並び立つという事
ユニーク10万pv記念
僕はかつて、プレイヤーキラー、PKでした。人を斬りました。人を殺しました。そんな僕が、彼女の隣に立っていても良いのでしょうか。妻であり、愛する彼女の旦那で良いのでしょうか。
*****
「それじゃ、行ってらっしゃい!」
「うん、行って来ます」
ちゅー、と唇を尖らせる妻に苦笑しつつ、その小柄な体を抱きしめる。一瞬だけ不満そうな表情を浮かべたが、自然と柘雄の胸に頬を擦りつける小動物へと変貌していた。
「ボタンがあるから止めた方が良いよ」
「この程度の問題を乗り越えられなくて何が妻か」
「何か勇ましいね……ん」
そんな状態からも唇を狙って突撃してきたので、抵抗せずにキスを受ける。
「行ってらっしゃい、旦那様」
「行って来るよ、アリア」
アリアが冗談めかして柘雄に頭を下げる。その頭をぽんぽん、と叩いて玄関の扉を開けて――太陽の眩しさに眉を顰める。良い天気だ。室内で過ごすのは勿体ない、と思いながらカバンを持ち上げ、家を出て――門を開ける。そのまま歩いていると――
「おはよー、江利君」
「……おはよう、シェリル。珍しいね、こっちに顔を出すなんて」
「アリアちゃんの様子を見て来いってね、母上様が」
やれやれ、と肩を竦めながら二階堂シェリルは江利家に眼を向ける。そして
「起きてた?」
「美味しい朝ご飯を作ってくれたよ」
「ふーん、ちゃんと奥さんしてる?」
「しているよ」
意外、と義姉は呟きながら自転車から降りた。そしてそのまま後輪の上にある荷物置きに腰を下ろし、
「ほら」
「……や、おかしいよね? 僕も車で行くんだけど」
「だから二人乗りだって。大丈夫、江利君なら余裕だって」
「断る」
柘雄は車に乗り込み――
「何で乗るのさ?」
「良いじゃん。どうせユリアかユリウスなんでしょ?」
『外れですよ、シェリル』
「あ、マグナじゃん。珍しい」
『でしょう? あぁ、柘雄、おはよう御座います。今日は午後から曇りになりますが、降水確率は極めて低いですよ』
マグナはそう言いながらエンジンを稼働させ――
『では高校まで。所要時間は渋滞込みで30分程度です』
「ん、お願い」
マグナのような自我を持ったAIの凄いところは不確かな情報ですらきっちりと考えることだ。普通のAIならば不確かな情報に関しては計算を行わないことが多いが、彼らは平均や自分たちが信号などから得た情報を元に大幅な計算をしてしまえる。もちろん誤差はあるが、そこを誤魔化そうとする面もあるのだが。
『では行ってらっしゃい。帰りはどうしますか?』
「連絡を入れるから迎えに来てくれると嬉しいな」
「私も」
『柘雄は分かりましたが、シェリルはその場の状況に寄ります』
「えー?」
『アリアの旦那であるため、柘雄は優先度が高いのです。対してシェリルは……』
「姉よ!? 姉なのよ!?」
『……残念です』
マグナは落胆した、とでも言いたげな口調でため息を吐いた。それにシェリルが愕然としていると、
『私はあなたを友だと思っていたのですが、残念です』
「ちょ」
『冗談ですよ。帰りに柘雄と一緒にいてくれれば家まで送りましょう』
*****
僕は彼女とは違いました。彼女は最後まで正当防衛を貫きました。ですが僕は、最初は正当防衛でしたが、いつしか自分から襲いかかるようになっていました。
自分の利のためだけに、他者を手に掛けました。現実では死なないから、と殺しました。
そんな僕が、彼女に微笑んでもらう権利なんてあるのでしょうか――?
*****
『お祖父様、今日の授業はどうでしたか?』
「受験があるから速めに詰め込もう、って感じだったかな」
『お祖父様は受験をせずに就職でしたね。達也がこれでようやくアリアの手綱を取れる、と言っていましたよ』
「言うなればアリアの付随品だからね、僕は」
『言っていて悲しくありませんか?』
「アリアの付随品ならそれで良いからさ」
今だってそんな感じだし、と思った瞬間、胸が苦しくなる。何故だ……?
アリアの付随品……そう、付随品、アリアの……アリアありきの、付随品。そうか、そうなんだ……
「ユリア」
『はい、お祖父様』
「僕ってさ、ユリアから見たら何?」
『……? お祖父様はお祖父様ですが』
「アリアの旦那だからお祖父様、なんだよね?」
『はい』
結局、そうなんだ。僕はアリアに何もしてあげられていない。アリアに甘えているだけで、アリアに引っ付いているだけで、アリアに小判鮫のようにしているだけで――っ!
『お祖父様、顔色が悪いですよ。きちんとご飯は食べましたか?』
「……うん、食べたよ」
『そうですか……シェリルをまだ待ちますか? 一旦お祖父様を家へと送り届けたいのですが』
「……いや、うん、シェリルとちょっと話したいことがあるから」
そうですか、とユリアは応えて祖父の顔を見る。暗い。もっとも病的なそれではなく、何かを思い詰めているようで――まるで、存在意義を失ったかのようだった。それは今にも自殺を図りそうで――心配する。しかし
「えっと、乗ってもいい?」
「……ぁ。シェリル……うん、良いよ」
「何か顔色悪いわね……まさか小テストの点数が悪かったとか?」
「……返ってきてないじゃん」
軽口を叩ける程度には余裕あり、とシェリルは判断して――カーナビの画面に表示されている少女に眼を向けた。
「ねぇ、ユリア」
『はい、シェリル。どうしました?』
「ちょっと寄り道お願い」
『ですが……』
「こんな顔のこれじゃアリアちゃんが悲しむだけだし」
*****
「さてと、上がりなさい」
「……お邪魔します」
今日は金曜日だから、と言うことでアリアを呼び出しながら柘雄を自室に連れ込む。アリアの部屋と違い、見られて困るような物はない。
そして柘雄は同い年、それも同級生女子の部屋なのでドキドキ――せずに平然と入った。妻のおかげだろうか。
「で、何に悩んでいるの?」
「悩んでって……言うか……」
途切れ途切れに言葉を繋げる柘雄。それを眺め、長くなりそうだと思った瞬間、
「僕は、アリアの何なのかな……」
「はぁ? 知らないわよ」
「だよね……」
「ちょっとあんた……もしかしてアリアが凄くて僕はダメ-、とかそんなことで悩んでいるわけ? っくく、うける」
「……君に相談した僕が間違いだった」
柘雄は気を悪くしたように立ち上がろうとしたが、その手を引く。体勢をグラ、と崩す彼に、おや、と眉を顰める。この角度、ベッドに……手も引かれて……
「……」
「……」
ごめん、と言って彼の上からどくのは簡単だった。しかし、目の前の男の瞳が濁っているのを見て、無性に腹が立った。
「何よ、その目」
「邪魔」
「は」
嗤う。この愚か者を嗤う。
「女に押し倒されて邪魔、ね」
「僕は君とそういう関係じゃない」
「そういう関係って? セフレ?」
「……女の子がそういうことを口にするのはどうかと思う」
シェリルはふむ、と頷きながら眼下のボタンを一つずつ外す。もっともシェリルは初めて他人のボタンを外すため、多少手間取っていた。
「何をしているの!?」
「何って、寝取るのよ」
「……は?」
そう言いながらシェリルは自分のシャツのボタンを外し、下着を露出させる。ちなみにアリアは下着を着けていてもいなくても何ら問題は無い。だからなのだろうか、シェリルの胸が揺れた瞬間、思わず柘雄の動きが固まったのは。そしてそれを見逃すほど、シェリルは優しくない。
「アリアちゃんにない物がここにはあるわよ?」
わざわざ胸の下で腕を組み、シェリルは胸を誇示するように持ち上げた。そしてそれに対する柘雄の反応は――
「はぁ……」
ため息だった。
柘雄爆ぜろ
四月だねー
エイプリルフールだねー
学校始まるねー
柘雄爆ぜろ




