キス
僕たちは一体、いつからこんな風になったんだっけ。
「ねぇ、兄さん。そんな風に思わない?」
「思わねーよ。俺はロマンチストじゃないから」
「全世界のロマンチストがこう思っているわけじゃないけどさ」
兄はそう呟きながら色々な企業の資料に目を通す。そして大きくため息を吐いて
「どうするよ就職」
「別に良いんじゃない? 兄さんがしたいようにしたら?」
「ま、そうだな。でお前はどうすんの?」
「さぁ?」
*****
「アリアちゃんはどこに行ったの?」
「なんだか急にポテトチップスが食べたくなったらしいよ。買ってくるんだってさ」
シェリルはため息を吐きながら、アリアたちの家の中を見回す。うん、去年と変化がない。
「それで結婚したらどこに住むの?」
「アリアは海の近くが良いんだって。どうしてか分からないけどね」
「そうね」
シェリルは椅子に腰掛けながら頷いて、逡巡するかのように目を泳がせた。そして、意を決したかのように頷いて
「アリアちゃんと結婚するのなら、出来れば頼みたいことがあるの。聞いてもらえるととても助かるんだけど」
「何を頼むつもりなのか分からないんだけど……まぁ、できる限り聞こうかな」
「そう、嬉しいわ」
「で?」
柘雄は目を閉じてそう呟いた。すると
「アリアちゃんの体って小さいの。もちろん穴もよ?」
「知っているよ……」
「そうね、突っ込んだものね」
なんで僕はそんな話をしているんだ、と思っていると
「だから多分、アリアちゃんは出産に耐えきれないと思うの。だから結婚しても、避妊して」
「……シェリ姉?」
「「え!?」」
シェリルが振り向いた先には、完全に無表情の妹が立っていた。そしてその足下にはエコバッグが落ちて、かさりと音を立てる。
その音と同時に、室内が沈黙に包まれていた。柘雄も、シェリルもだ。しかし、一人だけは怒りの余り、何も言えなくなっていただけだ。
「……今の、どういうこと?」
「……アリア……」
「避妊って……どういうこと!? 意味分かんないし……説明してよ! シェリ姉!」
アリアの怒声がシェリルの胸を痛めつける。しかしシェリルはアリアのためを思っての発言だったのだ。だからこそ、それは伝えないといけない。伝えるしかないのだ。
「あのね、アリアちゃん。聞いて」
「言い訳なら聞かないわよ……っ!」
「……」
柘雄はこの剣に関しては、不干渉を貫く。そのつもりだったが――アリアの拳が白くなっているのに気付いた。それはとてつもなく力を込めている証拠、必死に殴りかかるのを耐えている証拠だ。
アリアを止められるか、と柘雄は考える。しかし、シェリルの言うことを一度も考えなかったか、と問われれば――考えたのだ。アリアの小柄な体で大丈夫なのか、と。だが柘雄はアリアを信頼していて、アリアが大丈夫だと言うのなら――
「僕はアリアを信じるよ」
「柘雄?」
「アリアが僕の子供を産んでくれるのなら、嬉しいよ」
「それはアリアちゃんが危険だからって言ったじゃない!」
「だからどうした。アリアが望んだなら、僕は寄り添って共に歩く、僕はそう決めたんだ!」
まるで白の書だ、とアリアは我に返る。しかし、柘雄の言葉が脳内でリフレインして表情がへにゃりと歪む。だが、幸いにもシェリルは柘雄の方に体を向けたため、シェリルには妹の変化には気づけなかった。そして
「柘雄……アリアちゃんがどうなっても良いって言うの!?」
「そうは言わない。僕はアリアを信じているだけだ。アリアならきっと、死なないって。絶対生きて、双子を産むって言うさ」
「え、双子?」
シェリルは初耳だ、と思いながら背後の妹を振り返り――見なかったことにして
「双子なんてなおさら危険じゃないの?」
「そうかもね。でも――寄り添う、共に行くって決めたんだ」
「柘雄――ありがとう」
「アリアちゃんはそれで良いの!? 死ぬかもしれないのよ?」
「……柘雄に殺されるのならありかも」
「「え!?」」
*****
「見上げてごらん、星たちが嗤っているよ。僕たちを見て、嗤っているよ。クラムボンは死んだよ」
「歌じゃなかったの!?」
アジアンが驚きの余り振り向いて、体勢を崩す。床に倒れても何ら問題はないのだが――人間、反射という物はつい出てしまうものなのだ。
咄嗟に伸ばした手がアジアンの手首を掴み、アリアは安堵の息を吐く。そのまま首を横に振って
「危なくないはずなんだけどね」
「そうだけど……うーん、ありがと」
「気にしないで」
アジアンはたはは、と苦笑してアリアの腕の中に飛び込む。驚いている表情のアリアに笑いかけながら、アリアの小柄な体を抱きしめて――その平らな胸に頬ずりする。同じ貧乳属性のアリアには色々と思うところがあるのだ。
「もう、アジアンったら……とりあえず離れてよ」
「良いじゃない、もっとイチャイチャしようよ」
「やだ。私にはシンがいるもの」
「ねぇ、アリア。シンが嫉妬している姿を見てみたくない?」
アリアの動きが硬直した。その表情に浮ぶのは、迷い、期待、願望、希望。
「見たいわ」
アリアは実に欲望に忠実な女だった。そしてその返答を聞いてアジアンは頬を緩める。そしてそのままアリアの唇にキスをして
「さて、どうやったら嫉妬してもらえると思う?」
「ちょっと待って。今キスした? 唇にキスしたよね? なんで? ねぇなんで?」
動揺したようなアリアの言葉にアジアンは頷いて
「ほら、後ろ」
「え?」
アリアが振り向くと――その視線の先には少し困ったような表情のシンが立っていた。そしてばつが悪そうに頬を掻いて
「えっと……見なかったことにした方が良いかな?」
「え、えーっと……」
(柘雄って大人びているなぁ……今のを見てもそんな反応だったら……どうやったら嫉妬するかな……? いっそ水着姿でも……)
「アリアがアジアンとそういう関係になるのは構わないけど……マリアに知られたら今度こそ殺されるよ?」
「え、あの、いや、違うの! 信じて!」
「大丈夫だよ、アリアにそんな趣味があっても僕は何とも思わないよ」
「待って!? お願い聞いて!」
「聞いているよ」
慌てているアリアに対して、シンはとことん冷静に対応していた。それをアジアンは眺め、小さく呆れる。アリアが例えどれだけ奇想天外なことをしようと、シンにはそれを受け入れられるほどの器がある。
とりあえずアジアンはシンを眺め、ため息を吐く。そして目を閉じて
「シン」
「どうしたの、アジアン?」
「アリアにキスをしたのは私だから、許してあげて」
「許すも何もないさ。アリアがそれで良いって言うのなら――に、なるんだけどね。まぁ、アジアンが百合だったって初耳なんだけど……マリアに教えておこうかな」
「あ、辞めてください。許して」
「お断る」
「ええええ!?」
良い笑顔のシンはアジアンをばっさりと切り捨てて、そしてそのままアリアを抱き抱えて
「それじゃ」
「え!?」
アジアンは一人残されて、ため息を吐いた。
*****
巨大なドラゴンが螺旋大陸の外側を飛び回る。最近追加されたエリア、《螺旋大陸外周》に存在している浮島を探しているのだ。
「ドライグ、もう少し上の層に向かってみてくれ」
『がぅ』
アリアは現在、下層の方に向かっている。ひよちゃんに乗っていたからかなりの高速で、だった。
シンは少し空を見上げながら剣の柄に手を当てて腰を落とす。そして
「ドライグ、進め。僕はアレを斬るから」
『がぁう』
「ん」
ドライグの背中を蹴って跳び上がる。そのまま剣を抜いて、迫ってきている《デモニックワイバーン》を斬り裂いて
「《デモニック》?」
そんなカテゴリー、初耳だった。
次回、浮島攻略回
最終回は先延ばしだ!
ごめん、これが終わって崩壊計画をやったら最終回へと続けます。
さすがに伸ばしすぎかもしれない
ポケモン不思議のダンジョン赤の救助隊を久々にやりました。
ゲームボーイアドバンスspってあんなに小さかったんですね。
小さな頃を思い出しました。




