シンの迷い
『三回戦第1試合はシェリルとマモンですね』
『シェリ姉の負けね』
『凄い確信ですね……』
シェリルは放送で聞こえてくる妹のあんまりな言葉に頬をひくつかせる。後でぶん殴るためにも勝たないといけない、と決意を固めながら目の前に立つマモンを見据える。
隙だらけのようにも見えて一切隙の無いようにも見える。相変わらず何も分からないような笑みを浮かべて、マモンは弓を構えた。
「っ、《サウザンドソード・メテオ》!」
最初から七本なんて手抜きをしていると危険だ。直感的にシェリルは1000本の剣を射出したが、マモンは弓を下ろしてその隙間を駆け抜ける。一本でも当たってしまえば連続して当たるのに、一本にも当たらない。
マモンは冷静に眺め、安全地帯を見極めて走る。シェリちゃんの表情が歪んでいるなぁ、と他人事のように思いながら地面を蹴り、矢を引き絞る。指を離すと同時に飛ぶ矢。
「《セブンソード・シルド》! 《ミリオンソード・トルネード》!」
「んー、こっち?」
シェリルを閉じ込めるように回転する100万本の剣。それに臆さずにマモンは突撃し、拳を放つ。その衝撃が剣を砕き、剣の爆発で次々と剣が消し飛んでいく。
シェリルは息を飲む。時間を稼げる、と思ったのにも関わらず、一瞬で突破されたからだ。咄嗟の判断で《セブンソード・アーツ》を発動させて斬りかかるが
「遅い」
マモンの放った矢が16本に分裂してシェリルに襲いかかる。それを七本の剣で切り裂こうとするが、全てを防げるわけではない。三本の矢が体に突き刺さり、ダメージを受けている。それにイラッとしながら
「《旋風絢爛》!」
「無駄無駄無駄ァ!」
連射される矢にシェリルはもはや対処すらできなくなっていた。そしていつしか、地面に倒れ伏していることにも気付かなかった。
*****
「エカテリーナさん、手加減してくださいよ!」
「あら、アジアンだって充分強いのですから手加減をしたら私が負けてしまいますわ」
エカテリーナは微笑みながらアジアンへと刺突を放つ。それをアジアンのナイフが何とか阻み、反撃を繰り出すがエカテリーナには擦りもしない。もっともそれはエカテリーナも同じで、アジアンに攻撃を届かせられない。
「中々に硬いですわよ……」
「あ、どもです」
リベレイトして鞭に変えつつ、礼を言う。そのまま薙ぎ払い、懐へと飛び込むが、エカテリーナは薙ぎ払いを伏せて避け、飛び込みに合わせて突きを放った。それに合わせてナイフを振るい、攻撃を防いで
「はぁっ!」
「《雷閃》!」
鞭の一戦に併せて高速の突きを放つ。しかしそれはアジアンが微妙に手首を動かしたことにより、突きに絡まるように動いた。それに気づき、咄嗟に細剣を引こうとしたが、突きのモーションを止められない。
「剣が!?」
「っ!」
剣を奪い取ったアジアンは全力で鞭を手元に引き戻し、剣を奪う。そのまま安堵の息を吐きつつ、左手に握った小瓶を地面に叩きつける。
小瓶が地面と激突し、割れた瞬間にその内側から白い煙が現われる。それはもくもく、と広がってエカテリーナの視界を奪った。
「……なるほど。完全にしてやられましたわね。武器も視界も奪われた上で、あなたの姿を見失ったのですから……実質、負けと言えるでしょう。ですが私は諦めませんわ。あなたを倒し、アリアを倒す。それだけですわ!」
凄まじい決意だ、とアジアンは思いながらエカテリーナの背後から奪った細剣で斬りかかる。しかしそれは驚くべき事にエカテリーナの腕を刺し貫いた。
「え!?」
首を狙ったはずなのに、とアジアンは戸惑う。何故腕が差し込まれた、と驚きながらけンを引き抜こうとしたが
「そこは振り払うのが常套ですわ!」
「っ!?」
腹部に衝撃。そのまま吹き飛ばされながらアジアンが顔を上げると、エカテリーナは己の腕から剣を引き抜いていた。それは狂気的な美しさを孕みながらアジアンを震わせる。それは圧倒的強者に対する恐れ。武者震いだなんて誤魔化せないほどの圧倒的な恐怖。
「て、手加減していたの!?」
「してくださいと言ったのはアジアンですけど……忘れましたの?」
絶句する。どれだけこちらが全力を出してエカテリーナに攻撃を仕掛けても全て防がれた、にも関わらずに彼女は手加減をしていた。
「勝てるわけ、ないじゃない」
「ええ、そうですね。その点は謝りますね」
「謝らなくて良い……でも、いつかリアル出会いたいね」
突きがアジアンを貫いた。しかしアジアンは小さくため息を吐いて、その剣に手を伸ばす。刺し貫かれたのは《致命的位置》ではない。ならまだ戦える。そう思ったが
「振り払い」
「あ」
右肩を貫いていた剣が横に振り払われ、首を切り落とした。
*****
「さて、こうやってお前と戦うのは初めてだな」
「ジャック……うん、きっとそうだ」
シンは隙無く構えるジャックを眺め、冷静に考える。彼の武器の特性上、間合いを詰めればこちらが優勢になるはずだ。だが、あのジャックが何も対策をしていないとは考えづらい。
彼は今、右手だけで鎌を握っている。ならばその左手には何が握られている。握られていなくとも、拳という選択肢もある。だから考え、動けない。
「っ、ぁああ!」
考えるな。ただただ、突破しろ。かつてのアリアみたいに圧倒的な力で斬り伏せれば良いのだ。そうだ。
「迷うな、斬り伏せろ」
剣を抜いて地面を蹴る。そのまま低い姿勢からすくい上げるような斬撃を放つが、ジャックはそれを軽々と鎌の柄で受け止めた。しかしシンの握る剣は一本では無い。二本目の剣が続けて突きを放つ。
「ん」
「まだだ!」
逆手に握り直した剣で斬りつけ、そのまま回転しながら多段攻撃を仕掛ける。しかしジャックはそれを鎌で絶妙に防ぎつつ、反撃を繰り出す。しかしシンは攻撃自体を防御として斬り続けていた。
右からの斬撃、左下からの二連斬、右上と左上からの同時切り下ろし。シンの猛攻を防ぎながらジャックは少し、違和感を抱いていた。
「お前、そんなキャラだったか?」
「さぁね!」
「ふーむ、なんだか違和感が明けないな。確かめてみるか!」
鎌がいきなり防御を辞め、愚直なまでの振り下ろしと化す。それにシンは驚きつつ、地面を蹴る。そのまま空中で回転しながら受け止め、受け流したが
「おらよ」
「っっっ!?」
蹴り飛ばされた。シンはそれを理解しながら地面に二本の剣を突き刺して無理矢理勢いを殺す。Gに耐えながら体勢を立て直してジャックを眺めると、目の前に鎌が迫っていた。
「っ、《悪魔龍皇剣》!」
「その剣は!?」
「……」
道理で動きが遅いわけだ、とジャックは理解する。シンの腰の鞘に収まった二本の剣の片割れがそれならば、もう片方も自ずと予想出来る。
「《天使龍皇剣》か」
「……」
「ふん」
二本の剣を鞘に収め、シンは巨大な白と黒の剣を構える。それは彼の身長を越え、光を感じさせない漆黒の重厚な雰囲気を漂わせ、もう片方の剣は闇を感じさせない神聖なる雰囲気を漂わせている。
「お前で二人目だ、その二本を揃えたのは」
「もう一人は誰なの……って、聞くまでもないか。エカテリーナでしょ」
「ああ、正解だ」
そしてジャックは理解する。シンには勝てない、と。だから
「行くぜ!」
負けるのを理解して突撃した。
それをシンは両目を眇めつつ、握る二本の剣の柄をさらに強く握りしめる。そしてジャックを迎え撃つように地面を蹴り、二本の剣を振るった。
何か硬質な物が割れる音と共にジャックの鎌が光となり、続けてジャック自身も光となった。
握るべき人物は他にいるんじゃないか――という迷い
エカテリーナは普通に使っていますけどね




