かくて世は事も無し
「っ!」
突きを避けて回転斬り。相殺。
「君のお仲間に狙われているからね、留まるのは危険だ」
「止めるのが僕の勝利だとでも言うの?」
一瞬離れて瞬時に斬り結ぶ。
「君がそれで満足するのなら」
「しないさ!」
「だろうね」
時刻は夜の12時を回りそうだ。眠気も集中力もやばい。早めに決着をつけたいけど不用意に突っ込んだらサクッとやられる。
「逃がしてくれないかな?」
「むぅ……」
それも悪くないけどさ。眠気的な意味で。
「君を逃したら後悔しそうだし」
「はぁ……」
シンも眠そうにため息を突いて夜色の剣を構える。
幅広の鍔に長めの柄、軽く反りのある剣身に膨らんだ先端。薄さは視認が難しいくらい。
「ーーっ!」
「むぃ⁉︎」
姿が消えた。そう思ったけど左からの殺気が。切り上げる。振り下ろされた剣と交差する。
タァンッ
「く⁉︎」
「隙あり!」
「さてね!」
レヴィの狙撃に体勢を崩したシンに追撃。しかし避けられ、立ち上がりざまの剣。それを受け止め、弾いて
「残念、時間切れだ」
「え⁉︎」
転移アイテムのクールタイムを越えた? そんな馬鹿な。もっと余裕はあるはず……だとしたら一つじゃない?
呆れすら出るようなその結論にため息が出た。そしてレヴィの呼びかけに手を振る。
「今回は完全に僕の負けだ」
だけど次は負けない。
*****
「えー? もう眠いのに?」
「五分頑張りなさい」
何故かひよちゃんの上から弾丸を降り注ぐという芸当をしているレヴィに呆れつつ眠い。
「五分でどうにかなるの?」
「……多分」
「ならないよね? 明日で良い?」
「宿題先延ばし思考はダメよ」
「えー」
「眠気は分かるからもう少し耐えなさい」
ぶーぶー、と文句を言っているけどひよちゃんは止まらない。僕の言う事を無視するなんて反抗期なの?
「……無事に帰ったか」
「眠気に負けそう」
「……まずアリアの送ったメッセージの内容を理解しているな。だから俺たちはシンの討伐を目指す」
「私、『シン』を倒します。必ず倒します」
「ちょっと待って。プレイヤーなんでしょ? 討伐っておかしくない?」
シェリ姉の言葉にため息を吐くのがちらほらと。
「あのね、シェリル。アレはプレイヤーだなんて思ったらダメよ?」
「そうねぇ、あれがどれほどのプレイヤーを狩ったのか知らないから言えるのよぉ」
「まったくだな」
マモン、レヴィ、魔王の言葉にシェリ姉は驚く。
「シェリ姉、シンはね、僕たちですら壊滅させられかけたほどのPKなんだよ」
「……そうなんだ」
「ぶっちゃけ言ってシェリ姉を襲う計画を立てたのはあいつじゃないと思う。だけど《シリアルキラーズ》のリーダーはシンだ。あの人数が動くのにあいつが気付かないはずがない」
「見逃したって事?」
「多分ね。あいつが考えているのは大規模なギルド間の戦争だ。マモンがすでに何人か射抜いた以上、それは起きてしまう」
「不可抗力だと思うなー」
マモンの言葉に頷いて
「だからこそあいつの存在を知らしめて、その上であいつを狩るように他のギルドとかに伝えないといけない」
*****
「宿題写し終わった?」
「大体ね。作文は直美に聞きながらやるから明日白織屋に来れる?」
「うん、行けるよ」
きりとカーマインブラックスミスの二階で話していると
「アリアちゃーん? お母さんが呼んでるよ」
「シェリ姉、それホント?」
「お婆ちゃんち行く準備してないでしょ?」
「ぬ」
そう言えばそうだった。6からお盆に行くのにまだ準備がぜんぜん出来ていない。ちなみに今は8月4日だ。シンと戦った翌日だ。
「って事で僕は落ちるけど」
「はいはい」
「りょーかい」
「分かりました」
「はーい」
「終わったら入るの?」
「んー、分かんない」
そのままメニューからログアウトをタップ。そしてはいを選んでログアウト。リアルに戻って頭に被ったデバイスを外して一階に下りる。
「アリアちゃん、シェリちゃんから何が言いたいか聞いた?」
「準備って」
「そうね。三日分の着替えと他に必要なものかな? 小さめのカバンで良いと思うよ?」
ハーイ、と返事をして台所に入る。そのままお茶を飲んで
「んー? 夜ご飯は何?」
「鯵の海苔巻き豚肉炒めよ」
「……鯵の海苔巻きと豚肉炒め?」
「ううん、鯵の海苔巻き豚肉炒めよ」
一緒って事だ。何となくイメージしたくない。
「あ、お姉ちゃん、準備したの?」
「まだ」
「もー、シェリ姉もぷんぷんしてたよ?」
「え、ホント?」
「うそー!」
キャー、と言いながら逃げるエミを後ろから捕まえてこちょこちょ。すると背後から殺気が!?
「あーりーあーちゃーんー?」
「!? お母さん!?」
「準備をしろー!」
こちょこちょされた。まったくもう。
*****
「アジアン」
「え、何?」
「今度の日曜日、皆で海に行こうって話しになっているんだけどさ、一緒に行かない?」
リア充どもめ、と心の中で吐き捨てながら商品の剣を陳列する。剣だけじゃないけど。
「マモン、レヴィ。陳列終わりました」
「お疲れ様」
「エミリアのアクセサリーは並べないの?」
「あー、まだそんなに量産できないんで」
アクセサリーに細工をするのも時間がかかるし素材も集めに行くのが難しい。自力だと辛い。
「そこのカップルも生産形のスキルは取らないの?」
「僕は《錬金術》を習得していますよ」
「私は何を取ろうかって迷っています」
「そう。料理系のスキルはマモンとアリアと私で何とか補っているから……エミリアみたいに一極化した方が良いかもしれないわね」
げ、私にリア充カップルを任せようと?
「エミリア、山のお爺さんのところまで連れて行ってもらっても良い?」
「あんまり実力に自信が無いんで」
「ならマモンか私が手伝うわよ」
リア充どもと一緒に行動するのが嫌なんだ。だから
「それよりもカップルで水入らずで仲良くしたほうが良いんじゃないんですか?」
「その発想はなかった」
「そうね」
そういう事で二人でいちゃつきながらモンスターに蹂躙もとい経験値とするのだ、若者よ。二十代年齢=彼氏無し歴の女からの粋なサプライズよ。
「剣士兼小道具師のマリアとナイフ使いのアジアンね、中々バランスは悪くないわね」
「小道具師?」
初めて聞いたんだけどその職業。
「《錬金術》でアイテムを創るでしょ? それで爆弾とかブーメランとか創って投げまくる系の珍しい職業ね」
「マリアにはぴったりね」
手を繋ぐなリア充カップルめ。物凄くイライラする。
「……マモン」
「うん」
二人の目つきが変わった。そして
「そろそろ落ちたら? もう遅いし私とレヴィがいるから」
「……それじゃマリアとアジアン、また明日」
「エミリアも落ちた方が良いと思うんだけどなぁ」
「シンですか?」
「「えーっと……」」
二人が困ったように顔を見合わせる。仕方が無い、素直に従っておくとしよう。
「それじゃ失礼します」
さっさとログアウトして……ベッドの上で目を開ける。そのまま体を起こして……
「卒論の内容とかも考えないとなぁ……」
色々とやることが多過ぎて『エミリア』に戻りたくなった。
せんせー、タイトルが嘘を吐いてます




