしくクドい文章が続きます。そしてプロローグ自体も長いです。ただこれで、本作の大体の雰囲気は掴んで頂けると思うので、お暇でしたらよろしくお願いいたします。


神鷹(かみたか) 嶺二(れいじ)には勝利の自信があった。


彼の一族、神鷹の血に伝わる、遺伝性の魔術、『見切りの右眼』を利用すれば、大半の相手に勝利を収めることが出来る――そんな自信が、彼には根付いていた。事実として、国立魔術高等学院(メイジ クラフト)に入学し、初めての決闘を行おうとしているこの時まで、彼は一度足りとも負けたことがなかった。


神鷹家は、代々有能なる戦士を輩出してきた家系だ。しかしその誰を見ても、特別魔力量が多いわけでもなければ、魔力制御が優れているわけでもない。使える属性が多いわけでもないし、魔法の発動速度、精度、どれをとっても平均であると言わざるをえない。


しかし、そんな神鷹家を、魔術家系の大御所としているのは、ひとえに『見切りの右眼』がある故である。


その能力は、至って単純――名に一切の偽りなく、動作の見切り。


ありとあらゆる物質が、どう動くか……さながら未来予知(・・・・)が如く、それを見極め――そして、最小の動きで躱し、カウンターを叩き込む。ただそれだけの能力だ。だが、単純故に極めて強力であると言わざるをえない。


実際、こういった決闘の場で、相手の攻撃が、神鷹 嶺二に当たった事は一度もない。不意打ち、奇襲でもなければ、決して攻撃を受けることはないのだ。全てを紙一重で躱し――そして、攻撃後の隙を突き、常に最良の一撃を叩き込んできた。


神鷹 嶺二の魔法系列は『雷』だ――しかし、魔法全般に関して、神鷹 嶺二の能力は高いとは言えない。故に彼は、既存の基礎魔法の一つである、『ディスチャージ』にデチューンを重ね、より単純な魔法として利用していた。


本来、ディスチャージは、強力な雷撃を広範囲に渡って長時間放射し続ける、いわば殲滅型の魔法である――が、彼の扱う劣化版ディスチャージは、言うなれば非常に強力なスタンガンだ。


射程は非常に短く、また、持続もほぼ無いと言ってしまっていい。ただし、威力はディスチャージのそれそのままであり、尚且つ発動速度に重きを置いて改造している。


それをがら空きの胴体に、ゼロ距離で叩き込むことが出来れば、大の大人でも半日は意識が飛ぶ――事実、そうやって、神鷹家に敵対する数々の大人たちを屠ってきた実力が、彼にはあった。


故に。その圧倒的な強さの事実が、彼の自信となり――ましてや、たかが学生に負けることなどありえないと、彼は確信していた。


その自信は、何も間違ってはいない。事実、単純な力量であれば、彼は新入生の誰よりも優秀である。神鷹家として育てられてきた彼には、実戦経験も、この歳にしては十分過ぎるほど積まれていたし――もはやその界隈では、『右眼の電雷』として有名を馳せているほどだった。


彼が国立魔導高等学院(メイジ クラフト)に進学する――と言うだけで、それなりに魔術界隈はざわめいたものだ。


故に――彼には誰にも譲れないプライドがあった。


神鷹家の次期当主として。そして何より、神鷹 嶺二として。誰にも侵すことの出来ない、不可侵のプライドが。


だから――そのプライドを、表情を変えることもなく平然と侮辱した、目の前の男を決して許すことは出来なかった。



◇      ◇



国立の魔導学院には、『決闘』と呼ばれるシステムがある。正式には『104条、他者間紛紜解決法(たしゃかんふんうんかいけつほう)』と言うのだが、そんな舌を噛みそうな長ったらしい名で呼ぶ生徒は殆ど居ない。


それよりも解りやすく、決闘と呼ばれることが最も多い。次点で多いのが、『合法的殺し合い』――である。もっとも、そう呼ぶのは極々一部の生徒だけであるが。


次点の呼ばれ方から解るように、決闘内において、相手の殺傷は許可されている。決闘内の全ての怪我、人死には全て『事故』として処理され、その責任が追求されることはない。


そのことは国立魔導学院に入学した際に、念入りに説明され(過去にクレームがあったのか何なのか、それはもう酷い念の入れようである)書類にサインした時点で、その契約は受理される。


更に言えば、授業内容の一環である『模擬戦』や『実践魔術』においても、死亡するリスクを滔々と記しており、それらも上記と同じよう、何があろうと全て事故として処理され、責任内容は追求されない。


――とは言え、過去決闘や模擬戦などにおいて、死者が出たことはそう多くはない。無論、魔術や剣術、その他の戦闘技術を駆使して行われるそれにおいて、全く死者が出ない――などと言うことは無いのだが、それでも比率にすれば1%を切るだろう。


その1%にしたところで、大多数が事故に近い形の物で――故意的な殺傷は殆ど無いと言っても良い。


当たり前だ。


誰が好き好んで、人など殺したいと言うのか。


それ故、学院内では、『決闘』のリスクはあまり高いものとしては認識されていない――よって、神鷹 嶺二が、決闘を挑んだのも――相手がそれをあっさりを引き受けたのも、さほど可笑しな話ではない。


よくあることだ。


学院内では日常茶飯事だと言っても良い。一ヶ月に最低十件は起こる。三日に一度は起こることに、一々大騒ぎするわけもない。


しかし――それでも、この決闘が大々的に広まり――大勢のギャラリーが集まってきたのは、ひとえに神鷹 嶺二の名声ゆえだろう。


『あの神鷹家の長男が戦うらしい』――となれば、一目見たいと集まるのは群衆として当然である。相手が誰かなど、大抵の群衆にとって、興味の外であった。


対戦相手に興味を向けていたのは、一部の僅かな群衆を除けば――神鷹 嶺二本人くらいのものだ。


――相手は、黒髪で、どちらかと言えば痩せている男だった。年齢は、神鷹自身と同じ新入生だと言うことから判断して、十五から十六ほどだろう。身長はさほど高くはない。手足は若干長いので、身長だけでリーチを判断すると見誤る可能性がある。


同じ新入生と言う事情ゆえ、どのような魔法を使い、どのように戦うのか。神鷹にとって、対戦相手は全くの未知数である。だが、それでも彼には勝つ自信があり――負ける気は一切なかった。


己の血に伝わる『見切りの右眼』を持ってすれば、勝利を取りこぼすことなどあり得ない。


必ず敵を倒し――必ず、発言の撤回と謝罪をさせる。


――神鷹家を侮辱したことを、後悔させてやる。


神鷹 嶺二のその敵意を正面からぶつけられれ、それでも何処か退屈そうにしている決闘の相手。



――彼の名は、箱追(はこおい) あざけり、と言った。



◇      ◇



「神鷹家? ああ、いるらしいね。新入生の中に。見切りの右眼だか何だかに頼りきりだって言う一族だろう? ご先祖様が開発した魔術におんぶ抱っこで、魔術界の一角を牛耳っているって言う。うん、知ってる知ってる。ふうん。なるほど。君がその神鷹家の人間なのか。ははぁ、実に羨ましいもんだね。俺も先祖の威光に縋り付いて、適当にでかい面していたかったもんさ」


第一声はそれだった。


そのどう考えても喧嘩を売っているとしか思えない侮辱の言葉に、当然のように神鷹 嶺二は心の中で激怒した。そして周囲の人間は、そんな神鷹 嶺二の様子に恐れ慄いた。


――あいつ、なんてことを言いやがるんだ。


――神鷹家に喧嘩を売るなんて。


――まともな神経じゃないな。


――馬鹿なんじゃないのか?


――頭がおかしいに違いない。


周囲の反応は散々だったが、そのどれもが間違ってはいないだろう。少なくともまともな人間ならば、軽々に他人を嘲るようなことは言わないだろうし、ましてや本人の目の前で言葉を零すなど、まともな神経ではない。


しかもそれを、さほど大したことではないように平然と言うのだから、頭のネジが外れていると断じられても、一向に可笑しくないと言うものだ。


「――お前、今の発言を取り消せ」


冷静に。


激情を心の奥底にしまい込みつつ――低く冷たい声音で、神鷹はそう要求した。


それに対して、目の前の男――箱追は、少し考えるようにしてから、


「ああ」


と、小さく呟いた。


「ひょっとして、あれか。でかい面しているってのを、外見的特徴の罵倒だと思ったのか? 安心してくれよ、君はばっちり小顔だ。しかもどちらかと言えばイケメンだ。君の外見に罵倒すべき点は無いさ。内面はどうだか知らないけどな」


この時点で聴衆は、「――ああ、こいつ、終わったな」と、思った。


入学早々、神鷹家の人間にここまで無礼を働き、まともな学生生活を送れるわけがないのは目に見えていた。前述通り、神鷹家は魔術界では大きな力を有している。その権力は、学生間の間でも決して無視出来ない大きさのものだ。


そして、ここまで馬鹿にされた神鷹 嶺二が、黙って引き下がるわけがないことも、目に見えていた。


「――いいだろう。お前がその気なら、相手になってやる。決闘だ。ルールは知っているな? 俺が勝ったら先ほどの発言を取り消し、神鷹家に謝罪してもらう。土下座だ」


神鷹は一方的にそう言い放った。決闘は、お互いが了承せねば許可されない法である。故に、その会話を聞いていた周囲の人間は、相手の男、箱追あざけりが、その要求を拒否すると考えた。


神鷹 嶺二のことを少しでも知っていれば、そうするのが当然だと思ったし――そもそも、入学早々決闘など行いたくはないと言うのが、常人の思考だ。


「決闘ね……物騒な奴だな……まあいいか。オーケー、決まりだ。場所は……まあこの時間だから、第一訓練場が空いているか」


しかし、周囲の予想に反して、箱追はあっさりとその申し出を受け入れた。


実にどうでも良さそうに、平然とそう呟いた箱追に対して、聴衆は少なからずざわめいたものだが、神鷹はそんな些事には気をかけず、ただ問い返す。


「待て。お前の要求を聞いていない」


――決闘を行う際には、実行の前に互いに要求を行い、誓約を交わす。互いに自身が勝利した場合、相手に何を求めるのかを明らかにしておくのだ。


その上で、決闘に乗るか乗らないかを、受けた側が決める。故に、箱追にも何かしら要求をする権利がある。


箱追はしばらく「あー、えっと……」と悩んでいる様子だったが、やがて半笑いで口を開いた。


「まあ正直こんな決闘、どうでもいいんだけどさ……そうだな、俺が勝ったら神鷹くん、君――」


そして言った。



「――右目、抉れよ」



◇      ◇



第一訓練場には沢山のギャラリーが詰めかけていた。が、その大半は前述通り、神鷹 嶺二を目的として来ていて、対戦相手の箱追あざけりには微塵の興味も抱いていない。


そして、その中の一部の例外である、あの場で『右目を抉ること』を条件とした、箱追あざけりの言葉を聞いたクラスメイトたちは――皆、どこか落ち着かない雰囲気を出していた。


――神鷹嶺二が負けるとは思わない。


――『右眼の電雷』とまで呼ばれ、プロの魔術師にさえ匹敵すると呼ばれる神鷹嶺二だ。


――あんな無名の、わけの解らん奴に負けるような要素はないだろう。


だが、それでも何処か落ち着かないのは、賭けているものの大きさが、神鷹嶺二と、箱追あざけりとで違い過ぎるゆえだろうか。


片や発言の取り消しと、土下座による謝罪。


片や右目を抉ること。


――そんな条件を平然と打ち出す箱追を――素直に気持ち悪いと、彼らは思ったし、それを受け入れる神鷹嶺二にも、また異様なものを感じ取った。


謝罪と、片目。その重さの差は、誰の目から見ても歴然だ。


だがそれでも、神鷹がその不平等極まりない条件を飲んだのは、自身が負けることなどあり得ないと言う、実績に裏打ちされた、自信ゆえだろう。


「……さて。そろそろ始めるか」


周囲のギャラリーの視線を一身に浴びつつ、しかし神鷹の精神は微塵も揺らいでいなかった。神鷹家の人間として、この程度のプレッシャーは腐るほど浴びてきた。


よって、彼はいつものように、自身の武器を取り出す。


それは、見る分には普遍的な西洋剣だった。刃が広く、斬ることに特化した剣――しかし、当然の如くただの剣ではなく、魔力の伝導率が極めて高い金属で精製された一品だ。


これに雷の魔力によるエンチャントを行い――見切りの右眼でヒット、アンド、アウェイで戦うのが、基本的な彼の戦術である。


そして、剣での攻撃に慣れてきた相手に対して――ここぞと言う時に、劣化版ディスチャージを叩き込む。


彼の中に強固な柱として存在している、勝利への方程式。


――それに対して、箱追あざけりも武器を取り出す。それを見て、神鷹の表情がぴくりと動く。


――似たような、西洋剣。


自身が使う得物とはランクが違うが……それでも、カテゴリーとしては同じ武器。まあ剣を得物として使う学生は珍しくない。尤も、魔術の行使には邪魔になることもしばしばである故に、魔術を主武器とする者が持つことは少ないが。


――とすれば、相手も俺と同じ。


神鷹は思考する。


――少なくとも、高機能の魔術を、主武器とするタイプでは、ない。


相手の情報は少ない――ほぼ無いと言ってしまってもいい。故に、考え、纏める。


箱追あざけりは、どのような戦士なのか。


理解する。


「……開始はこのコインが地面に落ちた瞬間からだ」


神鷹は、手持ちから一枚の金貨を取り出し、親指の上に載せ、箱追に対して言葉を零す。


「これを弾き――落ちた瞬間から」


「ああ、うん。解った解った。何度も言わなくていいから。君と違って一回説明されれば解る程度の脳は所有している。大丈夫だ」


ぴきりと、神鷹のこめかみに血管が浮いた。それでも表面上、できる限り冷静に努め――


――そして彼は、コインを弾く。


空中をくるくると回転したコインは、放物線を描きながら、やがて地面に落ち――


――ちゃりん……と、小さな音を立てた。


「―――」


その瞬間から、神鷹は動き出していた。左腕を水平に薙ぎ、そこから魔力を雷へと変換させて放つ。


これは魔法、魔術の類ではない――それらよりも、もっと原始的な攻撃。ただ、魔力の塊を敵へと放つと言う、純粋な攻撃動作だ。それが雷の形態を取るのは、彼の属性適応が雷に最も適しているゆえである。


とは言え、それはあくまで『雷の性質を帯びた魔力』であり、雷そのものではない。故に速度も雷速には届かず、威力もさほどない。神鷹自身、これをメインの攻撃として放ったわけでもない。


これはただの牽制だ。


一対一の戦闘において、先手を取られるのは悪手だ。上手く対応出来れば話は別だが、そうでないのであれば、ただペースを持っていかれるだけ――少なくとも神鷹はそう考えている。故に、まどろっこしい処理を抜きにして放つ事のできる、ただの魔力波を初手とした。それだけの話である。


その攻撃は、当然のように回避されてしかるべきものだ。無論、ただの魔力波と言えど、直撃したら痛いでは済まない。防御なり回避なり、相応しい行動があるはずだ。


――だが、箱追の行動は、そのどれにも当てはまらない、奇妙なものだった。否、結果から言えば、それは防御であり、回避であったのだろう。


箱追は自身に雷撃が飛ばされるのを見ると――あろうことか、自身の得物である西洋剣を投げ捨てた(・・・・・)のだ。


場合によっては、戦闘の放棄と見なされても可笑しくない動き。


実際、その行動を目撃したギャラリー達は、「ああ、諦めたんだな」と思ったし――対峙している本人である神鷹は、そんな動きに戸惑った。


だが、彼が本当に戸惑ったのはその先である。


放たれた雷撃は、本来紡がれるはずだった軌跡を無視し、投げ捨てられた箱追の西洋剣へと向かっていった。


ぐわん――と。雷の軌道が逸れ、箱追が回避行動を取るまでもなく、雷撃は彼には当たらなかった。


――何が起きたかは明白だ。


(……あの剣、雷に対して誘導性のある金属で造られている)


雷の変則的な動きを見ればそれは明らかだ――だが、何故?


何故、あの男――そんなものを都合よく持っている(・・・・・・・・・)


「……全く、有名人ってのはいいもんだな。情報を集めるまでもなく、対策が練れる。名声さまさまってわけだ」


ふと見ると――箱追の手にはまた一本、西洋剣が握られていた。先程彼が投げ捨てたものを全く同じ――寸分違わない刃を持つ、剣。


(……ああ)


と、それを見て、神鷹は理解した。


魔術における根本。基礎魔法中の基礎魔法でありながら、その面倒かつ不合理極まりない厄介な手順により、余程の人間が使わないであろう、超初級魔術。


物質生成魔術。


属性さえ伴わない、言うなれば魔術におけるチュートリアルとさえ言える、初歩的なそれ――なるほど、それを使っているのだとしたら、雷遣いに対して、雷撃の誘導性の高い得物を持ち出せたことにも納得がいく。


(――馬鹿な(・・・)納得(・・)がいくわけがあるか(・・・・・・・・・)


神鷹は、自身が直感的に確信したその考えを、とっさに否定した。


あんな物(・・・・)を使う人間がいるだと? あり得ない――あんな、あんな使い物にもならない(・・・・・・・・・)魔術を?)


だが、事実、箱追の手の中には、訓練場の床に転がっている西洋剣と、全く同じ剣が携えられている。あんなものを、身体のどこかに隠し持っていたとは到底思えない。


その場で作ったとしか――考えられない。


「―――」


しかし、神鷹の心が乱れたのは、一瞬だった。


(あれが物質生成による剣の生成かどうかはどうでもいい――ただ一つ、事実として、相手は雷撃を誘導する物質を生成することが出来る。故に、雷を放つ攻撃は無意味だ)


考える。


(ならば話は簡単だ――遠距離から牽制など入れずとも良い……単純明快に、直接攻撃を叩き込む!!)


そして、神鷹の右眼が、じわりと――金色の輝きを宿した。


それと同時に、彼の持つ剣に魔力が流し込まれる。一見、何か変わったようには見えないが、彼が一度剣を振るえば、ジジッ……と、刃に纏うようにして、雷撃が弾けた。


雷の魔力によるエンチャント。剣に纏わせた魔力は、雷の性質を帯びている――が、神鷹の持つ剣は、魔力の伝導率が極めて高い。誘引性で言うならば、こちらのほうが遥かに上だ。雷撃の誘引は気にしなくていい。


そして、彼のもう一つの武器――いわば切り札とも言える、劣化版ディスチャージ。これも射程と発動時間が極めて短いと言う特性上、この状況下でも遺憾なく実力を発揮することが出来る。


何も問題ない。


遠距離からの雷撃を無効化した程度では、神鷹の強さは何も揺るがない。そもそも、彼の戦闘スタイルは、攻撃型の魔術に頼るものではない。


その強さの核を成すのは、『見切りの右眼』だ。


そしてそれは、既に発動している――これを発動させた以上、神鷹に敗北の二文字はなかった。


「…………」


かちゃり――と、神鷹が西洋剣を構え直す。相手がいつ、どのように攻撃を仕掛けてきたところで、全て『見て』回避し、直後にカウンターを入れることが出来る。


故に待ちの姿勢。


だがそれは、相手も解っている。


解っているが故に。


「……ま、いっか」


そう呟いた、箱追の行動は、実に単純だった。


物質生成の魔術によって、左手の中に、二つの小さなスプレー缶のようなものを作り出した。そしてそれを、実に気怠そうに――面倒そうにして――ただ、神鷹の方へと転がして――


――瞬間、そのスプレー缶のようなものから、黒い煙が轟々と吹き出した。


(――煙幕……!?)


箱追の行いは実に理にかなっていたと言える。


相手の行動を『見て』、『見切って』、そして回避し、反撃する――それが『見切りの右眼』の真髄ならば――そもそも見せなければいい。


視界を奪えばいい。


例えば煙幕とかで。


(なんて――姑息な手段を!!)


黒色で閉ざされた視界の中、神鷹は必死に警戒する。相手が居た位置、場所、自分の今の位置――必ず相手は、この閉ざされた視界の中、攻撃を仕掛けてくる。下手に煙幕の中から抜けだそうと動くのは、不味い。そう広い煙幕ではないだろうから、ぬけ出すこと自体は容易だろうが――その隙を狙われて攻撃されれば、流石に対応出来るか微妙なところだ。せめて投げられた煙幕が一つならば、抜け出す道を選んだかもしれないが――考えたところで意味は無い。


故に、迎え撃つ。


『眼』が使えない今、頼りになる情報は――音。


これまで『眼』に頼りきりだった神鷹に、音だけで全てを警戒しろ、と言うのも難しい……だが経験上、推測は成り立つ。こう言う場合、大抵の敵は『背後』を狙ってくるものだ――真正面から斬りかかるような奴は、いない。ならば、やることは変わりない。


例え『眼』が遮断されようとも。


(常に周囲を――重点的に背後を警戒し――『眼』が使えないからと言って、油断し、のこのことやって来たあいつを――即座に仕留める)


右手には西洋剣を構えたまま、神鷹は左腕に魔力を循環させ、魔術の準備を整えていく。


少しでも気配を感じた瞬間――左腕からディスチャージを放つ。


万が一それが外れたとしても、間髪入れずに斬りかかる。


『眼』が使えずとも、やることは変わらない。


敵の気配を感じた瞬間、先手必殺で攻撃する。


精神を集中させる――余計なギャラリーの声は、排除だ。とにかく、周囲。自身の周囲、半径二メートルでいい。その範囲に気配を『見た』時が――あいつの、最後だ。


精神を尖らせ――数秒。


やがてその時がやってくる。


コツッ……と、神鷹の背後で、小さな音がした。極僅かな、気を抜けば聞き逃してしまいそうなほどの、小さな音。だがそれでも、神鷹は聞き逃さなかった。


気配を――見逃さなかった。


(――そこだ)


バチリッ――と、派手なスパークが神鷹の左腕が放たれる。それは人間が喰らえば半日以上は意識が吹き飛ぶほどの苛烈な攻撃だ。『眼』がなければ何も出来ないと、油断している相手の意識を奪うには十分過ぎる威力。


――だが、そこには誰も居なかった。


(あ?)


そしてその瞬間、神鷹の周囲で、激しい爆発が巻き起こった。



◇      ◇



それを見ていたギャラリーは、何が起きているのかさっぱり解らなかったと言う。


ただ、神鷹 嶺二の決闘相手である箱追と言う男が、煙幕を張り、神鷹の視界を奪ったことまでは解った。


だが、せっかく視界を奪ったにも関わらず、その後、箱追あざけりは、神鷹に対して攻撃を仕掛けようとはしなかった。視界を奪うことによって、神鷹の最大のアドバンテージを潰したと言うのに。これでは最大のチャンスを溝に捨てているようなものだ。


攻撃をしない――どころか。


むしろその逆。


わざわざ距離を取り、訓練場の端の方まで移動して――それから彼は、ただ小石を投げた。


小石。


本当に、ただの小石だ。特別な力を秘めているわけでもないし、何かしらの魔法印が刻まれていたわけでもない。


ただ、その小石が切っ掛けで、煙幕が張られていた周辺が、凄まじい爆発に見舞われた――ように、観客には見えたと言う。


なんてことはない。


箱追の投げた二つの缶のうち、一つは確かに煙幕だったが――



――もう一つが、無臭の、可燃性のガスだった、と言うだけの話だ。



それが、神鷹 嶺二の放った雷撃によって引火し、爆発を巻き起こしたと言うだけの話である。


無論、その中心に居た神鷹 嶺二が、無事で済むわけもないのだが、そんなことは非常に些細な問題だった。


少なくとも、箱追あざけりにとっては。



◇      ◇



この物語は、まともに戦う気のない、他人を思いやることを全く知らない屑こと、箱追あざけりが――どれだけ侮辱的に、未来ある有望な魔術師の卵を踏みにじっていくかと言う、比較的どうでもいい物語である。


端的に言うならば。


侮辱と嘲りの物語だ。

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