傭兵王が望まなかった物
続くと思わなかっただろ? 私もだよ
絶対バレンティンはホワイトデーなんて考えてもいないと思います。大体どこから出て来たホワイトって。
ホワイトデー記念小説のはずですが、少し早めに投稿しておきます。
時計を眺めていると、時間が経つ。その当然のことを改めて理解しながら柘雄は小さくため息を吐く。
3月14日はホワイトデーであり、バレンタインのお返しをするべきなのだ。だがしかし、
「何でアリアもバレンタインのお返しをするの?」
「だってバレンタインの日は柘雄と一緒に作ったじゃない。何か違うでしょ?」
「まずアリアの作り方が違ったってところから始まっていたんだけど気付いてた?」
「え、そうだったの?」
相変わらずだなぁ、と妻に苦笑しながら頭を撫でる。妻の身長は152cm、対して柘雄の身長は173cm。高校三年生にしては少し高めのそれはちょうど妻の頭を撫でやすいのだ。
「ねぇ、柘雄」
「なに?」
「柘雄はさ、チョコレートって好き?」
「味によるかな。果物系の味は好きだけどただ甘いだけのチョコレートは少し苦手かも。ビターチョコも好きかな」
「……ビター、無理」
「知ってるよ。だからアリアが食べられる味のにしよう」
「うん」
16歳の幼妻は頷き、腕まくりをし――寒かったのか身を震わせ、すぐにそれを戻して誤魔化すように笑う。それに誤魔化されてあげ、柘雄はまな板の上を眺める。そこに乗っているのは板チョコが数枚と果物。なんやかんやあって、結局バレンタインと同じ結末を迎えそうだ。そんな風に思い、苦笑していると
「おにぎりチョコとかどうかな?」
「……? おにぎり型のチョコレート、って意味だよね?」
「ううん、おにぎりの具がチョコレート」
「……アリア、おにぎりは塩を使うでしょ? 塩と砂糖を一緒にしたら変な味になるだけだよ……ぜんざい以外ね」
「しょっぱくて甘い……シーソルトアイスじゃダメ?」
「チョコレートはどこに消えたの?」
「……胃袋?」
「食べたんだ」
なんて馬鹿な会話をしながらあはは、と笑い――時刻が五時半を越える。結論はチョコクッキーで良いよね、と言うことでホットケーキミックスが取り出されていた。しかし、さすがにこれ以上のんびりしていたら晩ご飯に支障が出る、とアリアは判断し、小さく息を吐いて
「よし、融かそう!」
「そうしよっか」
「まずは鍋の中にチョコレートをぶっ込んでっと」
「待って。刻んで溶けやすくしないと時間が無駄にかかるよ」
「え、何それ」
「……これから覚えれば良いよ」
今までカレールーとかはどうしていたのだろう、とか、マグナたちに聞かなかったの、とか色々と考えたが――言っても今さらなので言わずに未来を見据える。柘雄は割と現実的な男だった。
とりあえず、ということで板チョコの外装を取り、まな板の上に並べる。続けてそれを細かく切り刻みたかったのだが――何故かアリアはそれを手で割る。
「包丁使わないの?」
「後で晩ご飯に使うからチョコレート切ったら付いちゃいそうだし。チョコレートが付いた人参とか食べたい?」
「……うーん、チャレンジしてみたくはあるかな」
「え、マジ?」
「はは、冗談だよ」
パキパキペキペキ、と小気味よい音を立てながらアリアはチョコレートを全て割り終わる。それを全て鍋に入れ、先にお湯が沸くのを待つ。チョコレートの入った鍋は沸騰してから入れた方が良い気がしたのだ。実際は分からないが、とりあえずアリアの判断に任せた。
「溶けないかな―、まだかなー」
暇そうに鍋の中を眺めるアリア、相変わらず落ち着きがない。と、言うか昔に戻ったみたいだ。出会った当初の若さに塗れた当時のようだ。ふと懐かしく思い――あの頃は良かった、とも思う。だが、今の方が良い。妻と我が子たちと共にいられる今の方が圧倒的に良い。
「ねぇ、アリア」
「ん? どったの、お腹でも痛い?」
「違うよ……今は幸せだな、って思ったんだ」
「とんだロマンチストだな!」
「……はは」
相変わらずだ、と笑い、
「愛しているよ、奥様」
「同じくよ、旦那様」
*****
『だって僕が《最強》だから!』
「うわぁ、カッコいい」
「過去の自分の動画って割と黒歴史に近いと思うんだけどね……ま、探せば僕のもあると思うんだけどさ」
「あるよきっと。星獣戦とか大会とかではちゃめちゃしていたじゃん」
「アリアの方がもっとはちゃめちゃ、っていうか滅茶苦茶だったと思うんだけどね」
「気のせいじゃない?」
気のせいでも何でもないと思うよ、と柘雄は言いながらアリアの頭を撫でる。何故だか分からないが、アリアはソファーで柘雄が座っているとその膝の上で丸くなる習性がある。猫みたいだ、とも思うが可愛いので見逃していた。
「しかしアレだねぇ」
「にゃー?」
「アリアみたいな女の子がさ、あんな風に剣をブンブン振り回しているのを見ると不思議な感じだよね。なんて言ったら良いのか分からないけどさ……凄いよね」
「にゃー」
「それにしてもアリアの戦い方ってこんな風にしてみるとやっぱり凄いよね。速いし一撃一撃が重いし連続するし――綺麗だ」
「にゃー」
今のにゃー、は照れているような感じだったなぁ、と思いながらアリアの頭を撫でる。可愛いし、小さい。到底夫婦だ、とは思い辛いが――それでも夫婦なのだ。ちなみに夜は妻の方が積極的である。
「ほら、そろそろクッキーが焼き上がると思うよ」
「にゃー? にゃにゃにゃ」
「ん……ごめん、さすがに今のは読み取れないよ」
「焼けたらオーブンの蓋を開けて冷まして-」
「はいはい……って言うかアリアが僕の太股の上で寝ているから立ったら落ちるよ? 良いの?」
「私の素敵な旦那様はきっとお姫様抱っこをして持ち上げてくれると思う」
「そうしたら今度はオーブンの蓋が……まぁ良いか」
どうせまだオーブン、オーブン機能を持つ電子レンジ、は動き続けているんだ。もう少しこうやって夫婦二人でのんびりと過去の動画でも見ていよう、そんな風に思っていると
「――ねぇ、柘雄」
「ん?」
「私、良い奥さんしているかな? 出来ているかな?」
不安そうな口ぶりのアリア、それは珍しく弱気そうだった。だがしかし、柘雄は小さくため息を吐いて
「知らない。他の奥さんがいないから比較できないし」
「……それもそうだね」
「それに今の僕は学生で、アリアは社会人で奥さんまでやっているんだし。どちらかと言うとお母さん、ってのが近いかな?」
「……むぅ」
「お母さん、って呼ぼうか?」
「うーん……二人にはママって呼ばれたいなぁ」
子供は母親の呼び方を誰から学ぶか、と言われれば当然親だ。現在は名前で呼び合っているが――
「じゃ、ママ」
「あ、やっぱ無し。お母さんで」
「そう? じゃ、お母さん」
「何でしょうお父さん」
真面目っぽい表情に切り替えたアリア、しかしその表情は一秒も持たず、笑い始めた。釣られて柘雄も笑う。そのまましばらく二人で笑い続け、
「しばらく二人の前だけで、ね?」
「うん、その方が良いね」
子供たちの前で急に笑い出してしまうかもしれないけど、とアリアは小さく呟いて
ちーん
「あ、オーブン止まったみたいね」
「蓋を開けてきたいから降りて」
「お姫様抱っこ」
「……」
16歳それで良いのか、と一瞬悩んだが考えてみれば一般的な高校生だ。甘えたい時期でもあるだろう。
「はいはい、お姫様」
「きゃー」
照れくさくなったのかアリアは顔を赤くし、顔を覆う。そのまま台所で床に降ろされ――オーブンの蓋を開け、冷まそうとして――その動きが固まる。
「分量、間違えたかも」
アリアの視線の先には膨らんだ、まるでスコーンのような物がいくつも並んでいた。
5分後
「晩ご飯要らないかも……」
「僕も……」
思った以上に腹に溜まったスコーンはその日の晩ご飯となってしまった。
スコーンの簡単な作りから
ホットケーキミックスを用意
卵の卵黄を用意
↑二つを混ぜ、オーブンで焼く
これで完成します。この話の中ではクッキーの生地内に溶けたチョコレートを流し込んでいます。表面にでていると焦げやすいので注意してください。
柘雄爆ぜろ




