エカテリーナとシン
「またブブとかぁ……あんまりブブとは戦いたくないのよねぇ」
「奇遇だな、俺もだ」
ブブはそう言いながら背中の槍を一本だけ、構えた。それはアリアに対する余裕の現われ、とも取れる。だが
「刃が透明な槍?」
「ああ、そうだ。この槍ならばリーチが分からんだろう?」
「ええ……」
あの槍は確か、私が創った物。刃を不可視にして、そのリーチを自由に変えられるという意味不明な槍だ。そしてその特性上、槍を喉元に向けられてしまえば――
「危険ね」
透明な刃を切り払い、アリアは地面を蹴る。そのままブブの懐に飛び込みつつ、槍を斬り裂く。しかしブブもそれは想定内で、槍を手放して新たな槍を二本抜く。
《陽光》と《月光》。その二本の槍には属性も特殊能力も何も無い。あるのはただステータスだけ。それは圧倒的な自負から来る物だった。
「双槍の護りをそう簡単に超えられると思うなよ」
「分かっているわよ、それぐらい」
振り降ろしと薙ぎ払い、それを剣で逸らしながら斬りかかるが、槍の柄が割り込んで剣を止める。そのまま連続して斬りつけるが、槍の耐久を削り取るには足りない。
ブブの蹴りを剣で受け止め、背後に吹き飛ばされる。地面に片足を着いた瞬間、槍が伸びてくるが、それを真下から切り上げる。そのまま間合いを詰めて、左と右から挟み込むような斬撃を放つ。
「ふん!」
「え!?」
回転し、振るわれた槍の先端と石突きが見事に二本の剣を受け止めていた。それにアリアが動揺していると、ブブはもう片方の槍を容赦なく振るう。
咄嗟に剣を引き寄せて腕に沿わせ、防御とするが――衝撃を防げるわけではない。吹き飛ばされ、地面を不格好に転がりながらアリアは立ち上がった。その表情はすでに引き締められており、ブブの望むアリアの姿だった。
「ようやく来たか、《最強》ッ!」
「――油断し過ぎていましたわね……謝りますわ、ブブ。そしてここからが全力ですわ!」
「来い、アリア!」
地面を蹴ったアリアの速度は先ほどの比ではない。それどころか残像を産み、ブブを惑わせる。しかし直感的に背後へと槍を振るう。その結果、甲高い金属音が聞こえる。
そのまま数号打ち合うが、ブブは己の不利を悟る。すでにアリアは剣だけでなく、翼や蹴りを加えた絶え間ない攻撃を放っている。これに対応するには余りにも間合いが近過ぎる。それを冷静に理解して――一本の槍を天上へと突き上げた。
ブブの突然の行動にアリアは戸惑う。そんな構えから放たれるスキルをアリアは知らないからだ。だからこそ警戒し、足を止める。それこそがブブの望んだ行動とも知らずに。しかし、ブブも度肝を抜かれてしまった。
「《セブンソード・メテオ》!」
「っ!? それはシェリルの魔法だぞ!?」
「うふふ」
気がつくと、アリアの頭には三角帽子が被られていた。その帽子の先端にはまるで鼠の尻尾のような飾りが付いていた。
アレはアリアのテイムモンスターの魔法を使う鼠、ちゅう吉の装備か。ブブはそう理解しながら距離を取ってしまったことを後悔する。
「――これでは何ともできないな」
失敗した、と悔やみながら魔法を槍で捌き続ける。しかし中々距離を詰めることができない。アリアが完全に回避に専念したならば、攻撃を仕掛けるのは容易ではないのだ。
「む」
「《セブンソード・アーツ》《アークスラッシュ》!」
「まずいな」
七本による多段的な攻撃を避けつつ斬りつけ、ため息を吐く。そのまま魔法を使いながら斬りつけてくるアリアに槍の柄を叩き込むが、それは軽々と防がれる。
「……」
次第に攻撃が激しくなってくる。それをブブは防ぎきれず、次第にダメージを受け始めていた。
「これで終わりかしら」
「あぁ……かもな……だが、まだだ!」
槍を投擲する。それがアリアの頬を掠めるが、アリアはそれに目も閉じずに攻撃を再開しようとしていた。だが、ブブは一本の槍を両手で握り、目を伏せる。
「《解放》――《フラグメント》!」
「それは……短槍?」
「そうだ、お前の創り上げた短槍だ」
短くなった槍は小回りが利く。アリアはそれを理解しつつ、攻撃を防ぐ。攻撃一辺倒だったアリアがいつの間にか、防がれて反撃を放たれ始めていた。
(仕方がない……)
「《セブンソード・メテオ》! 《光よ》!」
「む、くっ」
七本の剣を槍で突き砕いたブブは剣の爆発から逃げるために下がる。しかしそんなブブに向けて波状攻撃が叩き込まれる。
ソニックブームを槍で砕き、衝撃波を体で受けて、その衝撃で背後に飛ぶ。しかしそのまま振るわれた剣が、ブブの首を切り飛ばした。
*****
『三回戦終了しましたね。四回戦進出はアリア、エカテリーナ、シン、マモンの4人となりましたがアリアがまだ実況席に帰ってきません。誰かアリアを探して―っ!』
実況席からの声に苦笑しながらシンは自分の装備の耐久を眺める。アリアは自由にどこかでのんびりとしているのだろう。そう思っていると
「わ」
「だーれだ」
目を塞がれ、楽しげな口調で彼女が声を掛けてきた。その声には聞き覚えがある。だから小さくため息を吐いて
「エカテリーナ」
「あら、よく分かりましたわね」
視界が開かれる。視界を閉じていた者は金色の髪を振るい、朗らかな笑みを浮かべる。そしてそのままシンの前に回り込んで
「随分と迷っているようですわね」
「……何をさ」
「最強に手を掛けた程度で迷っているのでしょう? ふふふ」
「……かもね」
シンはエカテリーナをぼんやりと眺めながらため息を吐く。そしてそのまま腰の剣を抜き放ち、斬りつけた。だが、それを軽々とエカテリーナは指で挟んで止める。
「どうしましたの?」
「別に。ただ、遠いなって思っただけだけど」
「あら、それは素敵ですわね」
「そんなことよりも次はマモンとでしょ。勝てるの?」
「あら、私を斬り殺してくれるのはアリアだけですわよ。それ以外の誰にも殺させたりなんてさせませんわよ」
エカテリーナは自信満々にそう呟いて、腰の細剣を撫でる。その背中には白と黒の巨剣が背負われている。
「アリアに伝えてくださいな。決勝で会いましょう、と」
「準決勝で僕と戦うって言っていたくせに」
「まぁ、運が悪かったと諦めましょうか」
*****
エカテリーナはシンとの会話を終わらせてマモンを見つめる。すでに彼女はステージの上で弓を抜き、構えを解いていた。
しかしエカテリーナは彼女がどんな状態だろうと決して油断出来ないのを知っている。彼女がどれだけのセンスを持ち、どんな戦い方をするのかも知っている。だからこそ、油断出来ない。
「――エカテリーナ、参ります」
「んー、滅法決意を固めているみたいだねぇ。どうしたの? お腹でも痛いの-?」
「あなたと戦うのに少しだけ緊張しているだけですわよ……まぁ、あなたに勝つのは私ですが」
「んー、まぁ、それで良いんじゃない? 別に私、アリアちゃんと戦いたくはないし。アリアちゃんが戦っている姿を見られるのならそれで良いし」
マモンはそう言いながら弓を構えた。それにエカテリーナは小さくため息を吐いて、腰から一本の細剣を引き抜く。その剣の名は《雷閃》。雷の名を冠し、そしてもっとも得意とする突きの名を冠する剣だ。
「行きますわよ、マモン」
「いつでもおいで、エカテリーナ」
勝ちを望む女と勝ちを望まない女はそうやって激突した。
*****
「エミリア、もう少し詰めてよ」
「なんでアンタ観客席にいるのよ」
アリアはエミリアに突っ込まれ、頬を弄ばれながら友人たちの戦いを見守っていた。
戦うのは別だけど
準決勝ですよ現在
アリアvsシン
エカテリーナvsマモン
です




