二人
結婚式を執り行う。エカテリーナのそんな奇抜な言葉にアリアは戸惑い、椅子の上で固まっていた。しかし、周囲はそれを知っていたのかいつの間にか静まり返っていた。
「……え、結婚式? 誰と? 誰の?」
「アリアと! 私のですわ!」
「はぁ!?」
「ノンノン、もちろんジョークですわよ」
「そう言えば日本語上手になったね」
「あら、ありがとう御座いますわ」
相変わらず筋道外れるのが上手な奴だ、と真央は呆れながら口を開く。
「アリア、今日ここに集まっているのはお前と柘雄の結婚式を行うためだ」
「……え、まだのつもりだったのだけど」
「そっちは基本的に親戚のみだろう。友人間で、だ。真理愛たちもそろそろ着くはずだ」
「ええ!? 宮崎から!?」
「ここにロシアから来た私がいますのにそんな反応をしますの?」
ごめん、忘れていた。そんなアリアの言葉にエカテリーナは苦笑して、アリアの髪の毛を整える。
直美に再び誘拐された事で少し衣服に乱れがある。それにエカテリーナは少し呆れつつ、指を鳴らす。
「イワン!」
「はっ、すでに準備は整っております」
「では着替えを」
アリアが動揺している間に色々と進みすぎている。そんな風に周囲は思っていたが、エカテリーナはそれに構うことなくアリアを白織屋の奥に連れ込んだ。そして5分後、店内に姿を現したアリアに、店内は沈黙に包まれた。
「……どうかしら?」
「似合っているぞ、アリア」
「ありがと、真央……ところで、その、結婚相手はどこかしら?」
男らしく褒める真央。それにアリアは微笑みながらきょろきょろ、と店内を見回す。そしてその表情に影を落としながらため息を吐いて
「そう……」
「あの、アリア? 柘雄ならスタンバイしていますわよ?」
「ぬ」
一瞬で花のように明るい笑みを浮かべるアリア。その変化に驚く者も笑う者もいた。そして――アリアはカーマインのドレスの裾を持ち上げ、まるで淑女のように歩みを進めた。すでに淑女らしくなく、妊婦であるが。
「ど、どこかしら?」
「その前にアリア、一旦落ち着きなさいな」
「無理よ」
「柘雄だって落ち着いて綺麗なアリアを見たらどきどきしてくれますわ」
チョロいアリアはエカテリーナの口先に軽々と乗せられ、落ち着いた表情を浮かべる。そして直美がその頬にキスをし、
「さて、そろそろ新婦を呼びに行かないとね」
「待って。なんでキスしたの?」
「それじゃ」
「ええ!?」
*****
目隠しをされていると思いの外、耳が澄んで鼻が良くなる気がした。そんな風に柘雄が現実逃避をしていると、足音が近づいてきた。
「……直美?」
「そうだよー」
「どうして僕は目隠しされているのかな?」
「さぁ?」
張本人がそれか、と柘雄は呆れる。そんな柘雄の顔から布が外され、視界が開ける。久方ぶりの光に少し、眩しく思いながら息を吐いて椅子から立ち上がる。視界が閉ざされたまま歩くのは危険だから、と座り続けていたのだ。
「……呼びに来たって事は、もう?」
「そうよ」
「……大丈夫かな? おかしいところない?」
「顔?」
相変わらず酷い、と思いながら苦笑して襟元をただす。そのまま鏡を見ておかしな部位が無いのを確認して店内に向かって歩く。
しかし、鏡をどれだけ見ても似合わない。僕はまだ、着せられているんだろう。いつかジャックや魔王みたいに似合う男になりたい。
「あ、柘……雄?」
「……アリア?」
お互いにお互いを見つめ、固まってしまう。髪の色と同じドレスを身に纏ったアリアはまるで初めて見るような美少女だった。
反面、スーツを着ている柘雄は今まで見たことのない凜々しさが有り、アリアは謎の高揚感を感じていた。
「ねぇ、柘雄」
「え?」
「素敵よ、その格好」
「ありがとう。アリアも素敵だよ」
「このドレス、わざわざロシアから持ってきてくれたんだって」
思わずエカテリーナを見ると、何とも素敵な笑顔で親指を立てていた。呆れるほかない柘雄の前でアリアはドレスのままくるり、とお転婆に回転して
「誰か神父役をお願いしても良いかしら?」
「なら私がしましょうか」
「ありがと、優さん」
「いえいえ。今までお二人にはお世話になりきりだったので、これぐらいしたいのです。それにおめでたいことには参加したいたちなので」
優は微笑み、アリアを眺める。あの小さな子が、今でも小さい。いや違う、そうじゃない。
「立派になりましたね」
「あら、私はいつだって立派だったわ」
「かもしれませんね……さて」
優は息を吸って
「新郎、江利柘雄は二階堂アリアを愛し続けると誓いますか?」
「――はい」
「病めるときも、健やかなるときも……えーっと、いつでも愛し続けると誓いますか?」
「誓います」
若干笑いそうになっている達也とジャック。絶えず笑みを浮かべ続けているシェリルとエミ、そして直美。優しげな瞳で見守る真央に明日香、瑠璃と流沙。
他にも明日香や悠斗と仁斗、太師に郁人。文とその妹、菖蒲。ギリギリで駆け込んできた真理愛と杏奈。
涙を流しながら目元を拭うエカテリーナとハンカチを差し出すイワン。亜美は流れ出る涙を拭おうともせず、眺めていた。
「新婦、二階堂アリアは江利柘雄を永遠に愛し続けると誓いますか?」
「ええ、誓うわ。例え浮気をされても」
「え」
付け足された言葉に柘雄が驚いているが、優はそれを無視して続ける。
「では、誓いのキスを……あ、指輪とどっちが先だったっけ?」
「指輪が先ですよ」
二年前ほどに結婚した明日香からの貴重な助言に優は頷いて
「では、指輪を――」
「はい」
「ええ」
あれ、と周囲は思った。どうして二人とも、指輪が入っている箱を持っているんだ?
通常、結婚指輪は揃える物だ。既婚者たちはそう思いながら苦笑する。なんとなくそれも、アリアたちらしく思えたからだ。
「む」
「えっと……」
何故かお互いの手に指輪をはめようとし、硬直している二人。それはあまりにも滑稽な光景で、誰かが噴き出したのも無理のない話だった。そして、その噴き出したのを皮切りに店内に笑いが満ちる。それはアリアと柘雄も一緒だった。
次第に笑いは落ち着いたが、誰しも笑っていた。そしてそんな彼らが見守る中、アリアは柘雄の左手を取る。そのまま薬指に小粒のルビーの嵌め込まれた指輪をはめる。それが終わると同時に柘雄はアリアの手を取り、同じようにダイヤに指輪をはめる。
そしてそのまま、神父役の優の指揮も無くして次へと進む。柘雄はアリアの手を離さず、抱き寄せる。それにアリアは抵抗せず、次に何が来るのかを予想していた。目を閉じて唇を突き出したアリアに柘雄は唇を重ねる。
「……」
「……」
その光景はとても神秘的で、既婚者たちは少し懐かしく思いながら見守り、他の者は顔を赤くしたり慈愛の表情で眺めていた。
*****
「アリア、結婚おめでとう御座います」
「アリア、卒業おめです」
「お祖母様、おめでとう御座います」
「お祖母様、色々とおめでとう御座います」
「え!? え!? ええええ!?」
いきなり店内に入ってきた4人にアリアは戸惑い、泣きながら笑っていた。
それは肉体を持たないはずの4人。アリアのもう一つの家族。
「ふっふっふ、驚きましたか?」
「ついに私たちを搭載したロボットの完成です」
「これでお祖母様のサポートがもっとできるようになりました」
「ふふふ」
「もう……驚かせすぎよ……」
腰が抜けたアリアは床にへたり込みながら笑い続け、息が苦しくなっていた。
*****
結婚式から一週間が過ぎた。
人生で二度結婚式をしたが、アリアと柘雄は予行演習のような物があったからこそ落ち着いていた。
そしてすぐさま引っ越し、新婚生活を送っていた。
*****
そして――11年が過ぎた。
柘雄はバスに揺られながら窓の外を眺めていた。大型のショッピングモールを通り、小型のスーパーを通る。中学校前を通り、小学校と女子高の狭間を通り過ぎて――バスを降りるのを忘れていたことに気付いた。
「……まぁ、良いか」
5分ぐらい、歩いても問題ない。そう思いながらホログラムを操作して『次のバス停で降りる』をタップする。そのまま小さく息を吐いて、バスを降りる。自動で料金が払われるのを横目に歩き、タラップを降りる。
海の匂いがする。11年間ずっと嗅いでいたせいで慣れてしまった。まぁ、それは良いことだ。そう思いながら歩く。そしてそのまま住宅街を歩いて――一件の大型の家の前で足を止める。
表札には江利の二文字が表示されている。それを眺めながらホログラムを操作し、門を開ける。背後で門が閉まる音を聞きながら歩いて玄関の鍵を開ける。
「お父さんお帰りーっ!」
「お帰りなさい、お父さん」
「っと」
扉を開け、玄関に足を踏み入れると息子が飛びついてきた。咄嗟に抱き留めて、
「ただいま、仄火、武。お誕生日、おめでとう」
「「ありがとう」」
活発な仄火と落ち着いた武。双子だから誕生日は同じ。だから今日で二人は11歳になる。
「お母さんは?」
「えーっと」
「なんだか凄い張り切って料理しているよ」
言葉を濁す武と堂々と言い切る仄火。それがどうしようもなく愛おしい。靴を脱ぎ、カバンを持ったままリビングに足を踏み入れる。
「ただいま、お母さん」
「ふぁいあーっ!」
「……」
確かに張り切っている、と現実逃避しながら柘雄は苦笑する。そのまま一旦自室にカバンを置き、スーツを脱ぐ。ワイシャツになり、リビングに再び足を踏み入れると
『さぁ、斬り裂きなさい!』
「おー!」
「おー、じゃないでしょ」
『おや、柘雄ですか。お帰りなさい』
「ただいま、マグナ。ただいま、アリア」
「お帰りなさい、柘雄。ごめん、ちょっとヒートアップしていたわ」
ちょっと? と思いながらエプロン姿のアリアはキッチンから姿を現した。そしてそのまま柘雄を見上げて
「お疲れ様。ご飯にする? お風呂にする? それとも――?」
「アリアが大変じゃないのが良いな」
「ならご飯ね」
アリアはてきぱき、と料理を大皿に盛り付けて深く頷いた。そのままリビングのテーブルに運び、大皿を何枚も並べる。
誕生日は特別なもの。そんな風に思いながら柘雄は一件メールを受信する。それは今から配達するというメールだった。
「アリア」
「ええ。仄火、武。晩ご飯よ」
「「はーい」」
自分たちの部屋に戻っていた二人を呼び、アリアは少し昔を思い出すような顔をする。
「11年」
「11年だね」
「結婚して三日で出産なんて私たちぐらいのものよね」
「自慢出来ることなのかなぁ」
婚前交渉、と思いながら階段を駆け下りる音と歩いて降りる音が迫る。そのままリビングに飛び込んできた。そしていそいそ、とソファーから座布団を降ろし、カーペットの上に置いて行儀良く座った。
「いただきます!」
「速いよ、仄火」
「えー?」
「良いわよ、武。柘雄も、食べましょ」
二人が一杯食べる姿を眺めながらアリアは少し、不思議な気分になる。今の二人は11歳。私があの世界に足を踏み入れた年齢と同じだ。そして――
ぴんぽーん
間抜けなチャイムが鳴り響いた。それに仄火たちがこんな時間に、と考える。でも、食べる手は止まらない。
アリアは柘雄の顔を見つめる。すると柘雄は頷いて、座布団から腰を上げて玄関に向かった。それに二人が反応するが、食欲に負けた。
「――武、仄火」
柘雄はその手に小包を持ちながらリビングに戻ってきた。それに二人が疑問を抱きながら手を止める。
「デバイス、届いたよ」
「「ほんと!?」」
「おー、配達員さんナイスタイミング」
アリアは届いた小包を眺め、目を細める。あのデバイスの開発会社は二人が勤めている会社である。しかしそれを二人は知らない。
「これで僕たちも仮想世界に行けるんだよね?」
「これで|SRMMO《Second Real Massively Multiplayer On-line》ができるんだね」
「ええ、できるわ」
両親が出会った世界。二人がその世界に興味を持つのは当然だった。だから、
「二人とも、良く聞いて」
「「え?」」
「その世界は良いこともある。でも良いことだけじゃない。それだけは忘れないで――存分に楽しんでね」
「「うん!」」
*****
二人はいそいそ、と腕輪型デバイスを取り出す。取り出したそれを電源に繋ぎ、早速腕に嵌める。そして――
「「リンク!」」
二人は仮想の世界へと足を踏み入れた。
これにて「ソーニョ・スキルズ・オンライン」は最終回となります。
唐突のようにも思われるかもしれませんが、最終回はこうしようってずっと考えていました。
連載期間、1年以上。
文字数100万字以上。
長らく読んでいただいた読者の皆様には感謝しかありません。
すいません、色々と言いたいことはあるのに言葉にできません。
現在、泣きながらここを入力しています。
終わるのが悲しくて、ハッピーエンドで良かったって思えます。
読者の皆様にお願いが一つだけあります。
恐らく皆様の記憶の中に埋もれ、この小説はいつしか忘れ去られると思います。
それは構わないのですが、いえ、構いますがここまで読み終えた今、思い出して欲しいんです。
「あのシーンが良かった」「あのシーンマジないわ-」とかいった感じで良いです。
それでは11年後の世界が続きますが、ひとまずここで「ソーニョ・スキルズ・オンライン」は終了となります。
これからも更新しますが、週一更新とします。
毎日更新のせいで内容に矛盾が生じているなどのご指摘を受けたり、書き直したいなどの欲求からリアルのレポートなどで忙しい等の理由があります。
そのため、毎週日曜日の深夜24時、月曜日の0時に投稿するつもりです。
最後に感想ください……
あ、そう言えば続きのタイトルは「DWMOL」です。
発音出来ません。
「ドォモル」みたいに呼んでください。
「Dual World Multi & Only Line」の略です。
MMOという単語は消えていますが、MMOものです。
それもSRMMOものです。
では、また来週(明後日かな?)辺りでお会いしましょう
ちなみに別枠で投稿しますんで
20161029追記
授業中に手帳に書いた短い話見たいですか?
現在は一つだけですが「名付けの理由」があります
要望あったらTwitterに上げますんで
リメイク版を削除いたしました。
コンテスト応募するため、別枠で投稿します




